シャハルとハルシヤ

テジリ

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最終章 ヘイサラバサラ

シャハルとハルシヤ

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 黙ってギリタの長話が終わるのを待っていたネルガルは、ようやく口を開いた。

「いや、その理屈はおかしい。もうスメク人は存在していない。我々は全員がシビル連邦人だ」

 ネルガルは秘書室に内線を掛け、ハルシヤにシビル六法全書を持って来させると、国籍要件のページを開いて読み上げた。

一、出生時に父あるいは母がシビル連邦国民であった者

ニ、出生前に死亡した父が死亡の時にシビル連邦国民であった者

三、シビル連邦国で生まれ、父母がともに不明のときあるいは国籍を有しないとき

四、帰化した者

「ギリタ、お前はルーツと国籍を混同し過ぎている。だが仕方無いのかも知れない。移民による多民族国家でも無ければ、その国の多数派は大概一民族で構成されているからな」

「そもそも近代国家という枠組自体が、民族の伝統を破壊する。言うなれば都会の国々による押し付けではありませんか」

「ほう。では高級官僚など今すぐ辞めるべきだな」

「……」

「理論武装が足りないな。持論をもっと深めることだ。それと私は帝王になるつもりはないよ。次の帝王は、シャリムだ」

“かつて彼等の調停者として君臨していた王室が国外追放されてからというもの、その権力は、時に暴走を始めました”

 海外産まれ海外育ちのネルガルは、シャハルが以前動画で王室擁護とも取れる発言をしたことで注目していた。ところが、

「シビル語圏の報道や意見を探って驚いたよ。何だあれは」

 ネルガルは、倡店街ラパタの落とし子達を無闇に疎むシビル社会の風潮を変えるため、成るべく見目の良い外国人女性との間に子を設け、いずれはそのシャリムを帝王とすることで、社会全体の意識改革を試みることにしたのだという。

「全く、いい気なものですこと。流石は300年以上、黙って替え玉朝を演じ続けただけのことはあります。嘘吐きヴィンラフなんて、本当にろくでもない。それを言うならわたくしの義理の娘なんて生母を通じて、真の王族だったバロルドの娘の子孫でもあるんですよ。あなた方よりよっぽど由緒正しい身の上なのに」

 そう言って執務室に入って来たのは、予め待機していたロミネ・ハルサナワだった。更に、

「お待ち下さいっ、ヴィンラフは悪くございません。全ては我が祖先の犯した過ち」

 ウキン諸島駐留軍から駆けつけたバーダト・ジルキット大尉が述べることには、転戦中に病死した帝王の替え玉作戦は、ほぼジルキット家が仕組んだことであった。そしてジルキット家に嫁いでいたヴィンラフの姉による遺言で、犠牲となった彼の子孫を解放する為、亡父ジルキット将軍が真実を告発したのだという。

「ところでギリタ。手作り地雷仕掛けたのってルシフ達だろ?  僕を救い出しておきながら、実は同じ手で地獄に突き落としていたという訳だ」

 もはやお約束のように次々と執務室に入って来る知人達に、ギリタは脱力感を覚えながら言った。

「だったらどうする。今更証拠なんて残ってない、心弱い彼は無期懲役刑の独房で、今なお精神的には私の支配下だ。それと、あれには軍部も一枚噛んでいる。やはりお前など世発に送るんじゃなかった。ハンムルーシフは罪の重さとやらに耐えかねていたようだが、真実を知った今、お前だって彼が憎くて堪らないだろう?」

「あっそ、真相知りたかっただけだから別に良いよ。それなら僕は彼を赦す」

 最後に部屋へ入って来たのは、ギリタの長男ケイレブだった。

「お父様、私は留学先で知り合ったトリシラと結婚します」

 思わずカッとなって護身銃を取り出し、ケイレブを銃撃したギリタ・ロンシュクは、ジルキット大尉に身柄を拘束され、駆け付けた警察官によって逮捕された。



 全てはギリタという真の裏切り者の動機をあぶり出すための策だったのだ。敵を騙すにはまず味方からとは言ったものの、皆には苦労を掛けてすまなかった。という、帰還したソピリヤ様の大嘘で、事態は決着した。

 私はシャハルと土手近くを歩きながら、色々な話をした。

「最近は農業の方が儲かるらしくって、放牧家はどんどん減ってるんだ」

「へー」

「児童婚もただ禁じるだけじゃなくて、働かされて学校に来れないってのも無いように、学校来て勉強したら、その分お金を払う事にしたんだ」

「ふむふむ」

「シャハルが撮った“ヘイサラバサラ”を見て、支援団体も発足したしさ」

「ああ、あのヤラセ扱いされたアレね」

「でもさあ、残念だけど祭り存続も危ういんだよ。毎年楽しみにしてたのにさ」

「ならその時は、模した祭りをすれば良いよ」

「その手があったか! 後さ、ソピリヤ様はいずれ本当に太守位を返上して、国政に打って出るつもりなんだってさ」

 私ハルシヤは、今でもシャハルが何を考えているのか、さっぱり分からない。それはシャハルから見た私もそうだろう。だがたとえ相手の心が見えずとも、一所懸命言葉を尽くしながら、互いに寄り添う事はできると思うのだ。そうしているうちに、徐々に夜が明ける。


シャハルとハルシヤ 完



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