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鶏蛇竜のカール。
鶏蛇竜は暁を待つ。【40】
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「こ、これはー……」
カールは、目の前に鎮座している混沌と狂気の具現化に絶句していた。つい先日悪夢でカールを追い回したそれ。
元々おかしかったのが、胴が不自然に長くなっている。
カールをここに連れて来た馬兄弟はと言えば、どうだと言わんばかりの自慢げな表情をしていた。
前脚が「前、話しただろう?」とその白く塗られた体を撫でる。
「これの改造には色々工夫した。これならばカールも共に担げるし、マリー様とイサーク様、メリー様が乗っても余裕がある」
「それだけじゃない、この胴体はマリー様お一人を乗せる場合は短く出来る、つまり伸び縮みする画期的な構造になっているのだ」
後ろ脚はそう言うと、前脚に目配せをした。
二人はそれぞれその作り物の馬の前後に回って持ち上げると実演してみせる。
木が擦れる音がして、胴体が縮み――再び長くなった。
長さを変えた後は金具で固定し安定させるようになっている。
それは分かったが、懸念事項が一つあった。
「工夫したのは分かりましたけどー、僕を入れると六本脚の馬になりますよねー?」
存在しえない馬なのにそれで良いのだろうか。
殿の御子達から文句を言われやしないかとのカールの危惧に、前脚は自信たっぷりに大丈夫だろうと頷く。
「そういう馬の神獣がいるという伝説を聞いたことがある。要は、御三方を乗せて走れれば良いのだ」
「……。そうなんですねー」
それでゴリ押しする気満々の言葉に、カールは無理やり納得した。
「改造はこの通りだが、問題は実践だ」
後ろ脚が重りを鞍に括りつけている。マリアージュ様達を乗せる状況に限りなく近づける為だろう。
「――という訳で、カールには我らの間に入って足並み揃える練習をして貰おう」
「分かりましたー」
先に馬兄弟が担ぎ上げ、カールが真ん中に入り込む。肩を痛めないように担ぐ場所にクッションが括りつけられている。
クッションに肩を合わせると、それなりの重みが加わった。と言っても走れない程ではない。
「……高さは問題無いようだな。最初は歩行から慣らしていくぞ、準備は良いか?」
カールが承諾すると、前脚の号令で歩行から段々速度を上げて行く練習が始まる。
元々体術を十八番とする蛇ノ庄出身のカールは、直ぐにコツを掴んだ。
呼吸と足並みを揃えて安定した走りが出来るようになるまでに、そう時間はかからなかった。
作り物の馬から出て小休止。
前脚が「なかなか筋が良いな」と水筒を渡してくれる。
それを有難く飲む。薄くレモンの香りがするそれは、汗を流した後だからなのか余計美味しく感じた。
「結構キツイですねー……」
カールが正直な感想を述べると、後ろ脚が肩を竦める。
「そう言いつつも、そこまで息を乱していないのは流石というべきか。体調は大丈夫か?」
「それは問題無いですけどー」
戦いの訓練のように体を捻ったりする訳ではない。走るだけなら先だって受けた打撲の痛みはそこまで無かった。
ただ、これは持久力が求められる。戦闘訓練とは違ったしんどさがある。
そう言うと、後ろ脚がそれにしたって、と言う。
「毎日担いでいる我らはまだしも、その程度の息の乱れでついて来れているのがな。普通、平地で過ごしていると体が鈍るのだが」
「ああ、鈍ってはいますよー」
怪我の治療で寝たきりになったのもある。鈍った自覚はあった。
「だから次の訓練の時に先輩方に手合わせをして貰おうかなって思ってたんですけどー」
まさかその前にこの練習に付き合わされるとは思っていなかった。
しかしカールの言葉を聞いた馬兄弟は、顔を見合わせると――
「それならば尚更馬の脚の訓練をするべきだな」
「マリー様に求められて始めた習慣だが、このお陰で我ら兄弟は訓練で他の者を圧倒し、体力を維持出来、また命拾いもしている」
――手合わせよりもこちらの方を重要視しているような事を言った。
「命拾い?」
カールが首を傾げると、前脚が苦笑しながら説明してくれる。
「馬の脚となり、これを担いで走る為には足並みと呼吸を揃えなければならない。
ヘルムの件で我らが戦った雪山の傭兵の話をしただろう? アルトガルという男なのだが、あ奴は相当の手練れで二人がかりでも苦戦を強いられた。
相手の隙を突いて勝てたのは、偏に呼吸を合わせることで我らの気配を誤魔化したが故。つまり、馬の脚としての経験が生死を分けたのだ」
真剣な顔で語る前脚に、「本当ですかー?」と反射的に訊ねるカール。
後ろ脚がくつくつと笑った。
「嘘だと思うだろう? だが真実だ」
***
次の練習は明日の昼食後だ、エリアスには話を通しておくからと言われ、カールは承諾する。
「既に力を示した以上、誰も文句は言えまい。カールも何時までも隠れて食事をする訳にもいかないだろう?」
ということで馬兄弟に誘われるまま、共に食堂で夕食を食べることに。
ウルリアン達が相変わらずの態度でカールを睨んで来たが、結局睨むだけで何も言ってこなかった。
実力者である馬兄弟の存在に加え、カールが圧倒的な戦闘能力を示したのが大きかったのだろう。
食事を終え、自室へ戻るべく食堂を出ると目の前に誰かが立ちふさがった。
ジルベリクとエリアスだった。
カールは、目の前に鎮座している混沌と狂気の具現化に絶句していた。つい先日悪夢でカールを追い回したそれ。
元々おかしかったのが、胴が不自然に長くなっている。
カールをここに連れて来た馬兄弟はと言えば、どうだと言わんばかりの自慢げな表情をしていた。
前脚が「前、話しただろう?」とその白く塗られた体を撫でる。
「これの改造には色々工夫した。これならばカールも共に担げるし、マリー様とイサーク様、メリー様が乗っても余裕がある」
「それだけじゃない、この胴体はマリー様お一人を乗せる場合は短く出来る、つまり伸び縮みする画期的な構造になっているのだ」
後ろ脚はそう言うと、前脚に目配せをした。
二人はそれぞれその作り物の馬の前後に回って持ち上げると実演してみせる。
木が擦れる音がして、胴体が縮み――再び長くなった。
長さを変えた後は金具で固定し安定させるようになっている。
それは分かったが、懸念事項が一つあった。
「工夫したのは分かりましたけどー、僕を入れると六本脚の馬になりますよねー?」
存在しえない馬なのにそれで良いのだろうか。
殿の御子達から文句を言われやしないかとのカールの危惧に、前脚は自信たっぷりに大丈夫だろうと頷く。
「そういう馬の神獣がいるという伝説を聞いたことがある。要は、御三方を乗せて走れれば良いのだ」
「……。そうなんですねー」
それでゴリ押しする気満々の言葉に、カールは無理やり納得した。
「改造はこの通りだが、問題は実践だ」
後ろ脚が重りを鞍に括りつけている。マリアージュ様達を乗せる状況に限りなく近づける為だろう。
「――という訳で、カールには我らの間に入って足並み揃える練習をして貰おう」
「分かりましたー」
先に馬兄弟が担ぎ上げ、カールが真ん中に入り込む。肩を痛めないように担ぐ場所にクッションが括りつけられている。
クッションに肩を合わせると、それなりの重みが加わった。と言っても走れない程ではない。
「……高さは問題無いようだな。最初は歩行から慣らしていくぞ、準備は良いか?」
カールが承諾すると、前脚の号令で歩行から段々速度を上げて行く練習が始まる。
元々体術を十八番とする蛇ノ庄出身のカールは、直ぐにコツを掴んだ。
呼吸と足並みを揃えて安定した走りが出来るようになるまでに、そう時間はかからなかった。
作り物の馬から出て小休止。
前脚が「なかなか筋が良いな」と水筒を渡してくれる。
それを有難く飲む。薄くレモンの香りがするそれは、汗を流した後だからなのか余計美味しく感じた。
「結構キツイですねー……」
カールが正直な感想を述べると、後ろ脚が肩を竦める。
「そう言いつつも、そこまで息を乱していないのは流石というべきか。体調は大丈夫か?」
「それは問題無いですけどー」
戦いの訓練のように体を捻ったりする訳ではない。走るだけなら先だって受けた打撲の痛みはそこまで無かった。
ただ、これは持久力が求められる。戦闘訓練とは違ったしんどさがある。
そう言うと、後ろ脚がそれにしたって、と言う。
「毎日担いでいる我らはまだしも、その程度の息の乱れでついて来れているのがな。普通、平地で過ごしていると体が鈍るのだが」
「ああ、鈍ってはいますよー」
怪我の治療で寝たきりになったのもある。鈍った自覚はあった。
「だから次の訓練の時に先輩方に手合わせをして貰おうかなって思ってたんですけどー」
まさかその前にこの練習に付き合わされるとは思っていなかった。
しかしカールの言葉を聞いた馬兄弟は、顔を見合わせると――
「それならば尚更馬の脚の訓練をするべきだな」
「マリー様に求められて始めた習慣だが、このお陰で我ら兄弟は訓練で他の者を圧倒し、体力を維持出来、また命拾いもしている」
――手合わせよりもこちらの方を重要視しているような事を言った。
「命拾い?」
カールが首を傾げると、前脚が苦笑しながら説明してくれる。
「馬の脚となり、これを担いで走る為には足並みと呼吸を揃えなければならない。
ヘルムの件で我らが戦った雪山の傭兵の話をしただろう? アルトガルという男なのだが、あ奴は相当の手練れで二人がかりでも苦戦を強いられた。
相手の隙を突いて勝てたのは、偏に呼吸を合わせることで我らの気配を誤魔化したが故。つまり、馬の脚としての経験が生死を分けたのだ」
真剣な顔で語る前脚に、「本当ですかー?」と反射的に訊ねるカール。
後ろ脚がくつくつと笑った。
「嘘だと思うだろう? だが真実だ」
***
次の練習は明日の昼食後だ、エリアスには話を通しておくからと言われ、カールは承諾する。
「既に力を示した以上、誰も文句は言えまい。カールも何時までも隠れて食事をする訳にもいかないだろう?」
ということで馬兄弟に誘われるまま、共に食堂で夕食を食べることに。
ウルリアン達が相変わらずの態度でカールを睨んで来たが、結局睨むだけで何も言ってこなかった。
実力者である馬兄弟の存在に加え、カールが圧倒的な戦闘能力を示したのが大きかったのだろう。
食事を終え、自室へ戻るべく食堂を出ると目の前に誰かが立ちふさがった。
ジルベリクとエリアスだった。
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