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幕間 庇護の国
賭け込み直訴
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セウロラは、そのまま踵を返して篁屋へ行こうとするサニュに向かって、苦笑いしつつ呼びかけた。
「ちょっと待って、サニュちゃん。こんなの誤解だってば。ねえスラー」
セウロラに肘で小突かれ、スラーは焦りつつ何とか弁解しようとした。しかしサニュに睨まれた途端、言うべき言葉が何も出て来なくなった。
サニュは実家である篁屋に駆け込んだ。
「皆聞いて。うちは篁屋の娘です、武家のスラーさんとは許嫁です。でもさっきそこでスラーさんが、知り合いのセウロラおねえちゃんに告白してたのっ。スラーさんは篁屋を裏切った。うちと許嫁だからお金貰って学校行ってる癖にっ」
篁屋店内の入口付近に居た者達からざわざわと騒ぎが広がっていき、その知らせは篁屋の奥に居たサニュの母のもとまで届けられた。サニュの母は慌てて現場まで駆け付けると、客達に頭を下げながら、サニュを店の奥まで引っ張って行った。
この騒動がもとで、セウロラは気まずくなり篁屋の賃金労働を辞めた。そうすると一日中家に居るしかなくなり、案の定、世話好きな近所の婦人に目を付けられてしまった。
「セウロラさんもお年頃でしょう、お相手にサイモンさんなんてどう。アナンの代わりに先生役としてずっと教わってたんだから、知らない仲ではないでしょう。それに彼、今度ポンチェトプリューリに議員秘書として働きに出るそうじゃないの。それでなくてもイェノイェの跡取りはあの人なんだから、将来有望株だし。セウロラさん、彼の妹さんとも仲が良いんでしょ。ねえレラムさん、レラムさんもその方が安心でしょう」
「さあ…どうなんでしょうね。私そういう話にはとんと疎くって」
「痛たたっ…レラム小母さん、ちょっとお腹が。もう限界、今すぐ横にならないと」
「まあ、本当に酷いのね生理痛。ごめんなさいね~長居しちゃって。それじゃまた来るから、一応考えておいてね」
セウロラは湯たんぽを抱え、寝具にくるまった。冬は特に痛みが強く、寝室と手洗いを往復しながら、寝具の上で七転八倒して転げまわった末、ようやく焚いた風呂に浸かって、どうにか落ち着いたこともある程だった。
「わたし、こんな感じで将来やって行けるのかな……」
落ち込んでいると、友人のシトナが訪ねて来た。彼女は先程の縁談話で話題にのぼった、サイモンの妹である。
「えーっ、そんな話されたの。あの人ってホントお節介焼きなんだから。大きなお世話っ、あたしにも顔を合わせる度、結婚しろ、結婚しろって。たぶん根に持ってるんだと思う。あたしのお姉ちゃん、あの人の紹介蹴ってお嫁に行ったからさ」
「そうなんだ。ところでさ、相談なんだけど…わたしは今こんなだし、別に篁屋に対して何かある訳じゃないんだけどさ、やっぱり気になっちゃって。サニュちゃん、ずっとあのままなのかな。スラーのお母さんってきつい人だし、スラーは何か…変に劣等感抱えててちょっと冷たいし」
「あー…なるほどねー。まかせてっ。あたしクルガノイ大っ嫌いだから」
シトナは街に出向き、修行中で他店の店先に立っているサニュの兄、タイに頼んでサニュをスラーの家から呼び出した。
「初めまして~…ではないよね。あたしシトナっていうんだけど。ちなみにセウロラの友達ね」
「何ですか。うちは悪いことしてません」
「違う違う、別に文句言いに来た訳じゃないってば。ちょっと歩こう、甘味屋さん奢るから。もし心配だったらそこに居る貴方のお兄ちゃんも、一緒に連れて来て良いよ。でもタイには奢らないから」
シトナ達3人は適当な甘味処を見繕って店内の片隅に落ち着くと、各々好きな菓子や飲物を注文した。やがてそれらが卓に届けられると険悪な雰囲気から一転して、あれやこれやと思い出話に花が咲いた。
「もうお嫁に行っちゃったんだけど、あたしのお姉ちゃんったらひどいの。花冠、シャハルには簡単な編み方教えるくせに、あたしには難しい方しか教えてくれなくて、結局出来ないまんま」
「あ、それ。うち習ったからできるよ」
「えっホント、なら今度来て教えてよ」
「無理だよ…スラーさん家で色々手伝いあるから」
「えーっ、遊ぶ時間とか全然無いの。こんな小さな子をそんなに働かせなくちゃ家の事が回らないって…スラーの親って、ひょっとしてあんまり要領良くない人だったりして……。サニュ、そんなに我慢しなくて良いんだよ。最悪ウラシッドの番屋に泣いて駆け込めっ」
その日の帰り道、サニュはウラシッドの番屋に駆け込んだ。番屋のウラシッド兵に事情を訊ねられぽつぽつと話すうちに、独りでに涙が溢れ止まらなくなった。顔を覆った手のひび割れに涙が染みた。
ウラシッドからの知らせを受け、サニュを番屋まで迎えに来たのは、篁屋の下働きの老婆だった。
「ばあや、もういやだ。篁屋に帰りたい」
「もう大丈夫ですよ。お嬢さんは、あんな家には二度と行かなくていいんです。帰りましょうね、ばあやと一緒に」
サニュとスラーの許嫁解消は、無事金銭的決着が付けられた。スラーはクルガノイの上級学校を卒業するまでは、篁屋の援助を受けられることになった。クルガノイの有象無象が集まる初級学校では、級友達から散々いびられていたスラーだったが、流石に上級学校ともなると、ある程度は周囲の人間性も向上し、大っぴらな虐めや嫌がらせは鳴りを潜め、中には親しげに話し掛けて来る者も居た。
「いやあ見直したぜスラー、お前の母ちゃんすげえ遣り手ババアじゃん。金だけ貰って、おまけでくっついて来た篁屋の娘は、上手~くいびって追い出したらしいな」
「ば、ババアって…」
「何か篁屋も反省して、クルガノイの借金も月々決まった額の支払いでいいって話も出てるみたいだし、本当すげえよ」
「はあ…」
篁屋に帰って数日後、サニュが土手近くにあるイェノイェの集落を訪ねて来た。
「あたし、ずっと妹が欲しかったの。だからサニュがホント可愛い」
「良かったね。二人とも」
「セウロラおねえちゃん、あの時は」
「良いって、気にしなくて。――わたし学校に行くんだ。シャハルの従妹のスカラって子と、この前一緒に試験を受けて、受かったらナルメの女学校に列車通学するの。スカラは将来学校の先生になりたいんだって。わたしはまだ目標がないけど…取り敢えず勉強して、卒業したら働こうと思ってる」
「ちょっと待って、サニュちゃん。こんなの誤解だってば。ねえスラー」
セウロラに肘で小突かれ、スラーは焦りつつ何とか弁解しようとした。しかしサニュに睨まれた途端、言うべき言葉が何も出て来なくなった。
サニュは実家である篁屋に駆け込んだ。
「皆聞いて。うちは篁屋の娘です、武家のスラーさんとは許嫁です。でもさっきそこでスラーさんが、知り合いのセウロラおねえちゃんに告白してたのっ。スラーさんは篁屋を裏切った。うちと許嫁だからお金貰って学校行ってる癖にっ」
篁屋店内の入口付近に居た者達からざわざわと騒ぎが広がっていき、その知らせは篁屋の奥に居たサニュの母のもとまで届けられた。サニュの母は慌てて現場まで駆け付けると、客達に頭を下げながら、サニュを店の奥まで引っ張って行った。
この騒動がもとで、セウロラは気まずくなり篁屋の賃金労働を辞めた。そうすると一日中家に居るしかなくなり、案の定、世話好きな近所の婦人に目を付けられてしまった。
「セウロラさんもお年頃でしょう、お相手にサイモンさんなんてどう。アナンの代わりに先生役としてずっと教わってたんだから、知らない仲ではないでしょう。それに彼、今度ポンチェトプリューリに議員秘書として働きに出るそうじゃないの。それでなくてもイェノイェの跡取りはあの人なんだから、将来有望株だし。セウロラさん、彼の妹さんとも仲が良いんでしょ。ねえレラムさん、レラムさんもその方が安心でしょう」
「さあ…どうなんでしょうね。私そういう話にはとんと疎くって」
「痛たたっ…レラム小母さん、ちょっとお腹が。もう限界、今すぐ横にならないと」
「まあ、本当に酷いのね生理痛。ごめんなさいね~長居しちゃって。それじゃまた来るから、一応考えておいてね」
セウロラは湯たんぽを抱え、寝具にくるまった。冬は特に痛みが強く、寝室と手洗いを往復しながら、寝具の上で七転八倒して転げまわった末、ようやく焚いた風呂に浸かって、どうにか落ち着いたこともある程だった。
「わたし、こんな感じで将来やって行けるのかな……」
落ち込んでいると、友人のシトナが訪ねて来た。彼女は先程の縁談話で話題にのぼった、サイモンの妹である。
「えーっ、そんな話されたの。あの人ってホントお節介焼きなんだから。大きなお世話っ、あたしにも顔を合わせる度、結婚しろ、結婚しろって。たぶん根に持ってるんだと思う。あたしのお姉ちゃん、あの人の紹介蹴ってお嫁に行ったからさ」
「そうなんだ。ところでさ、相談なんだけど…わたしは今こんなだし、別に篁屋に対して何かある訳じゃないんだけどさ、やっぱり気になっちゃって。サニュちゃん、ずっとあのままなのかな。スラーのお母さんってきつい人だし、スラーは何か…変に劣等感抱えててちょっと冷たいし」
「あー…なるほどねー。まかせてっ。あたしクルガノイ大っ嫌いだから」
シトナは街に出向き、修行中で他店の店先に立っているサニュの兄、タイに頼んでサニュをスラーの家から呼び出した。
「初めまして~…ではないよね。あたしシトナっていうんだけど。ちなみにセウロラの友達ね」
「何ですか。うちは悪いことしてません」
「違う違う、別に文句言いに来た訳じゃないってば。ちょっと歩こう、甘味屋さん奢るから。もし心配だったらそこに居る貴方のお兄ちゃんも、一緒に連れて来て良いよ。でもタイには奢らないから」
シトナ達3人は適当な甘味処を見繕って店内の片隅に落ち着くと、各々好きな菓子や飲物を注文した。やがてそれらが卓に届けられると険悪な雰囲気から一転して、あれやこれやと思い出話に花が咲いた。
「もうお嫁に行っちゃったんだけど、あたしのお姉ちゃんったらひどいの。花冠、シャハルには簡単な編み方教えるくせに、あたしには難しい方しか教えてくれなくて、結局出来ないまんま」
「あ、それ。うち習ったからできるよ」
「えっホント、なら今度来て教えてよ」
「無理だよ…スラーさん家で色々手伝いあるから」
「えーっ、遊ぶ時間とか全然無いの。こんな小さな子をそんなに働かせなくちゃ家の事が回らないって…スラーの親って、ひょっとしてあんまり要領良くない人だったりして……。サニュ、そんなに我慢しなくて良いんだよ。最悪ウラシッドの番屋に泣いて駆け込めっ」
その日の帰り道、サニュはウラシッドの番屋に駆け込んだ。番屋のウラシッド兵に事情を訊ねられぽつぽつと話すうちに、独りでに涙が溢れ止まらなくなった。顔を覆った手のひび割れに涙が染みた。
ウラシッドからの知らせを受け、サニュを番屋まで迎えに来たのは、篁屋の下働きの老婆だった。
「ばあや、もういやだ。篁屋に帰りたい」
「もう大丈夫ですよ。お嬢さんは、あんな家には二度と行かなくていいんです。帰りましょうね、ばあやと一緒に」
サニュとスラーの許嫁解消は、無事金銭的決着が付けられた。スラーはクルガノイの上級学校を卒業するまでは、篁屋の援助を受けられることになった。クルガノイの有象無象が集まる初級学校では、級友達から散々いびられていたスラーだったが、流石に上級学校ともなると、ある程度は周囲の人間性も向上し、大っぴらな虐めや嫌がらせは鳴りを潜め、中には親しげに話し掛けて来る者も居た。
「いやあ見直したぜスラー、お前の母ちゃんすげえ遣り手ババアじゃん。金だけ貰って、おまけでくっついて来た篁屋の娘は、上手~くいびって追い出したらしいな」
「ば、ババアって…」
「何か篁屋も反省して、クルガノイの借金も月々決まった額の支払いでいいって話も出てるみたいだし、本当すげえよ」
「はあ…」
篁屋に帰って数日後、サニュが土手近くにあるイェノイェの集落を訪ねて来た。
「あたし、ずっと妹が欲しかったの。だからサニュがホント可愛い」
「良かったね。二人とも」
「セウロラおねえちゃん、あの時は」
「良いって、気にしなくて。――わたし学校に行くんだ。シャハルの従妹のスカラって子と、この前一緒に試験を受けて、受かったらナルメの女学校に列車通学するの。スカラは将来学校の先生になりたいんだって。わたしはまだ目標がないけど…取り敢えず勉強して、卒業したら働こうと思ってる」
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