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Sweets Party ⑩
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突然の出来事に、驚き、硬直する梓。頬を押さえ、悲しい顔の未来に目が釘付けになる保徳。勇気は無言のまま表情も変えずに佇み、百合は頬を打つ音から痛みを想像し、苦痛に顔を歪めていた。
「な……」
保徳が口を開こうとした時、未来の手がもう一度大きく振りかぶられる。だが、その手が保徳に向かって振り抜かれる事は無かった。
勇気が未来の手首を掴む。
「それ以上はやり過ぎですよ?」
未来が勇気の顔を見ると、勇気は優しく微笑んだ。未来の顔には涙が溢れ、勇気の胸にしがみついた。
「保徳さんだっけ? あなた、優先するべき事を間違えてない?」
未来が言いたかった事の続きを百合が引き受ける。保徳は百合の方へ向き直り、静かに聞いた。
「子供との約束以上に、大切な事はあるの?」
「そ、それは……仕事をしないと、私達は食べていく事が出来ません」
「それもそうね。で?」
百合は保徳を見ずに、グラスに入った氷をストローでかき回しながら言う。
「“で?”…って……」
「あら? 言う方が悪かったかしら? それで? 仕事をすれば食べていけるの?」
「あ、当たり前じゃ無いですか⁉︎ 仕事をするとお金がもらえる‼︎ そのお金で私達はご飯を食べているんですよ‼︎」
百合の人を馬鹿にする様な態度に、保徳は憤慨して声を荒げた。興奮する保徳に対し、百合は冷静に言う。
「あなた。大事な事が分かっていないわね。確かにあなたの言う通り、仕事をすればお金がもらえる。だけど、そのお金で出来るのは食べ物を“買う”事であって、食べる事では無いのよ。人はね? とても寂しい思いをしたり、苦しい思いをすると、食べ物があったところで、“食べたい”とは思わないの。特に小学三年生って、親に甘えたい年頃じゃない? 奥様を亡くされたと良太君から聞いた。良太君にとっては、もちろんあなたにもだけど、途方も無い悲しさだったでしょうね。その悲しさが癒えぬ内に、父親まで毎晩遅くまで帰ってこない、なんて、私には推し測れない程の寂しさでしょうね」
“本当にかわいそう”と、百合は言った後にコーヒーを飲む。百合の言葉に冷静さを取り戻した保徳は、少し俯きながら言う。
「しかし……私にも立場と言うものが……」
保徳は、百合が言った言葉の意味と理解していた。それは、保徳の妻が亡くなってから、保徳がずっと自問自答していた言葉。いつも答えが出ないまま、いつまでも自問自答していた。そして、今他人から同じ質問をされ、苦し紛れに言った言葉が百合の逆鱗に触れる。しかし、百合は激昂する事なく、あくまで冷静な口調で、保徳の目を真っ直ぐに見ながら言った。
「立場? 立場ですって? あなたが仕事でどんな立場を築きあげたか知らないけど、良太君の父親であると言う立場よりも優先される事なの? あなたにとって、それが全て?」
保徳は沈黙し、良太の寝顔をチラリと見る。テーブルに頭を預け、幸せそうに寝ている良太。家での寝顔は、悲しそうに、体を丸めて眠っている。全く違う2つの寝顔を見て、保徳は崩れる様にうなだれて言った。
「私は……一体どうすれば……」
「辞めちゃいなよ」
「そんな無責任な‼︎」
「まぁ、それは私が決める事じゃ無いけど。“親”として子供の笑顔を守る方を取るのか、仕事を優先して子供を食べさせる方を取るのか、よく考えて決めれば良いんじゃない? 私に言える事はここまでよ。ただ、現状を見て、あなたが最善と思う選択をしてくれればそれで良い。ただ、あなたがした選択を子供に説明して、納得してもらえる様に考えてね」
百合はコーヒーを飲み終え、“ご馳走さま”と言って店を出た。保徳はゆっくりと立ち上がり、良太の頬を撫でる。そのまま優しく肩を叩き、良太を立たせて背負った。
「どうも…お邪魔しました…」
そう言って保徳は店を後にする。その後ろ姿を未来は複雑な気持ちで見つめていた。
「な……」
保徳が口を開こうとした時、未来の手がもう一度大きく振りかぶられる。だが、その手が保徳に向かって振り抜かれる事は無かった。
勇気が未来の手首を掴む。
「それ以上はやり過ぎですよ?」
未来が勇気の顔を見ると、勇気は優しく微笑んだ。未来の顔には涙が溢れ、勇気の胸にしがみついた。
「保徳さんだっけ? あなた、優先するべき事を間違えてない?」
未来が言いたかった事の続きを百合が引き受ける。保徳は百合の方へ向き直り、静かに聞いた。
「子供との約束以上に、大切な事はあるの?」
「そ、それは……仕事をしないと、私達は食べていく事が出来ません」
「それもそうね。で?」
百合は保徳を見ずに、グラスに入った氷をストローでかき回しながら言う。
「“で?”…って……」
「あら? 言う方が悪かったかしら? それで? 仕事をすれば食べていけるの?」
「あ、当たり前じゃ無いですか⁉︎ 仕事をするとお金がもらえる‼︎ そのお金で私達はご飯を食べているんですよ‼︎」
百合の人を馬鹿にする様な態度に、保徳は憤慨して声を荒げた。興奮する保徳に対し、百合は冷静に言う。
「あなた。大事な事が分かっていないわね。確かにあなたの言う通り、仕事をすればお金がもらえる。だけど、そのお金で出来るのは食べ物を“買う”事であって、食べる事では無いのよ。人はね? とても寂しい思いをしたり、苦しい思いをすると、食べ物があったところで、“食べたい”とは思わないの。特に小学三年生って、親に甘えたい年頃じゃない? 奥様を亡くされたと良太君から聞いた。良太君にとっては、もちろんあなたにもだけど、途方も無い悲しさだったでしょうね。その悲しさが癒えぬ内に、父親まで毎晩遅くまで帰ってこない、なんて、私には推し測れない程の寂しさでしょうね」
“本当にかわいそう”と、百合は言った後にコーヒーを飲む。百合の言葉に冷静さを取り戻した保徳は、少し俯きながら言う。
「しかし……私にも立場と言うものが……」
保徳は、百合が言った言葉の意味と理解していた。それは、保徳の妻が亡くなってから、保徳がずっと自問自答していた言葉。いつも答えが出ないまま、いつまでも自問自答していた。そして、今他人から同じ質問をされ、苦し紛れに言った言葉が百合の逆鱗に触れる。しかし、百合は激昂する事なく、あくまで冷静な口調で、保徳の目を真っ直ぐに見ながら言った。
「立場? 立場ですって? あなたが仕事でどんな立場を築きあげたか知らないけど、良太君の父親であると言う立場よりも優先される事なの? あなたにとって、それが全て?」
保徳は沈黙し、良太の寝顔をチラリと見る。テーブルに頭を預け、幸せそうに寝ている良太。家での寝顔は、悲しそうに、体を丸めて眠っている。全く違う2つの寝顔を見て、保徳は崩れる様にうなだれて言った。
「私は……一体どうすれば……」
「辞めちゃいなよ」
「そんな無責任な‼︎」
「まぁ、それは私が決める事じゃ無いけど。“親”として子供の笑顔を守る方を取るのか、仕事を優先して子供を食べさせる方を取るのか、よく考えて決めれば良いんじゃない? 私に言える事はここまでよ。ただ、現状を見て、あなたが最善と思う選択をしてくれればそれで良い。ただ、あなたがした選択を子供に説明して、納得してもらえる様に考えてね」
百合はコーヒーを飲み終え、“ご馳走さま”と言って店を出た。保徳はゆっくりと立ち上がり、良太の頬を撫でる。そのまま優しく肩を叩き、良太を立たせて背負った。
「どうも…お邪魔しました…」
そう言って保徳は店を後にする。その後ろ姿を未来は複雑な気持ちで見つめていた。
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