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二章 ゲーム開始

もう尊厳とかないです…

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「私と取り引きしませんか…?」

そう言った黒縁メガネを叩き割ってやりたいと心底思った。現在、私はヘタレ暴君からやっとの思いで脱出した折にまんまとこの腹黒メガネこと柿本かきもと蜜柑みかんに捕まってしまったのだった。

「取り引き?取り引き出来る物なんて私もあなたもないですよ?」

「いえ、ありますよ。この状況をよく考えて下さい。このまま私に捕まったままでいればあなたは間違いなく授業に遅刻してしまう…だが、私の要件を飲んでいただければ遅刻したとしても遅刻のカウントに入らぬよう手配する事が可能です。さぁ、どうしますか?要件を飲みますか?」

こ、こいつ…腹黒さが増しすぎてるわ

抵抗しても無駄とばかりに両手を上げ固定されたまま壁際へと追い込まれ逃げ場なしの状況だ。そんな最悪な状況にも関わらず冷静沈着な私は腹黒メガネに向かってはっきりと吐き捨てた。

「お断りしますっ!!」

「っ…!?」

その瞬間、私は腹黒メガネの足をこれでもかと踏み潰すと痛みのせいか解放された手をすぐ様戻し一目散にその場から駆け出した。

せいぜいその場で蹲ってるがいいわ!私を脅そうなんて百年早いっつーの!腹黒メガネっ!!と悪役的なセリフはここまでにして、本当は…物凄く焦ったぁ~~~!!もう駄目かと思ったし、あれ以上乙女ゲー関係者に関わりたくないから逃げられて心底助かったわ…

チャイムコール五分前にて風を切るように教室に向かいながらも胸を撫で下ろすのだった。

そして、桃によって足を踏み潰された蜜柑は空き教室に一人残ったグアバと一緒にいた。

「あんな女この世でだな…」

「一体誰の事ですか?グアバ」

珍しく床にて重々しい顔をするグアバに何食わぬ顔で問いかけるとフッと口角をあげた。

「フッ…何でもない」

「そうですか…」

そう何でもないように言い返すが蜜柑の顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 *

今までこんなにも存在感ゼロを心内で賞賛した事はあるだろうか?否、ない。

「え~…この当時の日本は主に戦の時代でありこの時代の事を戦国時代と言います。そこで…」

現在、私は無事授業に間に合う事ができじいちゃん先生が担当の日本史の授業をに受けている。そう、に受けているのだが…

不意に斜め右上を見ると赤髪の少年が逃がさないというように鋭い眼光で睨んでいた。

あぁ~!もう、集中出来ないっ!お願いだからこっち見ないでよ~!!

幸いにも存在感ゼロのおかげで誰も私の存在に気づかずただ凌牙が後ろを何故か睨みつけているとしか思われていないが、こちらとしては乙女ゲー関係者に目をつけられてるというだけで最悪だ。

「…は~い、今日はここまでにします。復習予習を忘れずに~!」

「”は~い”」

チャイムと同時に席を立つと私は素早く教科書を片付け次の授業の教材を抱えると早足で出口へと向かった。

今のうちに早く教室から出よっと…

ドンッ!!

「わぷっ!?」

「待てよ、逃げるつもりか?」

突如ぶつかった衝撃に声が上ずると途上から冷ややかな声が降って来た。

やばい…っ!今、顔を上げたらフラグ立ちまくって巻き込まれる可能性大だわ。よし、ここは…

「えいっ!!」

「いっ…!?」

めいっぱい顔を上げるのではなく頭を相手の顎に向け上げると隙を見て一目散に駆け出した。

「なっ…おい待てっ!」

待て言われて待つ馬鹿なんていないわよ!

顎を抑えながら叫ぶ凌牙に振り向きもせずただひたすらにこの場から逃げたいという思いで教室を後にしたのだった。

「凌牙くん、どうしたの?うわっ!?どっかで顎打ったの?早く冷やさなきゃ!ほら、早く保健室に…」

うるさい」

「っ…もうっ!!」

引っ張る苺の手を退かし膨れる顔を一瞥いちべつするとそそくさと机に戻る。

あの石頭の事を苺に言っても知るわけないからな…

何故か他の誰にも認識されず知られていないという存在を不思議に思いまた、気になり始めたのは一週間前の事だった。初めは幽霊などのこの世に物体がない物かと思ったが彼女は確かにそこに存在しクラスの一人である事が分かった。そして、次に感じたのは何故かがずっと昔から傍に居たかのような感覚だった。そんな不可解な感覚にという存在が気になりそこから彼女を観察する事にした。そこで見えたのは存在が知られていない事から体育等の団体行動では常にサボり一人だけ遠目で観察している事。体育科の自分からしたらその様な態度は心底気に食わないがそれを他人に言った所で誰も知らないのだから意味がない。現に、今日をもってそれは確証済みだ。そして、もう一つ分かった事は彼女自身その事を分かっていた事だった。そこで、彼女に仕掛けてみる事にした…逃げ場を与えない事を。だが、体育授業にてひ弱に見えた彼女を舐めていたのが悪かった。

…まさか頭突きでくるか?普通

未だに痛む顎に手をやりながらも鞄を片手に次の授業へと向かった。

 *

次の普通科の授業は音楽であり幸いにも体育科の凌牙とは離れるのだが、問題は音楽科である国光くにみつ林檎りんごと出会すかもしれないという事だ。音楽科のクラスの一部は中央舎の四階に位置し本当に稀なのだが国光林檎と遭遇する事があるのだ。だが、稀だとしても一パーセントでも可能性がある限り私は彼とは遭遇したくなかった。理由なら様々あるが、一番の理由は今置かれている状況だ。

「まるで透明人間が実体化したシチュエーションだわ」

要するに、今まで見えることも記憶に残る事もなかった私が突如として攻略対象者に見えるようになり記憶に残る。はてさて、これはモブキャラとしてあるまじき事ではないだろうか?うん、やばい…非常にやばいっ!だからこそ…

「絶対に会わないように…」

「誰に会わないように?」

「それは勿論国光り…うぎゃぁぁぁぁっ!?」

振り返るとその当の本人である国光林檎が現れ思わずその場に崩れ落ちた。

「もうっ!何その反応~?まるで幽霊でも見たみたいに驚いちゃってさ~失礼しちゃうよ」

「す、すみません…幽霊ではなくて人間でした。では、失礼します……ってイタタタタタタタッ!?」

そそくさと退散しようとした瞬間、背後から髪を引っ張られ足を止めさせられた。

「君、僕を助けてよ」

「は?何言って…イタタタタタタッ!?だ、だから引っ張らないでっ!!」

このままだとハゲちゃう…っ!

髪を引っ張られ曲がり角の影に引きずり込まれると手を固定され口元を塞がれた。

「んんっ!?」

な、何!?こいつら人を拉致する専門か何かよ!

二度目…否、三度目のデジャブにもはや攻略対象者が誘拐犯に見えてきた。

「もう少し大人しく出来ないの?仕方ないからこれでも食べてなよ」

「うぐっ…!?」

無理矢理口に入れられたクッキーに驚くよりも先に味覚の方が勝った。

激マズッ…!!

普通のクッキーより百倍は不味い激マズクッキーに吐き出したいのに口が塞がれて吐き出せずにいると突然近くで女子生徒の声が聞こえた。

「ねぇ、いる~?林檎くん」

「いな~い…ん~、ここの近くにいたって言ってたのになぁ…」

え?何?こいつのファンか何かなの?というか、もしかしてこの子達から逃げてるのか…?

背後で身を屈め様子を見るこいつこと国光林檎を見上げると安堵したような顔でその様子を見ていた。

あのですね…巻き添えにしないでいただきたいのですが?

激マズクッキーを食べさせられた挙句終始口を塞がれるという始末に私は睨みつけるという好意で小さな抵抗をした。

「あ…もう気配ないよね?」

「んんっ!」

「あ、ごめん!」

「ぷはっ!ゴホゴホッ!!おぇ…」

ようやく塞がれた手が解放され激マズクッキーのせいかむせていると当の本人は呑気にも笑顔のまま口を開いた。

「君のおかげで助かったよ。ありがとう!」

ん?ありがとう?こいつ今の私を見て笑顔でありがとうだとぅ?

「ふざけんな!窒息死する所だったわよ!」

「窒息死ってそんな大袈裟なぁ…」

「大袈裟って…あなたにとっては大したことないかもしれないけど私は……っ…!?」

な、何これ…!?最悪すぎるっ!!

急激な腹痛に襲われ直ぐにそれが先程食べさせられたクッキーのせいだと分かった。

「どうしたの?顔青いけど…?」

どうしたの?ってお前のせいだよ!

自分のせいだとは微塵も思ってはいない国光林檎の様子に無性に腹がたったが今はこいつに構っている暇などない。

「退いてっ!」

「いっ…!?」

国光林檎を思いっきり突き飛ばし女子が見たら絶句しそうな行動を取りつつも今はそんな事を気にしてる余裕など一切なく私は無我夢中で起き上がりお手洗いへと走った。

「う…っ……」

走ると更に痛みが増し顔を顰めると同時に額から汗が零れ落ちた。

だ、駄目……っ…

バタンッ!!

その瞬間、私は女子であるまじき腹痛によって気絶した。

「……まったく、無理しすぎやで。桃ちゃん?」

気の遠くなる意識の中で微かに聞こえた私を呼ぶ声が誰のものかは分からないがフワフワとした浮遊感だけが残った……

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