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3.月夜に待つ

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 次の日私は精力的に働いた。

 「リィナちゃん、カイルの野郎なんかじゃなくて俺と付き合おう?」
 「ごめんなさい、先着順です」
 「何であんな不細工な野郎と……そりゃ、実力も経済力も折り紙付きなのは分かるけどよ。もしかしてリィナは金に困ってるのか?」
 「いえ、告白してくれたのはカイルさんが初めてだったんです。だから嬉しくて」
 「あああ~、、リィナちゃんは外見じゃなくて中身で男を見てるんだな、こんな事なら勇気出しとけばよかったあああ!」
 「あはは、他にもかわいい子いっぱいいますから、これからもご贔屓に!」

 等々、絡んでくるお客さんをあしらいながらも頑張った。
 それなのに、結局カイルさんは閉店まで来なかった。
 倒れたカイルさんは大丈夫でしたかと店長に聞いて、普通に意識を取り戻して帰って行ったと言われたんだけれども。

 実は思ったより重傷だったのだろうか……頭とか打ったりして。
 頭って、時間が経ってから何かあったりすると聞いたことがあるから。

 それとも、やっぱり心境の変化があってデートしたくなくなったとか?

 ミニョンは、「怖気づいたか、でなければ飲まされて闇討ちされたとか? ああでも白金級SS級がそんなヘマをするかしら?」と言う。
 後者でなければいいけれど……。


***


 ぐるぐる考えながらも迎えたあくる朝、私は空が白み始めた時間に起きてしまった。

 一応、着替えるだけ着替えて待ってみよう。カイルさん、ここに来てくれるかも知れないし。

 そう決めて、手ぬぐいを持ち階段を下りる。
 勝手口の扉を開けると、顔を洗う為に店の井戸へと歩いた。

 井戸の傍に置いてある水がめから呼び水を汲んで、ドワーフが発明したという手押しポンプに流し込み、水を汲んで顔を洗った。
 手拭いで顔を拭いて、ふと気配と視線を感じて辺りを見回すと――

 「リ、リィナ、おはよう! デートの迎えに来たんだ!」

 「うひゃっ、、カ、カ、カイルさんんんん!?」

 心臓が飛び上がるかと思った。
 何と、カイルさんがいつの間にか降って湧いたが如く傍にいたのである。

 あれ、さっきまで誰も居なかったのに?
 ていうか時間早すぎない?

 突然のあまり思考が追い付かない。

 「あ、あのあのえっと……昨日はお店に来なかったですよね、何時からここに居たんですか?」

 「ええと、リィナみたいに綺麗な月が一番高く昇ったぐらいからかな?」

 モジモジしながら言うカイルさん。

 確か、昨日は満月だった。私みたいなまんまるな月……。
 満月は真夜中に南中する。
 という事は真夜中……日付が変わってすぐにスタンバっていたのかこの人は。

 「そんなに……外で、ですよね。ごめんなさい、あの時にちゃんと場所と時間も指定して言えばよかったですね」

 「いやっ、討伐とかで野営は慣れてるからこんなのは全然! それに、リィナを待つのは全然苦じゃない!」

 俺が勝手に張り切っていただけだから頭を上げて欲しい、というカイルさんに気が遠くなる。

 君はそんなに楽しみだったのかね、このデブスとのデートが……。

 罪悪感と名の付いた針にチクチクと心を刺され、また彼の期待に応えられるだろうかという心配を感じながらも私はすぐに着替えて来ますから、と踵を返した。


***


 部屋に戻った私は自分に出来る精一杯のお洒落をした。

 ブリオスタ王国の女性のドレスは元の世界でいうガラベーヤと呼ばれるものとそっくりで、一枚の大きな布の両端を縫ったような作りになっている。
 勿論高いものには金糸銀糸の刺繍が入っていたり細かな柄模様が織り込まれていたりするけれど、私に手が届いたのはカーキ色を基調とした絞り染めの模様が入っているもの。
 本格的なものは丈を引きずる長さだけれども、庶民用なので地面に付かないよう調整してあった。

 ミニョンには華がないと言われたけれど、大事な一張羅である。
 ゆったりした作りのそれを頭からすっぽり着て、革で出来たスリッポンシューズを履く。

 二年前は出来なかったなぁと思いながら伸びた髪の毛を両サイド編み込みにして革紐でくくり、ハギレを買い自分で作ったささやかなコサージュを飾る。
 化粧品は高くて、ミニョンがくれた眉墨と小さな口紅くらいしか持っていない。それでも眉を引いて紅を差すと少し気分が上がった。

 革の肩掛けカバンにお財布とハンカチを放り込んでカイルさんの元へ向かった。

 「お待たせしました」

 声を掛けると、店の壁に寄りかかっていたカイルさんは私を見て唇を僅かに開いた。
 近づくと、私を見つめる彼の瞳に熱が増していくのを感じる。

 「お……俺の為に着飾ってくれるなんて」

 熱の籠った瞳が少し潤みだす。「綺麗だ……俺、生きてて良かった」

 どうしよう、生まれてこの方こんな事初めて言われたよ。
 滅茶苦茶こっ恥ずかしい。
 顔と耳が凄く熱いんだけど。

 「――カ、カイルさんも素敵ですよ!」

 カイルさんの方が私なんかよりも余程綺麗――そう思いなおして少し冷静さを取り戻す。
 実際、彼は何を着ても似合うと思う。
 さっきは慌てていて良く見てなかったけれど、暗い色を基調とし、所々金糸の刺繍が入ったどことなく中東を思わせるその衣装。
 カイルさんの美貌と相俟って、どこぞの国の王子様のようである。

 「ところで朝ご飯まだですよね! 市場に行きませんか?」

 話題を強引に変えると、私は真っ赤になったカイルさんの腕を引っ張って市場に向かった。
 デート、初っ端から先行き不安だらけである。
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