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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【46】

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 その後、キャンディ伯爵家当主サイモンにより蛇ノ庄の今後について内々に決定が下された。
 これまで蛇ノ庄が担って来た裏切り者の処断を、隠密騎士という組織全体で担う事が決まったのだ。
 後日、各庄の長達へ意見を求め、隠密騎士筆頭ジルベリクを中心とした組織編制が行われることとなる。裏切り者粛清を担うのは、隠密騎士でも指折りの実力者が選抜されるだろう。

 そして、イーヴォは改めて蛇ノ庄の立て直しを命ぜられる。
 薬の調合を志す者が増えたということで、蛇ノ庄は元の通り薬の調合で仲間を癒す仕事に特化する方針となった。
 薬の調合、及び新大陸から入って来た新たな薬草等を含む研究に専念する事、そして薬の売上の四割を税としてキャンディ伯爵家に収める事で話がついた。

 スヴェンに関してだが――カールへの指導が行き過ぎた挙句、蛇ノ庄を存続の危機に陥れたとして二つ名の剥奪及び二年間の蟄居が決まった。その上でイーヴォによる蛇ノ庄改革に従い、死ぬまで蛇ノ庄当主の手足となって働く事を命ぜられたのである。
 これまでの功とこの度の襲撃の情報を掴んだ事、そしてイーヴォの減刑嘆願を考慮しての温情措置。
 二つ名を失ったスヴェンは主家から賜った武器を返還せねばならず、隠密騎士を名乗れなくなった。ただ、今後の働きで功を立てれば二つ名と武器を再び得られることになるだろう。
 蛇の担って来た役目の剥奪は誇りを重んずるスヴェンにとって死にも等しい屈辱だろう、とはイーヴォの言。

 そして鶏蛇竜コカトリスのカール・リザヒルだが。

 馬兄弟の推薦もあり、彼らの補佐としてマリアージュ姫の専属につくことが正式に決定。
 カールはスヴェンから蛇ノ庄を追放された身であるので、今後はカール自身に対する、またこの屋敷での処遇について蛇ノ庄は一切口出し無用となった。
 代わりにジルベリク――鳥ノ庄預かりとなる。


 イーヴォの見つめる先にエリアスも視線を向けて見ると、一羽の鳶が悠々と弧を描いて飛んでいた。

 「鶏蛇竜コカトリスは、地を這う蛇とは違う。戒めの鎖が切れたら、風の吹くまま、その翼で大空をどこまでも飛んでいけるだろう」

 ――この屋敷で自由に生きて欲しい。

 そう息子に願ってやまないイーヴォ。
 先程の、六本脚の馬を思い出してクスリと笑った。

 「それにしても、愉快な仕事を任されていて何よりだ」

 引き留めるエリアスに別れを告げ、イーヴォは屋敷を去る。
 留守番が長くなるスヴェンには少々申し訳ないと思いながらも。
 陰からサンドル達と共に少しばかりの手助けをするぐらいは許されるだろう、と隠密騎士水蛇ヒュドラの顔で前を見据えていた。


***


 ゴールの池の畔に辿り着き、マリアージュ姫達を降ろした後。
 カールは息を荒げていた。

 ――練習よりキツかった……。

 三人で分担したとはいえ。
 子供三人と馬の重量を担ぎ上げ、息と足並みをそろえて駆けるのは流石のカールでも息が上がってしまう。
 しかも、馬兄弟は速度を一切緩めなかった。
 馬兄弟に負けじと食らいついた結果。
 全身を支配するのは心地良い疲労感と走りきったという爽快感。

 ――こんな清々しい気分はいつ振りだろう。

 そんなことを考えながらカールが息を整えていると、マリアージュ姫が満足そうにこちらを見た。

 「最初はどうかとも思ったが、なかなか良い乗り心地だった」

 「良かったですー。こうして走るのも結構楽しいものですねー、練習のかいありましたー」

 馬兄弟のように毎日やれというのであればちょっと遠慮したいというのが正直なところである。
 ただ、馬兄弟のどちらかが体調を崩した時や、たまに弟妹君達を乗せる時に参加する程度なら許容範囲。
 本音を隠したカールの笑顔に、マリアージュ姫は感心したように顎を触っている。

 「ふむ……ハンカチの趣味と言いお前は実に見所があるなカール。よし、お前を『中脚』としよう。また三人で乗馬をする時はこやつらと共に頼む」

 ビシリ、とカールを指差して付けられた新たな二つ名。

 「ありがとうございますー、是非またー。『中脚』のカール、良い響きですねー」

 気に入ってくれたのならば何よりだと笑うマリアージュ姫。

 ――『中脚』。まさかの『中脚』!

 まさかそう来るとは。面白過ぎる。
 イサーク様とメルローズ様が「ありがとう、中脚」「中脚、こちらこそまた宜しくね!」等と新たな二つ名を早速使って来た。会釈を返しながら鶏蛇竜コカトリスよりも悪くないと一瞬でも思ってしまった自分は、相手の狂気にかなり浸食され、毒されているのかも知れない。

 それにしても走る前に馬兄弟が好感触だと自信満々だったのが、本当にマリアージュ姫が六本脚の馬を気に入り嘘から出た実となってしまったとは。

 そんな考えにおかしみを覚えていると、目の前に差し出された物。

 「お疲れ様、はい」

 サリーナが布と飲み物を渡してくれた。有難く礼を言って受け取り、汗を拭って喉を潤す。
 息が整ったところで布を返すと、それと引き換えに今度は小さな籠を渡された。

 「あの、それと……これ。ありがとう」

 何だろうと思いながら受け取って中身を改めると。
 ふわりとかすかに漂うバターの香り。
 焼き菓子だった、それに小さな巾着が添えられている。
 巾着を開けてみると、洗って丁寧に火熨斗アイロンを掛けてくれたのだろう、角を揃えて折りたたまれた皺一つ無いハンカチが入っていた。先日サリーナに貸した奴だ。
 そういうことか、と焼き菓子を一つ摘まんで口に放り込むと、香ばしく甘い優しさが口いっぱいに広がった。
 先日の蜂蜜菓子も良かったが、これも美味い。

 「こんなにいいお礼が返って来るなら、ハンカチでも胸でも何時でも貸すよー」

 カールが軽口を叩くと、サリーナは「もう!」と頬を膨らませた。
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