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1 出会い

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わたくしは今日とても素敵な出会いを果たした。

人生最高の素晴らしい一日だったに違いない。

神に感謝を捧げる気持ちと共に怖くなる。

ああ、どなたかがこれを取り返しにきたならどうしよう。

私は素直に返してあげられるかしら…。

ああ… 

無理、絶対無理だわ。

ああ、どうか、どうか神様


(この可愛くて、温かくて、艶やかで、フワフワで、モフモフでモコモコのこの子を私から取り上げないで下さい。)


そう切実に祈った私は、ウットリしながら、小さく寝息をたてる白い固まりに触れる…。

(ああこの感触。これよ… そうこれだったのよ!私の人生に足りなかったものは…)

私はまるでなにか足りなかった人生に終止符を打ったような、感極まった気持ちで瞳孔を広げて膝の上に乗せた小さな命の奇跡に打ち震えた。

それは今までに感じた事の無い気持ちだった。

フサフサの白く長い毛で全身を覆われたまだ成犬にはならない身体。

真っ白な身体にまるでサファイアのような美しいブルーの瞳。


今まで見たどんな高価なぬいぐるみよりも美しく可愛い。

そしてどこか崇高とも言える神秘的な佇まいの子犬。

(ああ… ああ… 私はこの瞬間の為にこの世に生を受けたのかも知れない。)


きっとこれは一種の一目惚れなのだ。

どうか、この子も私を好きになってくださいますように


どうか、この子とずっとずっと一緒にいられますように



そう、私は子犬を拾ったのだ。

それは今まで見た事もないような美しい犬だった。


それは私が12歳の誕生日を迎えて暫く経った頃の出来事だった。


私の名はリリーシア・シルベストン。

この国の伯爵家の長女だ。


我が家は伯爵位ではあるけれど、王家と血の繋がりもある公爵家に限りなく近い家だということで父は貴族達の中でも人望があった。


だからだろうか。

数ヶ月前から私は、勉強嫌いのこの国の王女様の“ご学友”として王宮に一室を与えられていた。




周囲には王大使殿下の妃候補なのではと噂されている事など知るよしも無かった。




********************




【犬視点】


今日俺は、“人生最悪”の日だった。


一週間前、突然父は俺に言った。


『お前は王都に行くことになった。……まぁ、隠しても仕方ないから言うが“人質”のようなものだ。行動には十分気をつけろ。』


俺に拒否権はなかった。



俺が生まれたのはサヒランシス王国の辺境の地だった。


俺の家はそこの領主である。

フォールハスト家だ。

一応伯爵位を持つ名家と言われている。


だが、この国では別名で呼ばれる事のほうが多い。

ノースモスト辺境伯。



ちなみに俺達は人間ではない。

“人狼”の集団だ。

人型をとる狼。

フォールハスト家とそれを取り巻く武人集団の秘密を知る者は王都でもごく一部だ。

理由は王家が箝口令を敷いているからだ。



人との争そいに疲れた希少種の俺達

そして人狼 という人ならざるものの脅威に晒されて過剰な軍備増強のもと経済発展を遅らせてきたサヒランシス国の王

それぞれが安寧を求めて“一つの条件”の下、我らがこの国の臣下に下ったのは、俺の曾爺さんの頃だったと言う。


俺達がこの辺境の地を守るようになってからは、魔族や獣族などと手を組んだ外敵から国の領地や民を脅かされる事のなくなった。

この国はようやく平和というものの中で凄まじい発展を遂げ始めている。

数年後にはきっと豊かな先進国となるだろう。


その一方で、安寧になるはずだった俺達の戦いの日々は未だ絶える事はない。


でもそれでも、男達が戦に出て勝利を収め続ける事で、“俺達の種の保存”は辛うじて保たれているのだ。

四方八方を敵にしていた事を考えれば、後方には利害関係の為とは言え、俺達を保護しようとする国があることはやはり貴重なことなのだ。

俺はそう教えられて生きてきた。

だから、『人質』そう言われた意味を俺は間違える事なく理解していた。


俺には3人の兄上がいる。

皆、人狼の頭領の家系に恥じない猛者だ。

人型になれば2Mを超える長身に“武神”と讃えられる最強の戦いぶり

狼の姿で戦いに望めば、3Mにも見紛う圧倒的な存在感で周囲を一瞬にして血の海にする。


俺の兄上達は格好いい。

正直、無茶苦茶、格好いい。


父もまぁ最近はくたびれて丸くなってきてはいるが聡明な領主だ。


だが、そんな自慢の兄のうちの一人。

二番目の兄が、先日不覚にも敵の術に嵌り敵国の捕虜となったのだ。

当初、父はその事実を伏せて兄を秘密裏に助けだそうとしたのだが、きっとスパイが忍びこんでいたのだろう。



『辺境伯の次男が捕虜となった』

その事実は王都にいる国王の耳に入った。

国王は温厚な人間であるというが、俺達はどうしても埋められぬ“種の違い”から常に互いの裏切りを恐れていた。


信頼はある。

でも何かあったとき信じきれるだけの情による結びつきは欠如している。

それが現実だった。


……だから、誰を責める訳にもいかなかった。

“疑う事”が仕事であり責務である宰相が王に俺を人質して呼び寄せる事を進言する事。

それは極めて合理的であり皮肉なほどに納得のできるものだった。


……だから、俺は王都に行き“人質”になる事に拗ねている訳ではない。

だが、俺は王都行きがどうしても気が進まなかった。


世が世ならば人狼の王族として生まれた俺……

自慢ではないが、俺もまた文武両道を自負している。

顔も……、いや、人型をとった時の姿形も決して兄上達に見劣りするものではなくなったのではと、ようやく最近そう思えるようにはなってきた。


だが、俺にはあまり表に出せない問題が一つだけあるのだ。

いや、ここは素直に認めよう。


一つだけ、どうしてもあまり人には晒したくないコンプレックスがあるのだ。


それは、俺の容姿である。


……さっき言ったように人型としての容姿を恥じるつもりは無い。

要は…

肝心要の“おおかみ”としての容姿に俺は並々ならぬコンプレックスを持っているのだ。




………俺は

【見た目はほぼポメラニアン。中身は狼の人狼貴族】なのだ。




俺はここにいる間、このコンプレックスを誰にも晒すつもりはなかった。

俺にもプライドがある。

成長するまでの我慢なのだ。

成犬となれば、多少他の狼とは毛色は違っても、ちゃんと体裁を取り繕えるだけの見た目になるのだ。

それは過去の前例が何件かあるからきっと大丈夫なのだ。

この姿の俺は兄上達に愛情をもって、馬鹿笑いされ続けて生きてきた。

だからと言ってこれは悪い姿と言うわけではないらしい。


もうかなり昔の人狼王が、真っ白な犬の獣人を愛した事による類稀な先祖帰りと言われているようだが、不思議と幼少期この姿だったものが、一族を纏めると、その世は安寧に向うとされてきた。


だから、元々種の保存すら脅かされなかったら“野心”と言う言葉と無縁の俺達は、“相続争そい”という概念が無いため、『安寧になるっていうんだし… こいつでいんじゃね??』くらいの軽いノリで俺を次期当主にしようとしているのだ。

そんな家の総意が“王都”に伝わったせいで、俺は人狼族の有能な跡継ぎと目されて、王太子のご学友と言う名目で人質に取られることになったのだ。


つくづくついていない。

こんな立場。


俺も格好いい兄上達のように生まれて、己の思うままに誰に媚びる事なく雄々しく生きていきたかった。


そうでない自分にそうでなくても苛立つのに、更に運命は俺に初日から恥辱を与えたのだ。


まさか王都に来たその日に、王宮の人間にこの姿を見られるとは…


しかも、怪我をしているとは言え、その辺の唯のイヌコロのように体中を撫で回されて、あろう事か“可愛い”を連発されるなど、悪夢としかいいようがない…。


あぁ俺はもう立ち直れないかもしれない…。


憧れ続けてきた兄上達の姿が遠ざかるようだった。


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