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水面カフェ新めにゅー ⑤
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翌日、梓は1人で“相田コーヒー店”へと足を運ぶ。約束した通り、桃華から料理を学ぶ為に。
本来なら未来と共に学びたかったのだが、昨日の状況から見て、梓と未来の料理の腕にはドーバー海峡程の開きがある。梓と共に学んでいたのでは、未来の足を引っ張ってしまうだけ。そう考えての判断だった。
実を言うと、梓は”料理“について、全くの無知であった。包丁すら握った事が無く、火を使った事も、カップラーメンに注ぐお湯を沸かした事がある程度。
それでも“やってみれば何とかなるかも”と、そう思ってやってみたが、その結果が昨日の惨劇である。
1から学ぶ覚悟を決め、“相田コーヒー店”のドアを開けた。
「こんにちは…」
梓が恐る恐る顔を覗かせると、明彦、保徳、桃華が笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいっす‼︎」
「……昨日はごめんなさい」
「あれ? どうしたっすか? 元気無いっすね?」
梓は俯きながら言う。
「……無理矢理あんな“料理”とも呼べない食べ物を食べさせて………」
その梓の言葉に、明彦は笑いながら言った。
「あはは‼︎ 気にしなくて良いっすよ‼︎」
あっけらかんと言い放った明彦を見て、梓は涙目になりながら深く頭を下げた。
「それに、そんな自分を克服したいから今日ここに来たんっすよね? いっぱい勉強した後に、また料理を食べさせてくれればそれで俺は満足っすよ」
“だから頭を上げて欲しいっす”と、明彦は梓の頭を撫でて言った。
梓は明彦の言葉に顔を上げ、ニッコリと笑顔を浮かべて言う。
「私の頭に触れるな‼︎」
「えぇ⁉︎ 何でっすか⁉︎」
女心を1ミリも理解していない明彦は、体のどの部分を触られるより、“髪の毛”を触られるのが嫌だと言う女性がいる事を知ら無かった。あるいは---
「いつもの梓ちゃんに戻ったみたいっすね。元気になって良かったっす」
---と、笑いながら言っていたので、あるいはわざと梓の逆鱗に触れる行為をしたのかも知れない。が、笑っていたのは明彦だけで、その場は凍りつく様な緊張感に包まれていた。
気を取り直す様に、咳払いをしながら桃華が口を開く。
「さて、恐縮ながら私、桃華料理の講師を務めさせて頂きます。わからない所は、ちゃんと“わからない”と言って下さいね」
「“女の敵”のせいで何だか吹っ切れました‼︎ よろしくお願いします‼︎ この愚弟めに骨の髄まで叩き込んでやって下さい‼︎」
“よろしくお願いします”と、梓は桃華に対して深々と頭を下げる。
「“女の敵”って、俺の事っすか……? 酷いっす……結構良い事言ってたっすよ……? 俺………」
明彦がそう呟くと、梓は明彦を睨みつけ、トドメのひと言を言い放つ。
「黙れぃ‼︎ 隙あらば髪の毛を触ろうとするど変態め‼︎ 貴様は“女心”をもっと勉強してから私の前に立て‼︎」
「酷いっす……ちょっと前まで“師匠”って呼んでくれていたのに……」
「私が記憶している限りでは、コーヒーの師匠は死んだ」
深くため息を吐きながら肩を落とし、表情が暗くなる明彦に対し、哀れみの表情を浮かべ、保徳は明彦の肩を優しく叩いた。
気を取り直して。梓は自前のエプロンを身につけ、桃華と共に“相田コーヒー店”の厨房に立つ。
「では、先ずは梓ちゃんがどれ程の知識を持っているのかを確認します。梓ちゃん? 料理の“さしすせそ”は何を表すかをご存知ですか?」
桃華がニッコリと笑い、梓を見て質問をする。梓は顎に手を置いて天井を見上げ、しばらく考えた後に口を開いた。
「“さ”……さっき発覚した事実。“し”……師匠と仰いでいた人物が。“す”……素っ頓狂な事をする。“せ”……世間から逸脱した。“そ”……粗悪の根源だった」
「何っすかそれ⁉︎ 何で事ある毎に俺をディスるっすか⁉︎」
桃華と保徳は苦笑いを浮かべた。桃華は咳払いをして場の空気を戻して言う。
「ぶぶー、違います。それに、明彦さんはとても優しく良い人ですよ?」
「………知ってます」
朗らかに言う桃華の言葉に、梓は聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「え? 梓ちゃん何か言ったっすか?」
「ううん。何も言って無いDeath」
「ほんともう何っすか⁉︎」
先程から話が全然進まず、困った桃華は保徳に助けを求める様に視線を送る。
保徳は軽く咳払いをした後、“仕事に戻りましょう”と言って、焙煎室へと連れ出した。
明彦がぶつぶつと何かを呟きながら出て行ったのを確認し、桃華は気を取り直して勉強会を進める。
「さて、梓ちゃん、“さしすせそ”本当は知っていますよね?」
「さとう、塩、お酢、しょうゆ、味噌の事だよね? ちゃんと知ってます」
「その通りです‼︎ では次の問題です。ゆで卵を作るのに、沸騰したお湯に入れる? 水の状態で卵を入れる?」
「え⁉︎ ゆで卵ってレンジで作るんじゃないの⁉︎ 鍋でも作れるの⁉︎」
梓のリアクションに驚いた桃華は、梓の料理に対する認識を理解した。と言うか、ゆで卵をレンジで作った事が無い桃華にとって、レンジで作れる事に驚いていた。
「今はレンジで作れるかも知れませんが、少し前までは鍋で作るのが主流でしたよ。鍋に卵を入れて、卵の少し下位まで水を入れます。その後、沸騰直前迄は中火、沸騰してからは弱火でコトコトと茹でます」
「へぇ~……知らなかった」
「では、実際に作ってみましょう。最も簡単と思われる料理にこそ、その人の“腕”が見えるのが料理です。先ずはゆで卵から始めてみましょうか」
「はい‼︎ よろしくお願いします‼︎ 師匠‼︎」
桃華は少し照れた様な笑顔で頷き、梓と二人三脚で料理の研究に勤しむのであった。
本来なら未来と共に学びたかったのだが、昨日の状況から見て、梓と未来の料理の腕にはドーバー海峡程の開きがある。梓と共に学んでいたのでは、未来の足を引っ張ってしまうだけ。そう考えての判断だった。
実を言うと、梓は”料理“について、全くの無知であった。包丁すら握った事が無く、火を使った事も、カップラーメンに注ぐお湯を沸かした事がある程度。
それでも“やってみれば何とかなるかも”と、そう思ってやってみたが、その結果が昨日の惨劇である。
1から学ぶ覚悟を決め、“相田コーヒー店”のドアを開けた。
「こんにちは…」
梓が恐る恐る顔を覗かせると、明彦、保徳、桃華が笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいっす‼︎」
「……昨日はごめんなさい」
「あれ? どうしたっすか? 元気無いっすね?」
梓は俯きながら言う。
「……無理矢理あんな“料理”とも呼べない食べ物を食べさせて………」
その梓の言葉に、明彦は笑いながら言った。
「あはは‼︎ 気にしなくて良いっすよ‼︎」
あっけらかんと言い放った明彦を見て、梓は涙目になりながら深く頭を下げた。
「それに、そんな自分を克服したいから今日ここに来たんっすよね? いっぱい勉強した後に、また料理を食べさせてくれればそれで俺は満足っすよ」
“だから頭を上げて欲しいっす”と、明彦は梓の頭を撫でて言った。
梓は明彦の言葉に顔を上げ、ニッコリと笑顔を浮かべて言う。
「私の頭に触れるな‼︎」
「えぇ⁉︎ 何でっすか⁉︎」
女心を1ミリも理解していない明彦は、体のどの部分を触られるより、“髪の毛”を触られるのが嫌だと言う女性がいる事を知ら無かった。あるいは---
「いつもの梓ちゃんに戻ったみたいっすね。元気になって良かったっす」
---と、笑いながら言っていたので、あるいはわざと梓の逆鱗に触れる行為をしたのかも知れない。が、笑っていたのは明彦だけで、その場は凍りつく様な緊張感に包まれていた。
気を取り直す様に、咳払いをしながら桃華が口を開く。
「さて、恐縮ながら私、桃華料理の講師を務めさせて頂きます。わからない所は、ちゃんと“わからない”と言って下さいね」
「“女の敵”のせいで何だか吹っ切れました‼︎ よろしくお願いします‼︎ この愚弟めに骨の髄まで叩き込んでやって下さい‼︎」
“よろしくお願いします”と、梓は桃華に対して深々と頭を下げる。
「“女の敵”って、俺の事っすか……? 酷いっす……結構良い事言ってたっすよ……? 俺………」
明彦がそう呟くと、梓は明彦を睨みつけ、トドメのひと言を言い放つ。
「黙れぃ‼︎ 隙あらば髪の毛を触ろうとするど変態め‼︎ 貴様は“女心”をもっと勉強してから私の前に立て‼︎」
「酷いっす……ちょっと前まで“師匠”って呼んでくれていたのに……」
「私が記憶している限りでは、コーヒーの師匠は死んだ」
深くため息を吐きながら肩を落とし、表情が暗くなる明彦に対し、哀れみの表情を浮かべ、保徳は明彦の肩を優しく叩いた。
気を取り直して。梓は自前のエプロンを身につけ、桃華と共に“相田コーヒー店”の厨房に立つ。
「では、先ずは梓ちゃんがどれ程の知識を持っているのかを確認します。梓ちゃん? 料理の“さしすせそ”は何を表すかをご存知ですか?」
桃華がニッコリと笑い、梓を見て質問をする。梓は顎に手を置いて天井を見上げ、しばらく考えた後に口を開いた。
「“さ”……さっき発覚した事実。“し”……師匠と仰いでいた人物が。“す”……素っ頓狂な事をする。“せ”……世間から逸脱した。“そ”……粗悪の根源だった」
「何っすかそれ⁉︎ 何で事ある毎に俺をディスるっすか⁉︎」
桃華と保徳は苦笑いを浮かべた。桃華は咳払いをして場の空気を戻して言う。
「ぶぶー、違います。それに、明彦さんはとても優しく良い人ですよ?」
「………知ってます」
朗らかに言う桃華の言葉に、梓は聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「え? 梓ちゃん何か言ったっすか?」
「ううん。何も言って無いDeath」
「ほんともう何っすか⁉︎」
先程から話が全然進まず、困った桃華は保徳に助けを求める様に視線を送る。
保徳は軽く咳払いをした後、“仕事に戻りましょう”と言って、焙煎室へと連れ出した。
明彦がぶつぶつと何かを呟きながら出て行ったのを確認し、桃華は気を取り直して勉強会を進める。
「さて、梓ちゃん、“さしすせそ”本当は知っていますよね?」
「さとう、塩、お酢、しょうゆ、味噌の事だよね? ちゃんと知ってます」
「その通りです‼︎ では次の問題です。ゆで卵を作るのに、沸騰したお湯に入れる? 水の状態で卵を入れる?」
「え⁉︎ ゆで卵ってレンジで作るんじゃないの⁉︎ 鍋でも作れるの⁉︎」
梓のリアクションに驚いた桃華は、梓の料理に対する認識を理解した。と言うか、ゆで卵をレンジで作った事が無い桃華にとって、レンジで作れる事に驚いていた。
「今はレンジで作れるかも知れませんが、少し前までは鍋で作るのが主流でしたよ。鍋に卵を入れて、卵の少し下位まで水を入れます。その後、沸騰直前迄は中火、沸騰してからは弱火でコトコトと茹でます」
「へぇ~……知らなかった」
「では、実際に作ってみましょう。最も簡単と思われる料理にこそ、その人の“腕”が見えるのが料理です。先ずはゆで卵から始めてみましょうか」
「はい‼︎ よろしくお願いします‼︎ 師匠‼︎」
桃華は少し照れた様な笑顔で頷き、梓と二人三脚で料理の研究に勤しむのであった。
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