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野に咲く牡丹 ④

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 勇気が話し終わり、梓を見る。梓は真剣な眼差しで勇気を見つめたまま、二筋の涙をこぼしていた。

 「これが、僕が橘先生から聞いた全てです。おわかり頂けましたか? 牡丹さんは、未来さんにとって“自分を苦しめた加害者”です。しかし、牡丹さんもまた被害者。被害者は別の視点から見ると加害者になる。加害者もまた、別の視点から見ると被害者です。未来さんは、それを理解して受け入れるには傷付き過ぎています。その傷が癒えるには時間がかかるでしょう。たとえ時間がかかったとしても、傷が癒えない事には牡丹さんを受け入れるのは難しい……」

 梓は勇気の言葉を聞き、少し頷いた。

 梓は俯いたまま考える。

 未来がストレスにより話せない事は知っていた。話せなくなる程のストレス。梓は“どれだけストレスを受ければ話せなくなるのか”をいつも想像していた。自分が未来に対して、“何が出来るのか”を模索する為に。たった今勇気の話を聞いて、梓が想像していた事よりも遥かに想像以上だった。

 そして、想像以上に異常な環境で生活していた未来と、ごく平凡な家庭で育った自分とを比較してしまった。“”と思った。未来に対して同情している感情が、顔に出てしまっていたのであろう。勇気は梓の表情を読み取ったらしく、口を開く。

 「柊さん。柊さんの人生と未来さんの人生、柊さんの価値観で比べてはいけません。柊さんは“未来さんの力になりたい”と言っていましたよね? 柊さんの価値観で未来さんの人生を見た時、“かわいそうだ”と思いませんでしたか? “かわいそう”と言う同情心は、未来さんの力になるにあたり、ふさわしくありません。人は誰でも自分の人生と他人の人生を比較します。比較した結果、どちらがより不自由なのかを判断し、不自由な事を“かわいそう”だと言う。同情する。そして、不自由な人に対してアドバイスをし、自分の優位性を確立しようとする。しかし、そのアドバイスは“自分の人生から得た引き出し”から出されるので、それが必ずしも良い方向に向く訳ではありません。当然ですよね? 自分が経験した事以外の情報なんて持っていないのですから。自分と他人の環境の違いなど理解できない、他人の人生を経験した訳じゃ無いので、知識として持っていなくて当然です。柊さんが未来さんの力になる上で必要なのは、未来さんの人生に“共感”する事です。“かわいそう”と言う感情を棄て、未来さんと同じ立場と目線になって共に感じ、一緒に考える事です。“自分から見た理想”へ導くのではなく、“未来さんが望む理想”へ寄り添い、共に歩む事です。わかって頂けましたか?」

 梓は小さく頷き、勇気の言葉に対して返事をする。

 勇気が言った“共感”する事。それがとても難しい様に思えた。梓は暗い顔で俯き、自分の考えていた事の甘さを知る。

 梓は、勇気の話を聞き、勇気が指摘した通り自分の人生と比較した。その結果、“親子が仲良くなるにはどうすればいいか”を考えていた。梓の家庭は全員仲が良く、それが理想だと梓は思っていたからだ。しかし、それはあくまで梓の理想。その理想の中には未来の気持ちなど微塵も含まれていない。勇気が指摘しなければ、おそらく梓は親子を仲良くする為に動いていただろう。未来と牡丹を引き合わせ、牡丹の謝罪を未来に受け入れさせようとしていただろう。それが未来にとって、どれだけ苦痛になるかを考えずに。

 「でも僕は、柊さんなら出来ると思います。柊さんなら大丈夫」

 勇気から予想外の言葉を聞き、梓は驚いて目を丸くした。

 「この“共感”を柊さんは既に経験しています。柊さんのご友人、お名前は確か……」

 「……なつ」

 「そう、なつみさん。“共感”は“友情”とよく似ていると言われています。柊さんとなつみさんの間で、どちらかが悩んでいる時、苦しんでいる時、同情したりしますか?」

 梓は顔を上げ、首を左右に振った。

 「相手の理想を理解し、共に考えて意見を言い合い、行動しますよね?」

 梓は大きく頷く。

 「未来さんにも、同じ様に接して下さい。そうすれば大丈夫です」

 勇気は梓に向かい、にこりと微笑んだ。梓も少し安心したのか、にこりと微笑み、もう一度強く頷いた。

 梓は立ち上がり、少し頭を整理しようと外に出る。もう5月だと言うのに、夜の風は冷たい。その冷たさが心地よく、梓の頭を少しづつ冷やしていった。
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