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遺書(虚構1)

6の手記

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自堕落な時間が流れる。虚無の時間。
運河を流れる無数のソナチネ。
そして無音。そこには鼻息すらも微かな吐息に過ぎない。

吐く息吸う息までもが虚構に塗れた時間の流れがある。
寄る辺の無いそうした空間。
それこそが生きるソナタのように光り輝く。

生命の息吹。
それこそが瞬間、瞬間を観察した察するという動作に他ならない。
身近に感じたものは遠くになり、疎遠に感じたものがいまは身近にある。

望遠鏡を初めて覗き込むような。
そんな空間が広がっている。
微かに薫るのは生きるという息吹のみである。

正義も邪もなく。
寄る辺の無い音だけが軋むかのようである。
軋みながら粗末に扱われた感性が閑古鳥を鳴いている。

戦慄く力。
それこそが迎合の灯火のようである。

灯火は運河に落ちて消え去った。
いまは何も無い空間のみが惜しげもなく広がる。
銀河は瞬きながら円らな瞳を夕闇の中で照り輝かせる。

命の在り方を問うかのようである。
天の川は瞬きながら、孤独な失踪に質問するかのようだ。

皆無。見当違いな質問が問われた。
問われたかと思いきや「問う」とは何かを思い知る。

知識。
それは賢人の何かであろうか。
ただただ輝きながら円らな瞳を魅せている。
魅了させながら照り輝く運河。
数千年という年月を一瞬で掻い潜ったような時が流れる。
いまは平静と言う名の金木犀が咲き乱れている。

柑橘系の薫りは満たされない。
ふてぶてしい薫りを擡げる。
首根っこを捉まれたようなそんな思いに浸る。

聖もなく蛇もない。
そんな世界があればわたくしはそこにて何を問うのだろうか。

ああ、タンブレの街よ。
迎合の灯火よ。
怒り狂うソナチネの魂よ。
肉体を経ずに何処へ行くというのだろうか。

汝に問いかけても答えはない。
雷に打たれたような眼差しだけは止めておくれよ。
汝の顔を眺める時に俯いた素振が見られた。

今宵の夜中は酔いどれはおらず、圧し折れた心もない。

わたくしは汝に問う。
運河の中で魂の瞬きを見たか。
その瞬間瞬間を生きる生命力を見たのか。
その強くて惜しげもなく与える様はキリストのようではないか。

わたくしは、数日振りに茶を濁す。
マグカップは爛れているかのようである。

パイプを銜えてマッチをする音。
ボッという音を立てて炎天下の中の焔のように点る明かりは
夜明けには眩し過ぎるようだ。

顔を顰めて長らく待つ子供のように。
食事がなかなか出てこずに苛立つ子供。
わたくしの心はいまそんな感じだ。
苛立ちと蔑み。
そして硫黄と共にある心という迷い。

タンブレの街よ。
その灯火は人を癒すことは可能なのか。
聖でもなく邪でもない。
そんな灯火はいまは愛する。

マッチは擦った瞬間に火薬の匂いと共に火の灯火が。
着火音と共にそこにはあるのみである。

腹がぐうとなる。
数日間は食べていない孤児のようだ。
いまわたくしはその時を味わっている。

思いも依らないマッチの日の光だけが闇夜を照らす。
真っ暗な心の中。
空洞のように破裂したばかりの腸が寝そべる。

マグカップへと注がれた
ブラック珈琲のほろ苦さと
強かな強靭な薫りが鼻に憑く。

まるで狐狸こりに騙されたような気分だ。

静けさだけが忍び寄るかのように包み込みマッチの炎は消えた。
微かに残る火薬の美臭と珈琲の苦味と酸味だけが在る。

わたくしはそこに存在という定義を求めた。
夜の帳は、生暖かさと共に在る。
冷え切った肉体に冷え切った部屋。

窓明かりはなく。
暗雲立ち込める陰だけが憂鬱な顔をしてこちらを眺めている。
仄かに香る珈琲の匂いだけは部屋の何処でも充満していた。

満ち足りない。
そんな心と複雑な思い出だけが数日間の空腹を物語る。
語りの中だけでは人は良い面を見せようとする。

それを邪道というのかも知れない。
道徳観はなく。

ただわたくしの心は平伏すかのように病みという
闇の中で
床の中にて
土下座した道化師のようであった。
道化はあどけない。
その生き方もふしだらに見えるが実際は何もしてはいない。

虚無とはそういうものである。
人はそれを憂鬱だ何だと意味をそこに見出そうとする。
そんなことをしても、意味など無いのだ。
ただ過ぎ行く時間と空間がそこには鎮座している。

おどけはそこにてみょうちくりんな花に囲まれて。
ただただ息を呑んでいた。
語りは無く。
寂しげである。
虚無とはそうでなければならない。

闇という空間が食い散らかした生ごみを掃き捨てるかのように。
心のブラシで掃除する。
中は生暖かなまどろみだけが支配している。
憂鬱と虚無とはそうした一時の悦楽に他ならない。

害悪は無く。
ただその場に鎮座しては心を已ませては去って行く。
美しさも無ければ木霊も無い。

在るのは痛みだけだ。
それが存在の定義とした。

日を跨いでは訪れる痛みの正体。
それこそが人が万能ではない証なのだろう。

不完全さは何者にもなれない。
そんな非人道的な拳を振り上げては微動だにしない影だ。
それを人は虚ろという。
虚ろが支配しても人は死なない。

若しかしたら不死なのではないか。
そんな微かな薫りに似たカフェインのような面持ちだけが
首を擡げておはようと告げる。

これが毎朝の恒例行事となっている。
言葉はそこには無い。
わたくしは孤独なのだと思い知る。
誰一人居ない孤独な一艘の船にて停滞という名の化け物が
呑み尽くそうとしていた。

それは丸呑みに近い何かである。
コブラが思い浮かんだがそうではない。
寒空の下で訝しげに笑う魂。
それこそがわたくしという化け物なのだろう。

夜な夜な徘徊する人間の皮を被った非人道的な何か。
それは生き物のそれではない。
魂はここには無く。
満たされない思いと頓挫した絶望が微かに微笑む。
成功とは何かと問うかのようである。
成功を知らない者に成功は訪れない。

どのように生きて、
どのような生活様式を保てば成功出来るのかを知らない。
それが不成功という人生なのかも知れない。
頓挫し低迷し続ける何か。
そこには意味も無ければ人間の主観も存在しやしない。

あるのは絶望という名前の碇だけだ。
方針がわからない人間とは途方に暮れた。

騾馬のようではないか。
そう思った瞬間。

対義語が思い浮かんだ。
ラバとは丈夫な馬だからだ。

足腰が上部であり。
わたくしは駄馬だろう。

もしくは駑馬。
遅くて鈍間でどうしようもない。

そんな正体が自分なのだと思う。
生活様式を考えても優駿とはとても言い難い。
サラブレットではない。
血筋の無い馬よ。
徘徊するしか能が無く。
おどけた顔をして人を騙す駑馬よ。

汝成すべし。
子を生まず。
何も生み出さない者よ。
価値はなく、その駄馬は鈍間なだけではない。
その馬には価値がないのだ。

乗る者を拒み続けて、
ふるい落とし怪我をさせる役立たずな駑馬よ。

汝誇れる所は何か無いのか。
生き恥を晒すくらいならば死ねたら楽なのに。
安楽死を好みながらも楽には殺して貰えない。
そんな生き様がそこには在った。

これが、ブラック珈琲を淹れて
マグカックの中身を最初に胃の中へと
注ぎ込むまでに起きた出来事である。
意味が無いといいながら、何かしらの意味があるのではないか。
自分の生きた時間に意味を見出そうとする無力な人間の醜さである。
パイプの煙草は湿気木となり灰となった。

楊枝でたがえるかのようにして小さな間違いを繰り返す。
人生なんてこんなものだと嘯く。

その嘘が費えた時には、八百の嘘が立ち並ぶのだろう。
それが偽善の正体となる。
嘘つきは泥棒の始まりといった者は間違いではないようである。

人間の愚かしさに微笑が漏れる瞬間である。
凍えた身体を慈しむかのように、
それでもわたくしは、自らの偽善を愛するだろう。

仄かな悪臭が放つ。
嘘とはそういうものなのだろう。
言葉とは互いに縺れながらも意味を見出し、
見出されたと思いきや間違いだと悟る。

そんな瞬間がある。
言葉の思い込みとはそんな人間の低迷した人生をも垣間見せるものである。

言葉とはバイブルの中では最初からいた者と訳されている。
最初から意味がある者と生まれてこの方意味が無い者。

キリストとわたくしという存在。
それを比べるには余りにも隔たりが在るのだが。

そこに意味を見出して興味をそそる何かを書き記すことこそ。
人間が成し得る何かである。

然しながら、わたくしの生きてきた人生の中で
そこに意味があるとはまだまだである。

悟りとはそう簡単に拓けるものではないようである。
開拓しても燃え広がる海のようであり。

燃え滓に意味は何も無い。
それが人生なのだと思う。
燃え残った何かを掴む事こそが意味なのはわかっていても。

火傷の損傷具合や痛みを嫌ってそれをしないのである。
一体生きるとはなんなのであろうか。
と再び疑問にまみえた。

去一時間猿真似のように文字を連ねて試行錯誤するが、
偽善に回答は見当たらない。
まともに生きられたらと思うのだが。
既に手遅れであるとのたまう何かが居る。

それは悪魔なのか。
偽善者の末端なのか。
それはわからない。
しかし確かにある事実である。
事実とは、化け物の正体であり、
それが時間という対物を食い荒らす正体であった。

木枯らしが吹き荒れる中。孤児は何を試行錯誤して何を思い煩うのか。

ああ、無常であるという。
わたくしが思い煩っている間にも成功者は生まれてゆき、
多くの者達が敗者となっていた。
そこで胸糞悪くもこう思うのである。
最初から失敗するならするなよと。
どうせ失敗する、若しくは数百万円しか稼げないならば動くべきではないと。

人の努力を笑い、嘲弄するもの。
人が敗者になった瞬間に安らぎを得る者。
それは何もしない者である。

棚から牡丹餅すらも期待はしない。
既に敗者だからである。
これ以上努力して失いたくはない者である。
ある一定の金銭を得た者とは、
更なる労働を強いられているではないか。
だったら努力もしないし、
わたくしは国の奴隷ではないから働かないと思うのである。

そして、日本から国籍を外すのであるが、
外した瞬間に思い知るだろう。
日本がどれほど良い国であったのかを。

国とは出国した者。
または、出た者にかしかわからない富がある。
富は権力として、金銭を生み出す。

やがてそれは資産となる。
資産はやがては、財力を生むのであるが。
何もしなかったものとは資産すらない。

生み出した物が何もないからである。
「したい放題にさせられた子供とはその親に恥をかかせる」
とバイブルは述べているではないか。
右往左往して失敗した者を嘲弄跋扈する。
「ざまあーみろー」とおもうのである。

何もしたくない者とはそういうものである。
馬鹿にされたくないだから何もしない。

成功とは、敗北という残骸に等しく同じに在る。
敗北しても構わないのである。

何もしない者よりかはマシである。
遺産に頼って生きていることは罪なのか。
働かないことは罪なのか。
罪ではないと人工知能は答えている。

他人とはどうでもよいことを「取り沙汰」して吼えるものである。
どうでもよいことに右往左往して、あなたの人生を無駄に費やしている。
それが敗残者と呼ばれるものの正体である。

とここまで考えて。わたくしはモクモクとした煙を吐き捨てた。
吸う息、吐く息までもが物語る真実とは何か。

それは敗残者としての何者でもない姿である。
かっこいいこととか胡散臭いこととか沢山聞いて生きてきたが、
そのどれもが後ろ暗いことは何も語らない者だらけであった。

然も真実であるかのごとく人を騙して金を毟り取る詐欺師たち。
その滑稽な姿とは単衣ではない。その後姿も一重ではない。
度重なる物事が続き疲れ果てた姿をしていた。

これが嘲弄跋扈の意味となる。
わたくしは、パイプの煙草を吸い終える。

この一呼吸の時間。

それこそが、時間という単位であり、
人にはそれぞれその単位が等しく与えられているのですから。

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