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きっと違うのです

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「翔……」

公園の大きな池の橋の上で足を止め翔を見上げる。
きっと今、私もまた泣きそうな顔をしているだろう。

「そんなに、私の事、好きだった?」

別れて7年目にして、初めて自分からそう問いかける私に、大きくしっかりと頷く翔。

「好きだ、大好きだよ、莉子」

疑う余地も無いほどの真摯な表情に「そっか」と苦く笑って水面を見つめるように俯いた。

(そっか………)

「…私も、大好きだったよ」

そう微笑もうとして視界が涙で歪みそうになる。

「過去形で言うなよ、俺はまだ莉子の事が…」

そう続けられる言葉の続きを知りながら、私は敢えて首を横に振り、翔をみつめた。

「違うよ……」

ハッとしたように眉を寄せる翔。

「莉子…?」

「違う…」

もう一度私はそう言葉にした。
意味がわからないと訝しむ翔に静かに続ける。

「翔が好きなのは、私じゃない、私なんだよ…」

(————言えた)

漸く、ずっと蟠っていた思いが言葉になった瞬間だった。翔は困惑したように目を見開いている。

「何言って…、そりゃ、あれから何年って言われたら、でも、だからこそ思い知った。だから確信を持って言える。俺は莉子が好きだ!」

翔の必死の言葉が誰もいない公園の池に響く。
それに続くのは鳥の声だけ。

(あぁ、よかったね、…あの頃の私)

初めてそう思えた。

敢えて誤解のないよう言っておくが…
ザマァ小説を読んだ後のような爽快な気持ちではない!

毎日人知れず泣いていたあの頃の自分を思い出す。
「何故、どうして、なんでたよ?私は、一体どう思えばいいんだよ」と別れた翔の名を何度も呼び自問自答しながら苦悩した日々。

愚かで
無様で
惨めな自分

今更報われない事も、今こうしてこんな話をすることが、どれほど不毛な事かも分かっている。

それでも、切ないほどに温かい気持ちに心が満たされる。私はちゃんと伝えたかったのかもしれない。

そんな、過去の自分に…

(認めていいんだよ、ちゃんと幸せだったって)

ちゃんと愛されて、ちゃんと愛したあの日々にあった幸せを疑う必要も否定する必要もないのだと。

あの頃、世界が輝いていた事も…
互いに囁き合った愛の言葉も…
繋いできた手の温もりも…
二人でいる事で強くなれた気がしたことも…

全部全部全部…
大切に、大切に、心に留めておけばいい。

そうあの頃の私に今なら笑いかけてあげられるだろうか…

それは私と翔のあの頃の純粋な気持ちが紡いだで、そして、私達に共有する大切な思い出だから。

だから、今なのだ。

「翔…、翔と別れてからの私、思った以上に辛かった…」

そうポツリと切り出す私に翔は肩を震わせ私を覗き込む。

「ごっ、ごめん…」

私以上に痛そうに眉を寄せる翔に、クスリと小さく微笑んで首を振る。

「私こそ、ごめん。責めてる訳じゃないんだ、ただ、翔にも分かっていて欲しいだけ」

「莉子…?」

橋の手すりに手をかけて澄んだ空を見上げた。

「あの頃の私、本当に周りが見えないほど、翔を繋ぎ止める事に必死で、色んな事、分かってるつもりになってるのに全然分かってなくて、空回ってばかりで、今思えば、格好悪すぎて、ははっ、黒歴史だね?」

「それはっ、莉子が悪いんじゃない。俺が色んなことに答えを出せないで中途半端なまんま、何も説明せずにヤケになってたからっ…」

そう焦ったようにフォローする翔に目を細める。

「ははっ、そうだね、ほんと、今思えばどうしようも無かったよね、あの頃の私達…」

大好きだった。

———だからこそ相手を失う事を恐れて暴走し始めた気持ちが、いつからか狂気を帯びて自らを守ろうと相手を傷つけ始めた。

だから、最後の別れ話ですら、相手を責める事で終わり、結果、自分を大きく傷つけた。

その後に残ったのは、拭いきれない『自己否定』

何よりも大切だったはずの思い出すら肯定できない私は、『恋』すら肯定出来なくなっていた(リアルに限る!)

「私、一杯一杯で、随分翔の事、困らせたよね?」

そう言った瞬間、翔は私の言いたいことを察したのだろう。瞳を曇らせた。

「それが、申し訳無くて、そんな自分がすごく嫌で、もう見たくなくって、何となく恋愛から、遠ざかって、仕事とプライベート只管往復して、気づいたら『立派なお局』になってた」

(…はずだったのに不思議処女キャラの『総務部の莉子先輩』になっていたと言う不名誉はこの際置いておくことにしよう、うん…)

「ごめん…」

(やっ…?そこは全部翔のせいとか、言わないからね?)

再び謝られて、ううんと首を横に振り再び自嘲する。
謝罪を聞きたいのではないのだから。

「ねぇ、翔…」

「うん…」

「あの時、最後になったあの日、私、翔に『ありがとう』って言えなかった」

「え、…うん、そりゃ、あの状況だったからね?」

困ったような翔の顔に一つの疑問を問いかける。

「…あの時、無理なら、その後にでも、もしね、『ありがとう』って翔に言えてたら、何かが変わったのかな?」

訝しげに私を見つめる端正な顔。

「莉子…?」

「今になって、そう思うんだ…」

何を言わんとしてるのか分からない様子の翔。
私だってまた、自分の言いたい事が、明確に分かっているわけではないのだから当然だろう。

「私ね、翔、がどうしても、受け入れられなかった」

「何を……」

目を見開く翔に続ける。

「感情を抑えられなくて、嫉妬深くて、我儘で打算的で…」

焦った様子の翔はそれを直ぐに遮った。

「違う、それは俺が莉子を不安にさせて追い詰めたからで、本当の莉子は、そうじゃない!」

刺すような瞳で否定された私は少し戸惑い翔を見上げる。

「莉子は、莉子はいつも俺の事喜ばせようって、料理だって、洗濯だって、掃除だって頑張ってくれてて」

翔の側で、慣れない料理に励んで一喜一憂していた初々しい自分が眼に浮かぶ。

「莉子はいつも、感情の起伏が激しい俺に寄り添って欲しい言葉をくれる優しい奴で…」

「翔…」

「なんて言うか器が大きくて、情が深くて、笑顔がメチャクチャ可愛くて安心できて、側にいると、まるで陽だまりにいるみたいにホッとできて…」

そんな風に思ってくれてたんだ。

「莉子といると、何をしててもどこに行っても本当に楽しくて、癒されて、俺、あんな距離で誰かと一緒に過ごしたのは後にも先にもあれだけで…」

「そっか…」

「だから、今度こそは莉子と幸せになりたい!莉子をこの手で幸せにしたいんだ」

「だから莉子、やっぱり俺…」

そう言われて指先を掴まれそうになった私はそれをかわした。

「莉子……?」

向けられる熱に、若干の罪悪感がない訳ではない。
それほどには割り切れないものが私にだって残っていない訳でない。

(それでも、違うから……)

「ごめん、翔。……やっぱりそれ、私じゃないや…」

「え………?」

私のその言葉に翔の端正な顔は驚愕のまま固まった。

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