★駅伝むすめバンビ

鉄紺忍者

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【第5話 練習試合のビックリオーダー】2037.08

③ 女神湖のほとりで ◆変更予定memoあり

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「茉莉先輩、こっちのはなんですかー?」

今度は朝陽先輩から。
茉莉、自分の所有物をアチコチ解説して回ることになっちゃった。

「んー? ああ。それは多分、高校時代のレース映像かと。父がやけに熱心に編集作業をしていた記憶はありますが、まさかこんなところに保管していたとは」

楓はたとえ駅伝部の仲間でも、自分のお家をあちこち詮索されたらイヤだと思う。さっき好奇心からトロフィーの棚に吸い寄せられて、少なからずこの流れに加担してしまったことが申し訳なくなった。

ええと、今なんの時間だっけ。そう思い始めていたところに、廊下のほうから立花監督がニョキっと首を出した。

「おーい、楽しそうだな。荷物置いたらすぐ体操して、暗くなる前に湖畔のほうまで走りに行くぞ」

(そうそう。私たち、合宿に来たんだもんね)

外に出てくると、小鳥のさえずりが聞こえている。こっちだと、蝉の鳴き声ってしないんだな。

立花監督を先頭に、隊列を組んで全員で湖畔をジョギングする。
女神湖めがみこ、というのはなんとも素敵な名前だな。と、楓は思った。どこにいるのかはわからないが、練習する自分たちを見守ってくれていそうな気がする。

監督の説明によれば、女神湖は一周約1・8キロ。高度1500メートルともなると酸素が薄く、心肺機能が鍛えられるのだという。
おまけに朝と夜は、夏でも結構冷えるらしい。
確かに、まだ陽が落ちていない今ですら、走っていないと半袖では少し肌寒いくらいだった。
二神姉妹のほか、監督も長野出身ということで、そのへんの事情は詳しいみたい。

「朝練では、このコースを五周しよう。ペースは、1キロ5分で」
「ええ? そんなにゆっくり走るんデスカ」

楓も、同じことを思った。ヘレナちゃんも初めての本格的な合宿に驚くことが多いようだ。

「ああ。酸素が薄いからな。慣れるまでは普段より遅くて構わない。この合宿が終わる頃には、もっと速いペースでジョグできるようにしていくぞ」
「「はいっ」」

いま確実に、横浜よりも天に近い場所に立っていることを実感した。



翌日から、アイリス女学院大学の駅伝部は、合宿地では本来できないはずだったトラック練習にありつけることになった。
滝野監督のはからいで、デルフィ大学のメンバーが湖畔へロングジョグをしに行っている時間帯だけ、トラックを貸してもらえることになったのだ。

ただし、楓はこのスピード練習には加わらない。
みなと駅伝のロング区間を走ることを見据えて、ペース走などを中心に取り組む「スタミナ組」に回ることになったのだ。

「今まで一人だったからさ、仲間が増えて嬉しいよ。よろしくね、バンビ」
「はい、よろしくお願いします!」

朝陽先輩は、秋以降もトラックの自己ベストは狙わず、みなと駅伝本番までひたすらロードの練習に特化する計画になっているのだという。

「トラックって、同じところグルグル回るから、飽きるじゃん?」

そんな人もいるのかと、楓にとっては新鮮だった。
とはいえ朝陽先輩は、みなと駅伝の予選で蓮李先輩と一緒に最終組を任されるぐらい、しっかりと実力もあるのである。
これは好き嫌いでメニューを決めているわけではなくて、得意な部分を伸ばそうという立花監督の意向なのだそうだ。
もちろん、朝陽先輩がトラックで練習する日もある。その比率が他のみんなとは違うというだけで。

立花監督は楓の5区に否定的ではあるが、きちんと練習メニューを考えてくれた。
みなと駅伝5区の12・9キロを走る為には、同じ距離で何度もタイムトライアルをすればいいのかと思ったら、全然違うと言われてしまった。

実は、本番と同じ想定で何度も走るというのは、負荷が大きすぎて、効率がとても悪いのだそうだ。
立花監督はよく「困難は分割せよ」と口癖のように言う。
駅伝の練習というのは、ペースか距離のどちらかを片方ずつ本番に近づけて、継続して練習していくものなのだという。

そして楓の場合はまだ、走り切るための絶対的なスタミナがそもそも不足している。トラックでスピードを鍛えるよりも、ペース走を繰り返し、長い距離でペースを維持できるようになるのが先決なのだそうだ。

楓は自分のウォームアップに集中しようとするが、どうももう一つのグループの様子が気になってしまう。
楓の視線の先には、これから始まるスピード練習に備え、駐車場で黙々とウィンドスプリントをしている蓮李先輩がいた。

最近、ずっと蓮李先輩と目が合わないのがつらい。

「いやあ。やっちゃったねー、バンビ」

朝陽先輩がまるで心の中を覗き込むみたいに、肩口で楓と同じ目線になって言った。

「はい……。私、大変なこと言っちゃったんだなって」

すなわち「みなと駅伝の5区を走りたい」という楓の宣言は、その席に元から座っていた人間からすれば、宣戦布告をされたようなものなのだ。

ポイント練習のグループで考えても、Bチームの楓が、Aチームを通り越してSチームの蓮李先輩に挑むなんて、無謀と言うほかない。

楓がアイリス女学院大学へ入学した今年の春。
とあるサークルの新入生歓迎会の帰り、ナンパ男二人から逃げてきたところを、まるで童話の世界から出てきた王子様のような蓮李先輩に助けられた。

その時、蓮李先輩は楓の走りを見て、駅伝部に誘おうと思ってくれたらしい。
大学から駅伝部に入るなんてケースは異例中の異例らしいけど。

蓮李先輩、そして蓮李先輩の周りの人たちなら、誰でもいい新入生の一人としてではなく、ちゃんと一人の人間として受け入れてくれると思った。蓮李先輩がいるだけでよかった。それなのに。
大好きな蓮李先輩と、今まで通りの関係ではいられなくなってしまった。

いくら心の広い蓮李先輩だって、従順だと思っていた後輩が急に反旗を翻してきたら、態度を変えざるを得ないだろう。

これでよかったのだろうか。
楓はため息をついた。エリカさんとの約束のために、色々なものを犠牲にしている。
いや、だからこそ、もう後戻りはできないんだ。


---------
memo(入れる予定の要素)
・反対だ。レースペースで走れるのか。
・柚希が、追い討ちをかける。
・どういうことかわかってるわけ?蓮李先輩を椅子からどかしてアンタが座るって言っているのよ?
・楓はその時初めてわかったようだった。
・立花、柚希もありがとう、けどこれは楓と蓮李の問題だ。
・10000mの記録会で楓が勝ったら5区起用を考える
・柚希、今は二人に話をするから。
・チーム蓮李でこのままいけそうな雰囲気が崩れてしまったようだが、今はむしろ作り直さないといけない時期にきている。そう言う意味では、蓮李中心の空気が出来上がってから入部してきた楓が、ああ言ってくれて、良いタイミングだった。
・朝陽と楓がスタミナ練習するときに、やっちゃったね。
・すごいって思っている子もいるんじゃないかな。
・蓮李先輩と目が合わない。それに、柚希先輩にもきらわれてしまいました。
・嫌ってないよ。
・柚希はね、蓮李先輩の信奉者だから。
・それは聞いたことがあるな。
・今はバンビたちが入ってきた手前、我慢しているようだけど、1年生の時なんか、体操の時とか、ずっと蓮李先輩の左隣が特等席でもっとベッタリだったんだよ。
・朝陽先輩によれば、柚希先輩は、楓がもし5区を走るとして、今の実力では晒し者のようになってしまうということも言っていたらしい。12・9キロを走り切るスタミナについても心配していたとのことだ。陸上経験も浅い中で、いきなり実力に見合っていないコースを走るのは、危険をともなう。過呼吸や脱水症状になれば、命の危険も考えられる。誰も得をしない状況になる。
・朝陽先輩は、それを楓にも言ったらどうかと提案したそうだけど、それは既に監督がちゃんと言っていたからと断られたそう。
・だからこうして伝書鳩のように、伝えてくれたわけか。ありがたかった。誰も味方がいない中で、楓はやっていける気がしていなかった。
・柚希は合宿出発前も、監督に、蓮李先輩のトラック練習ができないことについて、反論していた。そういうキャラなのだと表現できる。
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「でも、良いことだと思うよ。今までのアイリスって、こういうことなかったんだよ。7人ちょうどだからメンバー争いがないわけだし」

朝陽先輩は頭の後ろで肩肘を組み、肩関節をストレッチをしながら言った。

「こういうことって、なんですか?」
「だから、蓮李先輩に挑戦する、なんてこと。みんなも内心、すごいなって尊敬しているんじゃないかな? 実際私がそうだし」

自分は別に、そういうつもりで5区を走りたいと言ったわけではなかった。
知らずのうちにというか、結果的に、挑戦することになってしまっただけで。

「まあ、でもこれから頑張ってね。前に一度だけおんなじ練習やらせてもらったけど、全然ついていけなかったなー」
「ってことは、の例外は、朝陽先輩なわけですか」
「そういうこと」

時間になり、デルフィ大学のメンバーと入れ替わりで、スピード組がグラウンドへ入っていくのが見えた。

「お二人さん、準備はオッケーですか?」

マネージャーのラギちゃんに声をかけられ、楓はハッと我に返り、頷いた。

「はい!」
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