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実験室とコーヒー

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キーンコーカーンコーン
 
「起立!礼!ありがとうございました。」

「相浦ちょっといいか?」

「はい?」

「この教材を実験室まで運んで欲しいんだ。頼めるか?」

「はい、分かりました。」

「じゃ、先に購買いってるね。」 

「うん、また後でね。」

真奈と別れ緑先生に言われた教材がたくさん入ったダンボール箱を持ち上げた。  

「うっ…よいっしょっと」

結構な重さだなこれ… 

「大丈夫か?重いんなら無理しなくてもいいが…」

「大丈夫です。重労働慣れてますから。」

「疲れたら無理せず言うんだぞ」

「はい」

私は教材がたくさん入ったダンボールと一緒に緑先生と実験室へ向かった。
 
実験室は薬品の匂いが充満し動物や昆虫の剥製が並んでいた。  
真っ白な大きな黒板と下にあるプリントが山積みになっているテーブルが入ってすぐに目に入った。

「何なんですか…?このプリントの山は…」

「あー、片付けようと思っていたんだが思うには思うけど手をつけるまでにはいかなったというか…なんと言うか」

緑先生は曖昧に言葉を濁すと誤魔化すように頭をかいた。
 
「こんな状態女子たちがみたら驚きですよ。次の授業もあるんですからはやく片付けないと」

「あははっ そうだな。」

「私が教材直しておきますから緑先生はプリント片付けてください」
 
「迷惑かけてすまんな」

「本当ですよ!もうっ!」

緑先生はたまに抜けているところがあるから先生に近づこうとお手伝いを申し出る女子がたたない。
なので、先生から生徒にお願いする事は滅多にないのだが何故か私だけは時々こうやって頼み事をお願いされる。

抜けているところがなければちゃんとした大人の先生なのにな…
  
私はたくさんあった教材を直し終え、山積みになっていたプリントを片付け終わった先生を見る。 

「緑先生、私の方は終わりましたのでこれで失礼します。」
 
「あぁ、ありがとな。あっ!相浦、ちょっと待て」

「…?」
 
「放課後空いてるか?」
 
「あー、はい。今日はバイトもありませんし空いてますけど…」 
 
「なら、この実験室でコーヒーでも飲まないか?嫌ならいいんだが…」

コーヒーか…
イベント事は避けたいが真奈もいないし多分イベントじゃないのかも…なら、断る理由ないよね。
コーヒー好きだし。

「いいですよ。コーヒー好きなので」
 
「そうかやっぱり…コホンッ…なら良かった。じゃ、放課後にな」

「はい」

雪が実験室を出て行くのを見送ると一人残った緑 幸は放課後に雪とコーヒーが飲める事へ嬉しいさがこみ上げた。

「やっぱりまだ好きだったんだなコーヒー…」
 
その言葉がどういう意味を含むのかは多分雪には知る由もないだろう…

実験室を後にし真奈と合流しに購買へ向かった。

「真奈ごめん遅くなって!」

「もう!ゆきったらやっと来た」

「いつもの焼きそばパンキープしてくれた?」

「おおともよ!あとは私のミルクティーとゆきのアップルティーをゲットするだけ」

「ありがとー!真奈」

「じゃ、はやくミルクティーとアップルティーをかけて突撃だー!!」

私と真奈はギュウギュウ詰め状態の人混みに紛れ込むと何とかミルクティーとアップルティーに近づくため飲み物売り場へと近づく。

「うっ…苦しいっ…」

人混みをかき分け何とか辿り着くとお金を突き出した。

( ” アップルティー1つくださいっ!! ” )

え?

咄嗟にいい放った言葉は隣の男子と被りお互いに顔を見合わせる。

そこにいたのはチャラ男こと高宮 光先輩だった。

「あらら、二人同時に同じもの頼むなんて珍しいこともあるもんね~美男美女のカップル揃って可愛いわね~」

「なっ!違いますっ!カップルじゃありませんっ!それに、美女じゃありませんし…」

「あらら、照れちゃってまぁ」

だから、違うっていってるでしょーがおばさん!
誰がこんなチャラ男の彼女だ!
こっちから願い下げだ。
少しは高宮先輩も反論したらどうなのよ…ってあれ?

隣を見ると真っ赤になって固まっている先輩がいた。

「先輩?高宮先輩?」

「え?あ…なっ、何?」

「固まって動かないのでどうかしたのかと…」

「あ、あぁ…何でもないよ。それより、雪ちゃんもアップルティー買うんだよね?譲るよ!俺はいつも飲んでるし」

「で、でも…」

「いいからいいから。レディに譲るのは当たり前でしょ?」

「はぁ…ならお言葉に甘えさせていただきます。」

この人に関わると頭痛くなりそう…

私は高宮先輩の言葉に甘え未だに可愛いと頬を染めながら連呼しているおばさんからアップルティーを買った。
真奈はというと、ミルクティーを何とか買ったはいいが真奈に好意を寄せる一般男子共の群れに捕まっていた。
私と高宮先輩は人混みの中を脱出すると帰ろうとする高宮先輩を呼び止めた。

「高宮先輩待ってください!あの、やっぱアップルティー譲ります。前に助けてもらったお礼何も出来てませんでしたし…」

「お礼なんていいのに」

「お礼せずにそのままなんて嫌なんです。だから、どうか受け取ってください」

「なら、受け取るよ。ありがとう」

そう言うと先輩はアップルティーを受け取った。

「あの、高宮先輩。あの時、何で赤くなって固まってたんですか?いつもなら流してそうなのに」

「ダメなんだ…ああいうの」

「…?」

「俺、人をからかったり褒めたりするのは好きなんだけど逆に人からからかわれるのには慣れてなくてさ」

「高宮先輩にもそういうところあるんですね。」

「ちょっ…雪ちゃん俺の事どんな風に思ってんの」

「チャラ男金持ち」
 
「なっ……はぁ~初めてだよそんなはっきり言われたの」

「すみませんつい口が滑って…」

「まぁ、そういう雪ちゃんだから好きなんだけどね。」

「はぁ…」

私のどこをどう見て好きか分からんが好きになってもらうのだけは嫌だな。  

「じゃ、もう行くね。これありがとう。」 
 
「はい」

「俺、生徒会の仕事がない時は校舎裏のベンチにいるから会いに来てね!」

「あ、はい。暇でしたら」
 
多分行かないと思うが…

「あっ!それと雪ちゃん…」

…?

そう言うと高宮先輩は私の耳元に口を寄せた。

「雪ちゃんは美人だよ。可愛いくて綺麗だ……」

っ……?!

耳元で囁かれた声に私の思考は停止した。
 
高宮先輩はそう呟くと満足気にそのまま帰っていった。

「あっ!やっとゆき見つけたっ!もう!大変だったよあの男子たちから抜け出すの」

「うっ…真奈ー!」

ギュッ

私は思わず真奈の胸に抱きついた。
わなわなと口が震えながらもさっきまでの出来事にまだ熱は冷めることはなかった。
真奈は戸惑いながらも私の背中を撫でてくれた。

「はぁ…やっぱ雪ちゃんはいいな。照れた雪ちゃん可愛いかったな…」

一人満足気の笑顔で高宮は呟いた…。

色々あった午前中も何とか終わり午後はそれとなく過ぎていった。
そして、約束の放課後…

私は緑先生との約束の通り実験室に向かった。
 
ガラッ

「失礼します。」

「あ、相浦来たか。好きなとこに座れ」

「はい。先生何かやってたんですか?」

「あぁ、ちょっとした実験をな」

そこにはフラスコと謎の液体が入った瓶があった。 

「触るなよ?怪我したら大変だからな」
 
「はい」

私は何の実験ですか?と言う質問を呑み込んだ。
あまりにも不気味な色をした液体を使うなんて絶対危ないものに違いない。
絶対聞かない方が身のためだ。

「ちょっと待ってろ。今からコーヒー作るから」

緑先生が取り出したのはビーカーと市販のコーヒーだった。

「ビーカーに入れて作るんですか?」

「あぁ、これが結構美味しいんだ」

「へぇー、ちょっとワクワクします!」

「ははっ  だろ?」

「はい!」

まるでイタズラを今からするみたいに先生は子供みたいな笑顔で笑っていた。

「あ、コップがなかったな…すまん、相浦コップ取ってくるからちょっと見ててくれるか?」

「はい、分かりました。」

先生は隣の実験準備室へと向かった。

私はグツグツ煮えるコーヒーの匂いを嗅ぎながら疲れから睡魔に襲われた。

「相浦、コップはこれでいいか?ん?」

緑 幸が準備室から戻るとグツグツ煮えるコーヒーの前に気持ちよさそうに眠る雪がいた。

「なんだ、疲れて寝てしまったか。」

緑は雪の寝顔に目を細めると自分が着ていた白衣を雪に被せた。
 
「風邪引くぞ…」

火を止めビーカーからコーヒーを取り出すと持ってきたコップにコーヒーを入れ雪の隣に一つ置く。
雪の寝顔を見ながら緑はある出来事を思い出していた。

それは一年前、緑がまだ先生じゃなかった時…

降やむ事のない雨の日だった。
緑 幸は研究者として親の跡取りとして研究に没頭していた。
だが、一緒に働く部下たちは誰ひとりとして一人の研究者と見ることはなく親の七光りとしてしか見られなかった。
自分自身を見てくれる人はおらず、リーダーとしていた自分に従う者は誰ひとりとしていなかった。
いつしか楽しかった研究もただ苦しいだけになり研究に没頭することはなくなった。

「雨に打たれて帰るのもいいかもな…」

いつもなら迎の車でも頼んで帰るところだが今日は一人になりたかったため雨に打たれて帰ることにした。

雨に打たれていると辛いことも苦しいことも全てが洗い流されるようだった。

「はぁ…ちょっと休憩でもするか」

歩いていると、石で出来たベンチに座り煙草を咥える。

ポツ…ポツポツ…

頭に降っていた雨が止んだのを見て上を見上げると一人の少女がいた。
 
「雨降ってるのに、煙草咥えても火はつきませんよ?」

少女は中学生ぐらいの制服を着て緑を傘の中に入れていた。

「いいんだ…火がつかなくても。俺にはこれがいいんだ」

「変なお兄さん。傘も差さずに濡れるのはいいけど風邪引いたら元も子もないですよ。うちの弟なんてバカやってずぶ濡れで帰ってきたと思えば次の日、案の定風邪引いて寝込んだんですから」

「へぇ、弟いるんだ」

「はい、弟と妹がいます。母も父もいないからもう大変で」

「え、じゃあ君一人で兄弟の面倒みてるの?」

「はい、毎日バイトと学校に家事に大変だけど帰ってきた時の弟と妹の寝顔みるとホッとするし何より二人の笑顔が私の宝物だから」

「そんな生活してて嫌になったり辛くなったり苦しくなったりしないの?」

「うーん、苦しいなぁって思う時もあるけどそれ以上に自分が好きでやってる事なので逆に楽しいです。」

「楽しい?…」

「はい!お兄さんもそんな顔しないで好きな事やって楽しんだらいいんですよ!人生一度っきりなんですから」

この子は凄いな…
辛いことも苦しいことも好きな事に変えて楽しんでる。
好きな事か…俺は好きで研究を始めたはずだったのに今は好きではなくなってしまった。
ただ、苦しいだけになってしまった。
今、俺が本当にやりたいこと…好きな事はなんだ?

「あ、ちょっとこの傘持っててください。」

少女はそう言うと目の前の自動販売機に走っていった。

「はいっ!どうぞ」

缶コーヒー?

「私、喫茶店で働いてるからコーヒー好きなんですよ。お兄さんも、これでも飲んで元気だしてくださいね」

少女はそう言うと傘と缶コーヒーを渡して雨の中走っていった。

俺は、この少女との出会いで研究者を辞め教師という新たに出来た夢を叶えた。

そして、”好きな事をやればいい” そう言った少女の事はずっと忘れられずにいた…

春、入学式に参列する新一年生の中に少女はいた。
セミロングの黒髪をポニーテールにし揃えられた前髪に少し大人ぽい顔立ちは出会った時と変わらなかった。

「雪……」

そう呟くと撫でていた髪を耳に掛け、真っ白なその頬に口づけた。

「ん?あれ?私寝ちゃってた?あっ、コーヒー…」

起きると目の前にコップに入ったコーヒーと一枚のメモ用紙があった。
そこには…

相浦へ
先生は用事で職員室に行くから起きたらコーヒーでも飲むように
飲み終わったら、実験室の鍵閉めといてくれ
それと…風邪だけは引くなよ

「うん、美味しい…」

少し苦く暖かいコーヒーと先生の優しさに自然と笑顔が溢れた…。













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