余命 （虚構） （遺書） 【実録】 遠藤さくら（著）

短編小説

音の洪水に沈む、静寂の心

音の洪水に沈む、静寂の心

薄暗いバーカウンターに腰掛け、私はグラスの中の琥珀色の液体に目を凝らす。静寂に包まれた店内に響くのは、バーテンダーがシェーカーを振る音と、氷がグラスの中で奏でる涼しげな旋律だけ。心地よい静寂に身を委ね、私はバーボンウイスキーの芳醇な香りをゆっくりと味わう。

しかし、その静寂は突如として破られた。隣のテーブルから漏れ聞こえてくる男女の激しい口論。怒鳴り声、罵声、そして物音が倒れる音。まるで嵐が吹き荒れるような音の洪水に、私は思わず顔をしかめる。

さらに、救急車のサイレンがけたたましく響き渡る。音の洪水はさらに勢いを増し、私の心はかき乱されていく。静寂を求めてこのバーに来たはずなのに、なぜこんなにも騒がしいのか。私は苛立ちと失望を募らせていく。

それでも、私は必死に心を落ち着かせようとする。目の前のグラスに視線を戻し、ウイスキーの香りをもう一度深く吸い込む。そして、静かに、ゆっくりと、グラスを傾ける。

口の中に広がる芳醇な味わいは、まるで荒れ狂う海の中の静かな港のように、私の心を癒してくれる。私は目を閉じ、ウイスキーの余韻に身を委ねる。

周りの喧騒は依然として続いている。しかし、私はもう耳を傾けない。私の世界は、今このグラスの中の液体だけ。静寂と芳醇な香り、そして心地よい酔い心地。それが私のすべてだ。

やがて、喧騒は徐々に遠ざかっていく。サイレンの音も、男女の怒鳴り声も、すべてが静寂に飲み込まれていく。再び訪れた静寂の中で、私は再びグラスを傾ける。

静寂は音の洪水を洗い流し、私の心を浄化していく。私は今、ただ静寂の中に存在している。そして、その静寂の中に、私は自分自身を見出す。

音のない世界。それは、言葉を超えた真実の声が聞こえる世界。私はその声に耳を傾け、自分自身の本質と向き合う。

音に満ちた世界は、私たちを惑わせ、真実を見えなくする。しかし、静寂の中にこそ、真実の声が聞こえる。

私はこれからも、この静寂の中で自分自身を見つめ続けていく。そして、いつか、この静寂を世界と共有できる日が来ると信じている。