しらすの彼

いずみ

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「ああ? なんだって?」
 ぎろりとこっちを睨む。
 う、足がすくむ。でも、もう見ていられない。

「まだ、慣れてないってここに書いてあるじゃないですか。お急ぎかもしれないですけど、せめて終わるまで黙っていてあげてください」
「なんだよ、お前。文句あんのかぁ? ああ?」
 中年がこっちに近づく。ぎゅ、と自分の手を握りしめたときだった。

「お静かに願います。他のお客様にご迷惑です」
 私の前に誰かが立った。その人の背中で、中年の姿が見えなくなる。

「乱暴な言葉は慎んでください」
 あ……
「どうかしましたか」
 そこへ、スーパーの店長が走ってきた。
 中年の男性は急におとなしくなって、いやとか別にとかもごもご言いながら、それ以降は何も言わずに会計を済ませた。

「大丈夫?」
 割って入ってくれたのは、しらすさんだった。
「あ……ありがとうございます」
 しらすさんはいつものようににこりと笑うと、列の後ろの方へ戻っていった。

「ありがとうございました」
 レジの人が、私に頭を下げる。
「ごめんなさい、何もできなくて」
「いいえ。とても、心強かったです」
 私の買い物をレジに通す時には、その人の手はもう震えてなかった。

「気にしないでね。たまにはああいう人もいるみたいだから」
「はい。大丈夫です。がんばります」
 丁寧にお礼を言う彼女に私も笑みを返して、サッカー台に移る。あの中年男性は、とっくにいなくなっていた。

「すみません、お客様」
 声をかけられて振り向くと、困ったような顔をした店長さんだった。
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