約束してね。恋をするって

いずみ

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第四章 星の降る夜

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「一応、そのつもり」

「天文関係のお仕事に就くのかと思ってた」

 陽介は、まさか、と言って藍の言葉を笑おうとした。

 けれど。



 やめた。



 将来の進路は、いつだって医者と言ってきた。家族も、担任の高木もそのつもりでいる。進路調査票には、一年の時から医学部進学と書いてきた。

 でも、それは陽介が選んだ進路ではない。ずっと、陽介のなかでその思いがくすぶっていた。藍に問われ、陽介は初めて、本当の願いをつぶやく。



「本当は、そうしたい」

 絞り出すように言った陽介を、藍はじっとみつめる。

「宇宙物理学を、もっと学びたい。ずっと、星の研究をしていきたい」

「どうして、そうしないの?」

 陽介は、すぐには答えずに空をあおぐ。また一つ、星が流れた。



「うちは病院をやっててさ、兄も姉も、もちろん俺も、医者になるものだと当たり前に言われてきた。親がさ、医者以外はろくでもない職業と思っているんだ。一度、教師になりたいって言ったら、田舎教師に成り下がる気かってめちゃくちゃばかにされた」

「教師になりたかったの?」

 流れた星の記録をつけながら、藍が聞く。



「以前はね。物理の面白さを教えたかった。でもそれからいろいろじっくりと考えてみて、俺のやりたいことは人に教えることよりも、もっと宇宙に関する謎を知って研究して解明する方だな、ってわかった。……宇宙の謎って、一つ見つけるとじゃあこれはこっちはって、限りがないんだ。今の技術を追っていくだけでも、今の俺には知らないことが多すぎて、知っていくたびにわくわくする」

 ふふ、と藍の小さな笑い声が聞こえて陽介は振り向く。

「なに?」

「陽介君、本当にそういうの好きなんだな、と思って」

 わずかな間のあと、陽介は笑った。

「うん、好きなんだ」

 星も。藍も。



「だめなの?」

「ん?」

「今から、宇宙関連の大学に行くのは、だめなの?」

「奇跡が起こるなら、藍は何を願う?」

 藍の問いには答えず、陽介は逆に藍に質問した。

「私は……」

 藍は、一度目を閉じて深呼吸をすると、ゆっくり目を開いた。



「陽介君と、恋がしたい」

 陽介は目をみひらく。短い沈黙が落ちた。

「すれば、いいじゃん」

 かすれた声で陽介が言うと、藍は小さく首を振った。

「できない」

「なんで」

「それは、奇跡、だから」

「そんなの全然奇跡じゃ」

「無理なの」

 陽介の言葉を遮って、藍が言った。



「今の私じゃ……だめなの。奇跡でも、ないかぎり……」

 泣きそうな藍の様子に、陽介は戸惑う。

 うぬぼれでなく、藍は陽介に好意を持ってくれていると思っている。なのに、なぜ藍がそこまで陽介を拒むのかわからない。潤んだ瞳を見つめながらわずかに視線を藍の後ろに投げた陽介は、何かに気づいて、小さな声で言った。



「あのさ」

「なあに?」

「キスしてもいい?」

「え……でも……」

 きょとんとした藍は、陽介の視線を追って振り返り、木暮がこちらに背を向けて遠くで電話をしているのをみつけた。



「今度はちゃんと許可を取ったからな。……だめかな?」

 囁く陽介に、藍はつかの間迷った後、ゆっくり顔を近づけた。

 微かに、二人の唇が触れ合う。目をあけた藍が、ぼうっとした表情で言った。



「すごいどきどきしてる。倒れちゃいそう」

 陽介は、はっきりとした声で言い切った。

「俺が奇跡を起こしてやる」

「陽介君」

「俺と、恋をしよう。普通の恋でいい。藍が、好きなんだ」

 くしゃりと顔をしかめた藍が目をそらした。陽介は真剣な目で口元だけほころばせた。

「奇跡を起こそう。俺たちで。この空に流星雨を降らせるくらいの。だから……っ!?」

 両手を空へと伸ばした陽介は、続く言葉を飲み込んだ。



「っ?!」

「え……?」

 つられて空を見上げた藍も、思いがけない光景に息を飲んだ。
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