上 下
90 / 110
鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【37】

しおりを挟む
 しんみりとした静寂の中。

 ――グゥーキュルル……

 唐突に切ないような情けないような音が上がった。
 エリアスの目が点になる。
 朝食を抜いて来たからだ、とカールの頬に朱が差した。

 「……すみませんー」

 直後、小屋を揺らさんばかりに響き渡るエリアスの大爆笑。
 カールは羞恥に俯いた。

 「あー、笑った笑った。すまねぇな、ちょっと待ってろ」

 目尻を拭きながらエリアスは「確かここらへんに食べ物が……」と戸棚を探し始める。
 丁度その時、小屋の扉がノックされた。

 「はいー」

 カールが扉を開けると、立っていたのは馬兄弟。後ろ脚シュテファンの腕には大きなバスケットが提げられている。

 「少し早いが、もうすぐ礼拝が終わる。マリー様が戻られる頃だ」

 夕べサリーナが帰った後、馬兄弟と話す事になった。
 それはマリアージュ様に仕える事に異論はないかという最終確認。
 カールが諾と言うと、「快癒した事の報告、そして見舞いに対するお礼をマリー様にするべきだろう」となり。丁度今日が礼拝の日だということで、約束していたのだ。ちなみに薬草畑は礼拝堂から近い場所にある。

 カールはエリアスを振り返った。

 「シュテファン、そのバスケットの中身は昼食で間違いねぇか?」

 「はい、ジルベリク様に託されまして」

 「なら先にカールに食わせてやってくれねぇかな」

 首を傾げる馬兄弟。
 カールが朝寝坊したことと朝食を抜いたことを話すと、構わないが急ぐように言われた。
 礼を言って食事を手早く終わらせるカール。
 食べ終わったところで前脚ヨハンがエリアスに会釈をした。

 「では、エリアス様。暫しカールをお借りします」

 「了解。カール、良かったな」

 意味ありげににやりとしてカール達を見送るエリアス。
 連れて行かれた先にある東屋で待っていると、礼拝堂の鐘が鳴る。
 程無くしてマリアージュ姫がやって来るのが見えた。


***


 馬兄弟のエスコートで東屋に座るマリアージュ姫。
 カールは礼を取り、頭を垂れる。

 「カール、傷の具合はどうだ?」

 「お陰様ですっかり癒えましたー、先日はお見舞いを頂きありがとうございましたー」

 頂いた蜂蜜菓子が美味しかったので、マリー様にお仕えしますー。

 冗談交じりにおどけて伝えると、「うむ、殊勝な心掛けだ。その内もっ美味い物を食わせてやろう」と鷹揚に頷くマリアージュ姫。
 その後、世間話がてら作り物のハリボテ馬に乗っている理由を知ってしまった。

 「ダディが馬を買ってくれるまで日課は続けるつもりよ!」

 と鼻息を荒くして言っているが、恐らく買っては貰えないだろう。
 というか、縋るようにマリアージュ姫を見ている馬兄弟がそれを許すとは思えない。

 「ところで、『湿潤療法』って誰が考えたのかご存知ですかー?」

 「ああ、あれは私だ」

 「えっ……?」

 では、エリアスが言っていた『神霊様』というのはマリアージュ姫のことだったのか。

 本人は、前脚ヨハンが怪我をしたというのを耳にして薬箱を携えて行ってみれば、傷を焼き鏝で焼こうとしていてな……と顔を顰めている。
 『湿潤療法』の知識自体は以前から知っており、膏薬を調合したり必要な道具を揃えていたそうだ。

 カールは傷薬を調合した時の事を思い出した。
 腐敗の原因である目に見えない小さな生き物――それについて質問してみると、マリアージュ姫の唇はカールの知り得ぬ知識を語り始める。

 「どれだけ小さい生き物なんですかー?」

 「うーん、ミクロンやナノの世界だからなぁ。これの百万分の一、十億分の一の大きさなんだが」

 示された『これ』はゴマ一粒程度の大きさ。
 カールは瞠目する。

 ――この百万分の一、十億分の一!?

 仮にそう言う生き物がいたとして、それを確認する技術はこの世に――少なくともこの国、周辺国家には存在しない筈。
 だというのに、マリアージュ姫はそれを当然の事と知り、確信しているように見える。

 まるで――この世のものではない、『神の叡智』というべき知識。

 瞬間、マリアージュ姫が人ではない得体の知れない何かに見えて、カールの背筋がざわりと粟立った。
 馬兄弟が祈りを捧げるように頭を垂れているのが視界に入った。

 だから――『神霊様』なのだ。
 馬兄弟が仕えている本当の理由と共に、カールは理解する。
 勇気を出して知識の出所を訊いてみるも、「さぁ……どこで知ったのだったか」とはぐらかされてしまった。

 化け物から人間に戻る方法を訊ねた時の事を思い出す。
 あの時の答え――あれも思い返せば十一歳の貴族の娘に答えられるような内容ではなかった。

 同時に「私で良ければ何時でも相談に乗る」と言われたのだったか。
 どこか救いを求める気持ちに突き動かされ、カールは気が付けば「相談があります、」と口にしていた。
しおりを挟む
感想 116

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

処理中です...