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【1】ちーとにゃんこと世界樹の茶畑ドタバタドラゴン大戦争!

73にゃん

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 大河トーネ。

 いつかドキュメンタリーテレビで見た、黄河とか長江とかを思い出す。
 これは対岸まで渡るには筏とかじゃ無理だよね。
 そんな事を思いながら悠久の時間を流れてきたのであろう水面を見つめていると、

 「――何だ、あれは?」

 ティリオンがいち早く気付いた。
 視線を向けると、黒い点がいくつか対岸の空に浮かんで――いや、飛んでいる。
 しばらく見ていると、次第にその姿がはっきりとしてきた。

 「ド、ドラゴン!! ここに向かってないか!?」

 ライオットが驚愕と恐れの声を上げる。
 無理もない、世界樹の畑で一匹見ているから――それが何匹も、となれば。

 「どこか、身を隠せるような場所はないのでしょうか!」

 「皆、あの岩の影に!」

 うろたえるマリーシャにスィルがいち早く空からの死角と思われる場所を指さす。
 周囲が柔らかい苔や草で覆われている中、そこだけは成程、巨大な岩が斜めにせり出すようになっている。
 その下に潜り込めば空からは見えなくなるだろう。
 彼らは慌てて岩の下に逃げ込んだ。

 「――ニャンコ!」

 逃げる必要はない、とぼーっと突っ立ってドラゴンを見つめる私。
 サミュエルが慌てて腕を引っ張って岩の下に引きずり込む。
 しかしこちらにはサラマンダーがいるし、隠れてもどこに居るか分かると思うけどなぁ。
 心配そうな皆を安心させるためにも私は口を開いた。

 「大丈夫にゃ。スカーレットしゃんはいい人だから、迎えに来てくれたのにゃ」

 「――え?」

 丁度その時、ドラゴン達が着地したのだろう、風圧と振動が次々と私達を襲う。
 ライオットが剣に手をかけ、スィルが弓をいつでも打てるように構えた。

 私はというと、サミュエルの傍で地面に這いつくばって、ドラゴンに乗っていた魔族達を岩の影からそっと伺う――あれー?

 「にゃっ――スカーレットしゃん!!」

 私はがばりと起き上った。
 かつてヒュペルト様に雇われていた面々と、スカーレットさんが直々に来てくれたようだ。


***


 慌てたサミュエルに口を押えられる。

 「――ニャンコ、そこに居るのかしら」

 魔族のスカーレットさんがこちらを伺うように声を掛けてきた。

 「まさか、魔王直々に来るとはな」

 ティリオンが呟く。
 冒険者達の緊張が高まり、殺気も――

 え?
 殺気?

 私はもがいてサミュエルの腕を慌てて外した。

 「皆、どうしたのにゃ!? スカーレットしゃんと戦う気かにゃ!?」

 「ニャンコ――私達は王の前で誓約の魔道具で誓わされたのです。ニャンコを魔族の国に連れていくこのメンバーで魔王を倒し、王国に平和をもたらす、と」

 「セイヤクのマドウグ?」

 「古代から王家に伝わる遺産よ――もし誓約を違えれば、私達四人は全員心臓が破裂して死ぬことになるわ」

 「にゃっ!?」

 なんだってええええええっ!!!!?

 「しょんなのダメにゃっ!!」

 「ダメでもやるしかないんだ、ニャンコ。まさか魔王がいきなり出てくるとは思わなかったが……」

 糞、と悪態をつくライオット。

 「その魔道具を以て誓約させるように仕向けたのは恐らく公爵だろう」

 「……ええ、その通りです。民衆の前で、私達は逆らう訳には行かず…。ニャンコを悲しませたくなくて、打ち明ける訳にもいかなかったのです」

 ティリオンの推測にマリーシャが項垂れた。
 よし、公爵は帰ったらコロス。
 しかし今は例の誓約をどうするかだ。

 "ニャンコ、誓約をした証明として黒い魔石が渡されてたのー。もし誓約を果たせば魔石は透明になって砕け、違えればそのまま砕け散って命を奪う、そういうものらしいわー"

 精霊がスカーレットさんにこそこそと交わされる会話の内容を実況しているのだろう、彼女は黙り込んでこちらの成り行きを見守っているようだった。

 「みんにゃ、要は魔王を倒せばいいのかにゃ? わたちが倒しても大丈夫なのかにゃ?」

 「ニャンコ、何を」

 する気、とマリーシャさんの言葉が言い終わらない内に私は冒険者達の脇を驚異的なスピードですり抜け、一直線にスカーレットさんに駆け出した。

 「きゃあっ!?」

 そのままの勢いで、岩から少し離れたところに立っていた彼女に飛び込む。
 私のお腹がスカーレットさんの顔面を覆った瞬間、私達は柔らかい苔のベッドにコローンと倒れ込んだ!


 しーん。


 しばらく、沈黙が周辺を支配する。
 私は上半身を起き上らせるとくるりと冒険者達を振り返った。

 「……見たかにゃ? わたちが魔王スカーレットをたった今、倒したのにゃっ!」

 そう叫んだ瞬間。
 誓約の証の魔石が砕けたのだろう、パン!という音が耳を打った。


【おまけ】

 「ぎゃあああああっ、来るんじゃないよ~!!!」

 恐らく生まれて初めて、文字通り必死の形相で走るヒュペルト様。
 追い掛け回す大牙猪。かれこれ数十分はこの状態である。

 本来ならあっという間にヒュペルト様は追いつかれている筈なのだが、何故か逃げ続けられている。
 というのも大牙猪は知能が高く、わざとゆっくり嬲るようにヒュペルト様を追い回していたからであった。

 "可愛い我が子を手にかけようとした人間は許す訳にはいかない。雌ならいざ知らず、こいつは雄。グンマ―ルの人間の個体としては弱い方だ。一思いに殺すのではなく、じわじわと嬲り殺しにしてやる"

 そんな事を思っているのだろう。
 時折ヒュペルト様に追いついては小突き、実に嫌らしく粘着に追い込みをかける大牙猪。

 「だっ、誰か~、助けて~!!!」

 とうとうヒュペルト様は倒れ込んだ。
 鬼ごっこはもう終わりか?とでも言う様に大牙猪はその大きな牙で止めを刺そうと狙いを定め始めた。
 汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにさせたヒュペルト様はそれを見てイヤイヤと首を横に振る。

 「イヤだ~死にたくないよぉ~! 助けて、助けてぇ~、誰か、レアズぅ~!!!!!」

 ウボアーと号泣しながら、ぎゅっと目を瞑ってとうとう嫌っていた筈の妻の名を呼んだヒュペルト様。
 鋭い牙が迫ろうとしたその瞬間!

 「ヒュペルト――ッ!!!」

 ブフギィィィィッッッ―――!!!

 大牙猪が横に吹っ飛んで行った。

 「……?」

 全てが決したのは一瞬の事。
 見ると、巨大な岩があり、その下に大牙猪が体を痙攣させながら絶命していた。

 呆然とするヒュペルト様。
 いきなり誰かに抱きすくめられる。

 「ケガハナイカ?」

 耳元で絞り出すような声。
 筋肉でゴツゴツ硬いかと思いきや、こうして抱きしめられて見ると、妻の体は温かく柔らかかった。

 至近距離で見たレアズは涙を流していた。

 「ヨカッタ、ヒュペルト。レアズノダイジナダイジナムコ」


 命が助かって、ホッとしたその時。


 トゥンク……


 「……え? 僕の心臓がおかしいんだけど~」


 物凄い安心感、そして切ないような。
 何なんだろう、この気持ち。

 ヒュペルト様は生まれて初めて抱いた気持ちに戸惑いを覚えるのであった。
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