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鶏蛇竜のカール。
鶏蛇竜は暁を待つ。【37】
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しんみりとした静寂の中。
――グゥーキュルル……
唐突に切ないような情けないような音が上がった。
エリアスの目が点になる。
朝食を抜いて来たからだ、とカールの頬に朱が差した。
「……すみませんー」
直後、小屋を揺らさんばかりに響き渡るエリアスの大爆笑。
カールは羞恥に俯いた。
「あー、笑った笑った。すまねぇな、ちょっと待ってろ」
目尻を拭きながらエリアスは「確かここらへんに食べ物が……」と戸棚を探し始める。
丁度その時、小屋の扉がノックされた。
「はいー」
カールが扉を開けると、立っていたのは馬兄弟。後ろ脚の腕には大きなバスケットが提げられている。
「少し早いが、もうすぐ礼拝が終わる。マリー様が戻られる頃だ」
夕べサリーナが帰った後、馬兄弟と話す事になった。
それはマリアージュ様に仕える事に異論はないかという最終確認。
カールが諾と言うと、「快癒した事の報告、そして見舞いに対するお礼をマリー様にするべきだろう」となり。丁度今日が礼拝の日だということで、約束していたのだ。ちなみに薬草畑は礼拝堂から近い場所にある。
カールはエリアスを振り返った。
「シュテファン、そのバスケットの中身は昼食で間違いねぇか?」
「はい、ジルベリク様に託されまして」
「なら先にカールに食わせてやってくれねぇかな」
首を傾げる馬兄弟。
カールが朝寝坊したことと朝食を抜いたことを話すと、構わないが急ぐように言われた。
礼を言って食事を手早く終わらせるカール。
食べ終わったところで前脚がエリアスに会釈をした。
「では、エリアス様。暫しカールをお借りします」
「了解。カール、良かったな」
意味ありげににやりとしてカール達を見送るエリアス。
連れて行かれた先にある東屋で待っていると、礼拝堂の鐘が鳴る。
程無くしてマリアージュ姫がやって来るのが見えた。
***
馬兄弟のエスコートで東屋に座るマリアージュ姫。
カールは礼を取り、頭を垂れる。
「カール、傷の具合はどうだ?」
「お陰様ですっかり癒えましたー、先日はお見舞いを頂きありがとうございましたー」
頂いた蜂蜜菓子が美味しかったので、マリー様にお仕えしますー。
冗談交じりにおどけて伝えると、「うむ、殊勝な心掛けだ。その内もっ美味い物を食わせてやろう」と鷹揚に頷くマリアージュ姫。
その後、世間話がてら作り物の馬に乗っている理由を知ってしまった。
「父が馬を買ってくれるまで日課は続けるつもりよ!」
と鼻息を荒くして言っているが、恐らく買っては貰えないだろう。
というか、縋るようにマリアージュ姫を見ている馬兄弟がそれを許すとは思えない。
「ところで、『湿潤療法』って誰が考えたのかご存知ですかー?」
「ああ、あれは私だ」
「えっ……?」
では、エリアスが言っていた『神霊様』というのはマリアージュ姫のことだったのか。
本人は、前脚が怪我をしたというのを耳にして薬箱を携えて行ってみれば、傷を焼き鏝で焼こうとしていてな……と顔を顰めている。
『湿潤療法』の知識自体は以前から知っており、膏薬を調合したり必要な道具を揃えていたそうだ。
カールは傷薬を調合した時の事を思い出した。
腐敗の原因である目に見えない小さな生き物――それについて質問してみると、マリアージュ姫の唇はカールの知り得ぬ知識を語り始める。
「どれだけ小さい生き物なんですかー?」
「うーん、ミクロンやナノの世界だからなぁ。これの百万分の一、十億分の一の大きさなんだが」
示された『これ』はゴマ一粒程度の大きさ。
カールは瞠目する。
――この百万分の一、十億分の一!?
仮にそう言う生き物がいたとして、それを確認する技術はこの世に――少なくともこの国、周辺国家には存在しない筈。
だというのに、マリアージュ姫はそれを当然の事と知り、確信しているように見える。
まるで――この世のものではない、『神の叡智』というべき知識。
瞬間、マリアージュ姫が人ではない得体の知れない何かに見えて、カールの背筋がざわりと粟立った。
馬兄弟が祈りを捧げるように頭を垂れているのが視界に入った。
だから――『神霊様』なのだ。
馬兄弟が仕えている本当の理由と共に、カールは理解する。
勇気を出して知識の出所を訊いてみるも、「さぁ……どこで知ったのだったか」とはぐらかされてしまった。
化け物から人間に戻る方法を訊ねた時の事を思い出す。
あの時の答え――あれも思い返せば十一歳の貴族の娘に答えられるような内容ではなかった。
同時に「私で良ければ何時でも相談に乗る」と言われたのだったか。
どこか救いを求める気持ちに突き動かされ、カールは気が付けば「相談があります、」と口にしていた。
――グゥーキュルル……
唐突に切ないような情けないような音が上がった。
エリアスの目が点になる。
朝食を抜いて来たからだ、とカールの頬に朱が差した。
「……すみませんー」
直後、小屋を揺らさんばかりに響き渡るエリアスの大爆笑。
カールは羞恥に俯いた。
「あー、笑った笑った。すまねぇな、ちょっと待ってろ」
目尻を拭きながらエリアスは「確かここらへんに食べ物が……」と戸棚を探し始める。
丁度その時、小屋の扉がノックされた。
「はいー」
カールが扉を開けると、立っていたのは馬兄弟。後ろ脚の腕には大きなバスケットが提げられている。
「少し早いが、もうすぐ礼拝が終わる。マリー様が戻られる頃だ」
夕べサリーナが帰った後、馬兄弟と話す事になった。
それはマリアージュ様に仕える事に異論はないかという最終確認。
カールが諾と言うと、「快癒した事の報告、そして見舞いに対するお礼をマリー様にするべきだろう」となり。丁度今日が礼拝の日だということで、約束していたのだ。ちなみに薬草畑は礼拝堂から近い場所にある。
カールはエリアスを振り返った。
「シュテファン、そのバスケットの中身は昼食で間違いねぇか?」
「はい、ジルベリク様に託されまして」
「なら先にカールに食わせてやってくれねぇかな」
首を傾げる馬兄弟。
カールが朝寝坊したことと朝食を抜いたことを話すと、構わないが急ぐように言われた。
礼を言って食事を手早く終わらせるカール。
食べ終わったところで前脚がエリアスに会釈をした。
「では、エリアス様。暫しカールをお借りします」
「了解。カール、良かったな」
意味ありげににやりとしてカール達を見送るエリアス。
連れて行かれた先にある東屋で待っていると、礼拝堂の鐘が鳴る。
程無くしてマリアージュ姫がやって来るのが見えた。
***
馬兄弟のエスコートで東屋に座るマリアージュ姫。
カールは礼を取り、頭を垂れる。
「カール、傷の具合はどうだ?」
「お陰様ですっかり癒えましたー、先日はお見舞いを頂きありがとうございましたー」
頂いた蜂蜜菓子が美味しかったので、マリー様にお仕えしますー。
冗談交じりにおどけて伝えると、「うむ、殊勝な心掛けだ。その内もっ美味い物を食わせてやろう」と鷹揚に頷くマリアージュ姫。
その後、世間話がてら作り物の馬に乗っている理由を知ってしまった。
「父が馬を買ってくれるまで日課は続けるつもりよ!」
と鼻息を荒くして言っているが、恐らく買っては貰えないだろう。
というか、縋るようにマリアージュ姫を見ている馬兄弟がそれを許すとは思えない。
「ところで、『湿潤療法』って誰が考えたのかご存知ですかー?」
「ああ、あれは私だ」
「えっ……?」
では、エリアスが言っていた『神霊様』というのはマリアージュ姫のことだったのか。
本人は、前脚が怪我をしたというのを耳にして薬箱を携えて行ってみれば、傷を焼き鏝で焼こうとしていてな……と顔を顰めている。
『湿潤療法』の知識自体は以前から知っており、膏薬を調合したり必要な道具を揃えていたそうだ。
カールは傷薬を調合した時の事を思い出した。
腐敗の原因である目に見えない小さな生き物――それについて質問してみると、マリアージュ姫の唇はカールの知り得ぬ知識を語り始める。
「どれだけ小さい生き物なんですかー?」
「うーん、ミクロンやナノの世界だからなぁ。これの百万分の一、十億分の一の大きさなんだが」
示された『これ』はゴマ一粒程度の大きさ。
カールは瞠目する。
――この百万分の一、十億分の一!?
仮にそう言う生き物がいたとして、それを確認する技術はこの世に――少なくともこの国、周辺国家には存在しない筈。
だというのに、マリアージュ姫はそれを当然の事と知り、確信しているように見える。
まるで――この世のものではない、『神の叡智』というべき知識。
瞬間、マリアージュ姫が人ではない得体の知れない何かに見えて、カールの背筋がざわりと粟立った。
馬兄弟が祈りを捧げるように頭を垂れているのが視界に入った。
だから――『神霊様』なのだ。
馬兄弟が仕えている本当の理由と共に、カールは理解する。
勇気を出して知識の出所を訊いてみるも、「さぁ……どこで知ったのだったか」とはぐらかされてしまった。
化け物から人間に戻る方法を訊ねた時の事を思い出す。
あの時の答え――あれも思い返せば十一歳の貴族の娘に答えられるような内容ではなかった。
同時に「私で良ければ何時でも相談に乗る」と言われたのだったか。
どこか救いを求める気持ちに突き動かされ、カールは気が付けば「相談があります、」と口にしていた。
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