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源野 進

初恋相手の出来杉くん

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 世間知らずにも程がある野々下 灯枇あけびは、長らく自身の初恋相手を勘違いしていた。随分後になってから、その凄まじい誤解に気が付くまでは、保育園時代にたったの5分程度で初恋が終了したのだと思い込んでいた。

 灯枇あけびはヒヲス保育園の園庭に居る時に、突然女の子の誰かから好きな人を訊ねられ、とっさに、「ヒヲス保育園では1番マシかなあ」と思った、とある男の子のあだ名を挙げた。それは断じて4町内のハーレム野郎では無かったが、灯枇あけびの返答を聞いた女の子曰く、そのマシな彼には好きな人が居るらしかった。

「ふーん、なら別にいいや」

 この単なる雑談を、灯枇あけびは長らく初恋が終わった瞬間だと勘違いし続けていた。しかしそれは誤りで、本当の初恋は小学校1年生の時に始まり、彼に関しては恋敵だった雲母と、入学当初から意地汚くてどこか粘着質だった妃鞠の残酷極まりないお遊びに使われ、掃除時間中のアウティングによって幕を閉じた。


 ただ、今更ながら灯枇あけびが振り返ってみれば、妃鞠と雲母によって、片想い相手達本人も居る前で卑劣なアウティング行為をされた後も、灯枇あけびは彼等から殊更ことさら邪険にされたような記憶が無い。無論、アウティングで片想いが成就した訳では無い。


灯枇あけび自身、大変気まずくなって彼等を避けるようになったことや、都合良く忘れているだけかも知れないが、それ以外の要因としては、そもそも片想い相手達は皆いい人達だったのだろう。



 それに灯枇あけびの片想いというのは、例えば遠くからたまたま見る機会があって、流石にどこか物陰に隠れるまではしないが、相手からなるべく気付かれない様に、こっそり何をしているか様子をうかがったり、授業などで必要に迫られてニ、三会話した思い出を心の中で暖めて、嬉し恥ずかしな気持ちにもだえる、一種の趣味である。


 だから灯枇あけびが片想いをするのは、片想い中は心苦しいながらも、好きな人が全く居ないよりは居た方が結構楽しく、辛い学校生活に張り合いが出るからであって、実際に彼等と彼氏彼女の間柄になりたい訳では無い。それに灯枇あけびの知る限りでは、その当時恋愛的な意味で付き合ったりするなんて、今現在で言う陽キャ小学生の男女であり、喧嘩友達でお似合いと冷やかされる仲であっても、絶対にあり得ない事だった。

 それは何故かというと、やはり少しだけ昔の時代で、舞台も九州地方の県庁所在地というお堅い土地柄だったせいではないだろうか? それ以外に特筆すべき点は見当たらない。若草市立ヒヲス小学校は、極々普通のありふれた私服小学校だった。

 しかし男女は同じ教室に居ながら、普段から誰も彼もが異性と親しく会話するという事は無かった。小学生のうちから手を繋いで一緒に帰ったり、付き合ったりキスしたりするだなんて、そんなのアニメや漫画でしか見ないような、非現実的な空想話だった。ただ時たま、通学路に誰か大人が飽きて捨てた、煽情雑誌が落ちていた。




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