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ケット・シー喫茶奮闘記

ケット・シー喫茶奮闘記4

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 泣き出した皇女に、流石に慌てた王国騎士が立ち上がりかけ――グルタニア帝国のお付きの男に制止される。
 男はエアルベスにも視線を投げると首を振った。
 静かに見守るように、という事だろう。

 「それはツラかったにゃー。コマルもずっと困らせられてしまったら、誰かを困らせてやるにゃって思ってしまうかもにゃ」

 コマルは言って、皇女の艶めく黒髪をゆっくりと撫でた。

 「でも、皇女しゃまに困らせられた皆も、誰かを困らせてやるって思ってしまうかも知れないにゃ」

 グスグスと泣きべそをかいていたのが、その言葉にハッとしたように止まった。
 
 「それに、『皇女らしく』って、コマルには分からないにゃ。どういう人が皇女らしいのかにゃ? コマルも、ケット・シーらしくしろって言われても、コマルは生まれながらにケット・シーだからにゃー。
 ビルギッテ皇女しゃまも、生まれながらに皇女しゃまなんじゃないかにゃ? ケット・シーだって色々なのがいるにゃ。皇女だって、色々いるに違いないにゃ」

 コマルは言って、ちらりとグルタニア帝国のお付きの男を見た。

 「ビルギッテ皇女しゃまがビルギッテ皇女しゃまらしくなかったら、それはとても悲しい事なのにゃ。ビルギッテ皇女しゃまはビルギッテ皇女しゃまで、誰かのリソウの皇女しゃまじゃないのにゃ」

 「わたくちはわたくちらしく……」

 泣き止んで、その言葉を飲み込もうと呟くビルギッテ皇女。
 コマルの視線を受け止めたグルタニア帝国の男は、怒ったように眉を顰めて立ち上がり、皇女のテーブルに向かう。そしてコマルを見下ろした。

 「テオバルト……どうちまちたの?」

 戸惑うようにテーブルに来た男の名を呼ぶ皇女に構わず、じっと見つめ合う、コマルとテオバルト。
 コマルの目は何の感情も浮かべていないように見えたが。

 「こら、口が過ぎますよ、コマル!」

 エアルベスは慌てて叱った。コマルは他の子よりも賢い。
 しかし流石に言い過ぎだと内心焦る。
 彼女の皇女のテーブルに行って、「申し訳ありません、教育不行き届きで――」と言いかけたその時、テオバルトがすっと膝を床についた。

 「ビルギッテ皇女殿下。このテオバルト、殿下の心中お察し申し上げる事叶わず、申し訳ございませんでした」

 ぽかん、とした皇女。

 「後で、殿下をお悩ませ申し上げた者の名をお教え頂けましょうか」

 「え……?」

 ビルギッテ皇女はその言葉に蒼褪めた。

 「それを知って、どうしましゅの?」

 教えたら最後、その者達がただで済むとは思えない。
 そう思っているだろう表情を浮かべ、皇女は無意識なのかゆるゆると首を横に振っていた。

 「ご安心下さい、殿下のお心を悲しませるような事は致しません。念のため、出自や言葉遣い、態度に問題が無いかお調べするだけです」

 頭を下げるテオバルト。
 皇族の敵が紛れ込んでいるやも知れぬしな、と微かに呟いた声が、コマルの耳にはっきりと聞こえていた。

 「ビルギッテ皇女しゃま、ダイジョウブにゃ。このオジサンは、顔がイカツイだけできっと優しい人にゃー」

 「しょうなの?」

 コマルはハッキリ言い切った。
 テオバルトの後ろにいるエアルベスがムンクの叫び状態になっているが、本当の事を言って何が悪いのか。
 さっき、視線を合わせてみても、目の奥には戸惑いの色と優しい色が見えていた。
 コマルにはテオバルトが悪い人には見えなかった。
 ただ、地顔が怖くて感情をあまり外に出さない上、言葉足らずなだけで。

 下げていた頭を上げたテオバルトは、珍しく苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
 オジサン……俺はまだ、20代なんだが、の呟き。
 コマルはさっくり聞こえなかった事にした。


***


 席に戻っても未だ黄昏続けるテオバルトを王国騎士が必至で慰めているのを尻目に。
 コマルは泣き止んだビルギッテ皇女の顔を、気を利かせたミミが持ってきたおしぼりで拭いてあげていた。

 「ありがとう、コマル。しゅっきりしまちたわ」

 「お礼がちゃんと言えるのは、ビルギッテ皇女しゃまはいい子なのにゃ」

 そう言って目を細めたコマルに、皇女はもじもじとした。

 「あ、あの……しょの。わたくちの……」

 何かを言いかけ、言葉がすぼまる。
 けれども、おともらちに……と小さく聞こえた。

 「そうにゃ、皇女しゃま。コマルとお友達になって欲しいにゃっ!」

 「あっ……な、なってあげてもよろちくてよ! はじめてのおともらちでしゅわ、コウエイに思いなしゃい!」

 手を差し出したコマル。
 顔を真っ赤にするビルギッテ皇女は、そっとその手を握った。
 コマルの肉球がぷにり、と彼女の手のひらをくすぐる。
 思わず握った手を開いて肉球を触ってみていると、コマルが「じゃあ早速言うにゃ、」と切り出した。

 「ビルギッテ皇女しゃま、お友達だから言うにゃ。悪いことをしたと思ったら、ちゃんと謝ってナカナオリするにゃ」

 言って、それまで塩対応されて追い払われたケット・シー達をテーブルに呼ぶ。
 エアルベスが制止しようとするも、テオバルトの視線に止められた。

 「あ……」

 何対ものケット・シーの瞳で見詰められた皇女は緊張して言葉が出てこない。
 コマルがぽん、と頭に手を置いた。

 「ダイジョウブにゃ、皆、イイヤツばかりだにゃ。ちゃんとごめんなさいしたら、許してくれるにゃー」

 「ご……ごめんなしゃいでしゅわ……」

 半べそをかきながら謝るビルギッテ皇女。
 ケット・シー達はわっと歓声を上げた。

 「「「「許してあげるにゃー! ナカナオリにゃー!」」」」

 「皇女しゃま、皆喜んでるにゃ。一緒にナカナオリのダンスをするにゃ!」

 コマルがビルギッテ皇女の両手を取って、クルクルと飛び跳ね始めた。
 ケット・シー達もめいめい対になったり輪になったりしてニャンニャンと歌いながら踊っている。

 戸惑っていたのは最初だけ。
 踊る内、ビルギッテ皇女はやがて楽しくなってきた。

 最初はコマルと踊っていたのが、途中でハチクロになったりタレミミになったりミミになったり。
 入れ替わり立ち代わり回ったり跳ねたりして踊る。
 やがて、皇女は汗ばんだ顔に全開の笑顔を浮かべるようになった。

 喧噪の中、コマルの一連の所業に生きた心地がしなかったエアルベスがテオバルトをそっと伺うと、彼は優しく微笑んで、皇女を眺めていた。
 なんだ、あんな風に笑えたんじゃないの、と思う。


***


 結局。

 ダンスが終わって、ビルギッテ皇女はケット・シーに囲まれながら始終ニコニコ顔で世界樹のお茶とお菓子を楽しんだ。
 楽しい時間は早く過ぎるもので、帰りたくないとごねたが、コマルに「仕方ないにゃ。帰らないと、おとうしゃんやおかあしゃんが心配するんじゃないかにゃー?」と言われ、しぶしぶ同意していた。

 「今日は楽しかったでしゅわ。ケット・シー達はみんなわたくちのおともらちでしゅわ」

 「殿下のあのような笑顔は初めて見ました。感謝しています。ケット・シーには不思議な力があるのですね」

 この一日、正直生きた心地がしなかったが、それももう終わる。

 「楽しんで頂けて何よりで御座いました」

 エアルベスがホッとして笑顔を浮かべ、貴人に対する礼を取ったのも束の間。
 ビルギッテ皇女がタタタ、と走り寄って来て、エアルベスの隣に居たコマルを抱きしめた。

 「コマル、本当は離れたくないでしゅけど……わたくち、また来ましゅわ!」

 「コマルもビッテと離れたくないけど、また来てくれるの待ってるにゃ」

 「おてまみ、書きましゅわね!」

 コマルはいつの間にか皇女を愛称で呼び捨てする権利をゲットしていたらしい。
 皇女達は、「「「「ビッテ、またにゃー!!!!」」」」とケット・シー達に手を振って見送られて帰って行った。

 また来る……かなりの高確率で。エアルベスはどっと疲れを覚える。
 王国騎士の憐みの視線が非常にウザかった。

 その後、イシュラエア王国とグルタニア帝国との和平交渉は無事に成立したそうだ。
 それだけでも苦労の一端が報われたとけなげに思うエアルベスであった。


***


 ケット・シー喫茶も恙無く、やっと平穏な生活が訪れたと思った半年後。

 グルタニア帝国のビルギッテ皇女とイシュラエア王国のアルベルトとの間に縁談、そしてその流れでグルタニア帝国にもケット・シー喫茶を出そうという話が持ち上がる。

 他ならぬビルギッテ皇女が出資。
 そのケット・シー保護区と喫茶店の視察。
 そしてアルベルト王子との交流の為に王国に再来され、大神殿に逗留される事に。

 神と精霊の寵児たる英雄ニャンコや神に近い真祖竜、古代竜のアイギューンが立ち寄っているから今更な気もするが。


 エアルベスの苦労はまだまだ続く。
 頑張れ、エアルベス! 負けるな、エアルベス!
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