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【1】大魔術師

22.闇戦の獅子

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 「な、何を馬鹿な事を―――――あんたは私をからかっているのか!」

 それを聞いた瞬間、ゼーウェンは声を荒げた。

 ――あの尊敬してやまない師が反逆を企んでいる!?
 ――私がグノディウスの王子?

 何を馬鹿な事を、と眉間に皺を寄せる。
 話があると思って機会をつくってみれば。そんな馬鹿馬鹿しい話、信じられるわけが無い。

 「そんな与太話を英雄ロヒロの弟子たる魔術師がするとは思いもよらなかった。マナが心配なので私は先に戻らせて貰う!」

 では、と踵を返して足早に立ち去ろうとする。
 しかし背中にこちらの剣幕に暫く口ごもっていたデストーラの言葉が追いかけて来た。

 「しかし――そうとしか考えられえません! 戦乱が起こった時、その王子は5歳ぐらいだったと聞いています。
 あなたにはそれ以前の記憶がおありですか? 今生きているとすれば丁度あなた位の歳――何故、失われたはずの王家の指輪を持たされてよりにもよって花を持ち帰ること…継承することを試練として課せられたのです?」

 矢継ぎ早に飛んでくる問いかけ。
 全て思い当たる節があっただけにゼーウェンは一瞬言葉を失った。

 「……仮に私が失われた王子だとして、それでどうする気だ。指輪を印に私を担ぎ上げて国をどうこうするつもりか? それとも、後々の禍根を絶つのか?」

 「それは、」

 「……どうやら、ここいらで分かれたほうが良さそうだ。私もマナも、厄介ごとに巻き込まれるのは御免だから」

 「……」

 その時だった。突然ゼーウェンの背後の茂みが音を立てる。

 「何者ですか――出て来なさい!」

 デストーラが誰何する。話していた内容が内容だけにその顔は険しい。
 チチッと小さな声。
 その小さな影は直ぐに向こうの茂みに姿を家消した。

 「何だ、只の――」

 「……」

 小動物じゃないか、とゼーウェンは呟く。しかし返る答えは無かった。
 デストーラは目を瞑って意識の目で周りを探っているようだった。

 「……とにかく、さっきの話は聞かなかった事にする。自分が何者であろうと私は私。その事についてはいずれ、師に直接お聞きしてみよう―――兄弟ハーデストーラ?」

 話を締めくくろうとするも、デストーラの様子がおかしい。
 怪訝に思ってゼーウェンも意識を集中し始めると、瞬時に感じ取れる強大な闇の気配――!
 デストーラもゼーウェンと同じ存在を感じ取っていたのだろう、叫んだ。

 「――来ます!」

 その時、ドンという太い地響きがした。
 同時に届く、幾つかの男女の悲鳴。
 それが聞こえてきた時、ゼーウェンの背筋は凍りついた。

 「――デス、戻れ! 早く!!」

 それはルブルの切羽詰った声。

 「ルブ!?」

 「マナ!!」

 十分に判断を下す間も無くゼーウェン達はほぼ同時ににそちらへ向かって駆け出した。



***



 「ア、闇戦の獅子アル・ドジュレン!! そんな――」

 ルブル達の元にたどり着き、それを見るや否やデストーラは悲鳴を上げた。
 ゼーウェンもその生き物のおぞましさに息を呑む。

 あたりは何人かの亡骸がまるで人形のように転がっていた。
 血がいくつかの筋となって流れ出している。

 「皆一瞬でこいつにやられた! 生き残ったのは俺とこの娘だけだ!」

 ルブルが叫ぶ。ゼーウェンは生きた心地がしなかった。

 ――よりにもよって強い魔物の五指に入る闇戦の獅子アル・ドジュレンが襲って来るとは!

 小さな広場の中心に、赤い炎のたてがみを逆立ててその伝説の生き物――忌まわしい召還術で呼び寄せられた山ほどもある大きな化け物が恐ろしい姿を晒していた。
 その二つの目があるべき場所はポッカリと黄泉の国へ繋がっているように暗黒に刳り貫かれている。
 屠った獲物を食い終えたそれの口から滴り出る、地に落ちるなりシュウシュウと煙を上げる唾液。
 化け物はその空洞の眼窩は恐らく視覚はあるのだろう。
 他に獲物はいないか、ゆっくりとあたりを睥睨していた。

 ふと、その動きが止まった。
 闇戦の獅子アル・ドジュレンはルブルを見ているようだった。いや、正確には――その背にかばわれて蒼白になっている少女を。

 ――見ているのだ、彼女に眠る花の膨大な力を!

 ゼーウェンは直感的にそう感じた。
 間違いなく、マナが標的になる――そう思った時、考えるよりも行動していた。
 手に光を収束させ、化け物に向かって放つ。

 それは化け物の顔に直撃した。
 その隙を逃さずルブルが勇敢にも打って出る。その隙にゼーウェンはマナの傍まで駆け寄った。

 光をぶつけられて怯むと思われた闇戦の獅子アル・ドジュレンはルブルの行動を知覚していた。
 その黒い爪でルブルの肩から胸までを一気に切り裂く。
 それだけでは飽き足らず、倒れかけたルブルの体を次々とその爪で弾いて弄んでいた。その体は玉のように転がり、やがて動かなくなってしまった。
 更に追い打ちとばかりに腿にその牙をつき立てる。

 「――グアアアアアアアッ!!」

 「ルブ!」

 満足げにその牙を蒼き剣士から抜き取ると、赤い獅子の化け物はその機敏な動きとは裏腹に、虚ろな目を期待で躍らせながらこちらへゆるゆると頭を向けた。

***

 闇戦の獅子アル・ドジュレンが地を蹴り、ここまで飛び掛るのに一瞬もかからなかった。
 ゼーウェンはマナを抱えて横っ飛びに飛ぶ。

 ――速い!

 化け物の爪がゼーウェンの肩をかする――しかし十分な威力を伴ったそれはかすり傷でさえ十分な傷となった。
 走る激痛にゼーウェンは歯を食いしばる。

 「これを呼び出した術師が近くにいるはずだ――探せ!!」

 ゼーウェンの喉の奥から搾り出した叫びに、辛うじて生き残った男達は一斉に周囲に散る。

 「これは暫くの間私が引きつけます!その間に――!」

 短い時間の合間を縫って呪文を唱え終えたデストーラが風の刃を魔物に飛ばした。
 古代の神々の戦でも恐れられ、魔王の使いと謳われた闇戦の獅子アル・ドジュレンは風の刃を紙一重で避け、反対にそれを放ったデストーラに飛び掛る。

 「グッ!!」

 怪物の丸太のような前足は容赦なくその脆弱な体を払い飛ばした。
 デストーラの肉体はまるで玩具の様に吹っ飛ばされ、近くの木に叩きつけられる。

 「――グホッ、ゴホッ!!」

 背中を強か打ったデストーラは口を暫くパクパクさせると咳き込んだ。
 ボボッタが怒ったように一声鳴いたかと思うと藪の中に走り去る。

 「デストーラ!!」

 衝撃のあまり、意識を保っていられなくなったのだろう。ゼーウェンが呼びかけるも、デストーラはルブルと同じくそれきり動かなくなってしまっていた。

 不意にゼーウェンの視界は影で覆われ暗くなる。
 荒い動物特有の獰猛な息遣い、そして濃厚な血の臭いが感じられた。

 「!!」

 上を見上げたゼーウェンの目の前には、こちらへ向かって前足を振り上げた瞬間の闇戦の獅子アル・ドジュレンの姿。

 ――マナ!

 ゼーウェンは咄嗟に化け物に背を向け、マナを抱きかかえた。
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