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王侯貴族と一般人

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 王子様の馬車の窓から村の皆からの精一杯のその贈り物が森の中の茂みに向かって投げ捨てられるのを木の影から見てしまった瞬間、私ことシャルロットは前世の記憶を思い出した。

 高層ビル群、その合間を飛ぶ飛行機。渋滞ラッシュに電車通勤。そんな日本の光景がフラッシュバックする。私は日本という島国に住むちょっと夢見がちなだけの普通の女だったのだ。

 同時にあることも思い出す。

 ミーハーだった私は、ある芸能人の熱狂的なファンだった。舞台とかも良く見に行った。だけど、タイミング悪く見てしまったのだ。運び出される透明なゴミ袋の中の、ファン達からの贈り物の数々を。そっと後をつけてみたら、やはりそれらは持って帰られるでもなく、ゴミ捨て場に打ち捨てられていたままだった。

 それまで私は本当に世間知らずだった。調べてみると、そこまで人気の無い芸能人ならいざ知らず、人気のある芸能人への贈り物は多すぎて処分されるそうだ。
 理由としては口に入る食べ物は薬物混入を、ぬいぐるみならば盗聴器の仕込みを疑わなければいけないからだそうだ。手紙も多過ぎれば目を通せる筈もない。

 それは理解出来たものの、私の胸の内はもやもやとしていた。それ以来、ファンだった筈の芸能人への熱もすっかり冷めてしまったのである。
 そうなってしまったのは、きっとどこかで見返りを期待していたからかも知れない。
 最初からゴミとして扱われると分かっている、金をどぶに捨てるような悲しい贈り物は今後びた一文しないと固く誓った。


***


 さて、王子様である。このハティーサ王国の王太子カイザール殿下は数刻前うちの村の視察を終えられたばかりだった。
 彼がにこやかにお礼まで述べられて受け取られた贈り物の中身は村の特産品のお茶。しかも、なるべく良いものを、と丁寧により分けて選別したものだった。

 それなのに、ゴミとして捨てられてしまった。こんな事なら夕食のための山菜なんて採りに出るんじゃなかったと後悔するも後の祭り。
 前世で見たファン達からの贈り物が捨てられたゴミ捨て場を思い出す。
 王侯貴族が芸能人のようなものだとするならば、毒物混入などを疑っての事だろう。もし村人以外の者によって毒を盛られていたら、村人全員王子様暗殺という罪で処刑になるだろうから。
 それは理屈として理解は出来るが、正直胸の内は前世のあの時と同じようにもやもやしていた。
 この時私は庶民と王侯貴族の違いというものをまざまざと見せ付けられたのである。

 ここが乙女ゲームの世界だと気付いたのは、前世を思い出してから二年後、十四の時。正妻を亡くした男爵が母と私を迎えに来た時だった。庶民だとばかり思っていたが、血筋的には一応貴族で、どうも私は婚外子だったらしい。

 正妻との折り合いが悪かった男爵が、メイドをしていた母とねんごろになったところを正妻にバレて、母は手切れ金と共に追い出されたというわけである。その時には私を身ごもっていたそうだ。

 男爵は母と再婚、私に二年間の詰め込み教育を施した後、男爵令嬢としてお貴族様の通う学院へ通わせる事に決めた。
 恐らくは、良い縁談の為に。

 どこかデジャビュを覚えると思っていた。思い出せばそれもそのはずで、男爵の姓、学院の名、自分の名と状況等、前世でやりこんでいたある乙女ゲームにぴたりと一致していたのである。
 あのカイザール殿下をはじめとする攻略対象の名前を思い出して男爵にそれとなく訊けば、確かに存在しているとの事。
 そういえばシャルロットはデフォルト名だったような気がする。

 この世界があの乙女ゲームならば、ヒロインである私は学院に入学した後、王侯貴族達と身分違いの恋愛模様を繰り広げる事になるのだろう。

 しかし畢竟、庶民上がりの男爵令嬢である。
 ゲームと現実は違う。精一杯背伸びをして良いとこ子爵家あたりと縁が繋がれば御の字だろう。私自身、王子様やその側近の高位貴族様、果ては他国の王子様などとどうこうなりたいとは欠片も思わない。
 あの日の馬車から捨てられた贈り物ーー彼らは住む世界が違う、芸能人と大差ないからだ。

 ましてや、彼らは高級で素晴らしい品質の物が十分手に入る環境にある。一般人に毛が生えたような私が用意出来るような物は手作りの何かぐらいだが、プレゼントしたとしてもそれは結局捨てられて無駄になってしまうだろう。食べ物なら尚更だ。
 つまりその時点で恋愛対象外となる。

 学院に入学した私は、地道に学びながら自分と釣り合う堅実な相手を探していた。

 今のところ、実家が裕福な商人の息子が第一希望である。第二希望は同じ男爵家子息。第三でどこかしら難ありの子爵家子息あたりか。
 容姿は兎も角、性格に難ありは絶対に選びたくない。

 共通して譲れない条件は優しい人であること、そして私が提供出来る物に対してありがたがって好意を返してくれる事である。

 それなのに、だ。

 「それ、美味そうだな。丁度空腹なのだが、一つ貰っても?」

 「これは殿下。この焼き菓子はちゃんとした料理人が作ったものでは御座いません。高貴なお方のお口には合わぬかと。何卒お控え下さいませ」

 何の因果か乙女ゲームの強制力か。私は何故か攻略対象者達に絡まれ始めていた。

 「学院にいる間は王族や貴族であろうが庶民であろうが身分など関係ない、そのように堅苦しくせずとも構わないよ」

 「お言葉ですが、逆に学院以外では身分が関係致します。殿下のお心遣いは有り難いものですが、だからといってそれに甘え、不相応の振る舞いに出て良いという訳ではないと愚考致します。私のような路傍の石など捨て置かれて下さいませ」

 あの日、馬車の窓から投げ捨てられたお茶の包みが脳裏を去来する。
 あれは象徴なのだ。身の程をわきまえないとああなるんだという。
 それに、と思う。この焼き菓子は商人の息子に焼いたものだ。絶対に王子様なんかにあげるもんか。
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