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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【34】

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 ――この程度、蛇ノ庄でのことに比べたら。

 カールは立ち上がり、ゆっくりと歩を進めた。
 先程痛めつけられたが、まだ戦える。

 「……ちょっと、待ちなよー」

 その場に居た全員の視線がカールに注がれた。

 「皆さー、山猫ちゃんの事をそうやって全否定するのはどうかと思うよー?」

 少なくとも、訓練という名目で病み上がりの人間を痛めつけて楽しんでいる者達より。そしてそれを是とする周囲の男達よりは――彼女の方が余程隠密騎士に相応しい。

 「カール……貴様!」

 「今度はお前が痛い目を見るか?」

 指摘されたことに心当たりがある猛牛ウルリアン魔猿ジークラスが激昂した。

 サリーナが男であったなら。同じ実力でも隠密騎士になれる筈だ。
 カールが蛇ノ庄なのもサリーナが女であるのもどうしようもないことなのに、周囲はそれを鬼の首を取ったかの如く排除の理由とする。

 カールは暗い笑みを浮かべた。

 「怒るって事はさー、自分でもそう思ってるって事だよねー。ジルベリク様ー、僕今からこの二人と戦いたいんけど良いですかー?」

 「あ、ああ……」

 突然のカールの豹変に戸惑いながらもジルベリクは許可を出す。それに一つ頷いて、サリーナに近付いた。

 「……山猫ちゃん、武器借りるねー」

 その手甲武器は、抵抗も無くするりと抜き取ることが出来た。彼女の戦闘スタイルなのだろう、右の手甲剣、左の手甲爪――カールは両方爪を使うが、敢えてこれで戦うのは意趣返しだ。
 それを自分の手に装着しながら話を続ける。

 「僕はさー、山猫ちゃんの逆で。隠密騎士なんてくっだらない存在になんかなりたくなかったんだー」

 蛇ノ庄の仕事である、裏切り者の断罪。
 そのためにカールに課せられた殺戮の日々――ここに居るどれ程の者がそのことを知っているのか。
 王都に来て、カールが何もしていないのに排除の対象としてきた目の前の猛牛ウルリアン、そしてそれを黙認して来た者達。
 こんな奴らの為にあの地獄の日々を強いられたのか、というのがカールの正直な気持ちだった。

 カールは自らの心情を暴露していく。

 「でも、くっだらない隠密騎士でもー、山猫ちゃんは憧れて一生懸命目指してるんだよねー。それをよってたかって全否定して絶望させるってどうなのー?」

 こんな方法でなくとも、もっとやりようがあった筈だ。
 カールと違い、純粋に隠密騎士に憧れ努力を続けるサリーナ。
 ただ無駄に死ぬよりも、彼女の心を守る礎になれればそれでいい。

 「僕が勝ったら、山猫ちゃんにちゃあんと謝ってくれませんかねー? あ、勿論二人がかりで良いですよー?」

 そう煽ると、猛牛と魔猿が剣呑な目付きになり武器を構える。周囲にいる男達の大半が殺気立った。

 「はっ、大きく出たな。隠密騎士が下らないという貴様にここに居る資格はない。俺達が勝てば貴様は郷里へ帰れ!」

 「ふむ、手加減無用という訳だ。良かろう、お前が勝てばその娘に謝ってやろう」

 ――その言葉、忘れるなよ。ここに居る全員が立会人だ。

 「良いですよー」と言いながらカールも武器を構える。
 目を閉じ、戦いに集中する為の心を深呼吸して整えていく。

 ――殺す気で、やる。

 瞼を上げた時にはもう、カールは冷酷な殺戮人形となっていた。

 「――始め!」

 ジルベリクの声と共にカールはこれまで押さえていた化け物としての本性を解放する。

 「お前……何だ、それは!」

 怯えたような魔猿ジークラスに、猛牛ウルリアンが油断するなと叫ぶ。

 周囲に充満する尋常でない殺気は、相手二人を圧倒するのに十分過ぎるものだった。
 本能で分かるのだろう。彼らは警戒を高め、距離を取ってじりじりと移動し、カールの前後を挟み撃つの形を取る。
 間合いは十分だった――通常の相手ならば。
 しかし、彼らの距離は蛇ノ庄の体術の攻撃が届く範囲内にある。

 「そっちから来ないならこっちから行きますよー」

 なかなか攻撃してこない相手に痺れを切らしたカールは構え、大地を蹴る。
 次の瞬間には、後方に居る魔猿ジークラスに鋭い蹴りを放っていた。


***


 決着は、呆気ないほどに早くついた。
 カールの目の前には、猛牛と魔猿が仲良く倒れ伏している。
 彼らと同じ程度の実力で、もっと多くの人数を相手取り打ち負かしたことのあるカールにとって、児戯に等しい試合であった。

「――勝負あり! 勝者、カール!」

 ジルベリクが審判を下す声。
 しかし端からどちらかを殺そうとしているカールに止まるつもりはない。

 「はい、おしまい。弱い奴は死ぬしかないよねー?」

 カールは息の根を止めるべく手甲剣を振り上げた。
 それが猛牛ウルリアンに振り降ろされんとした瞬間、衝撃と火花が散る。
 ギリギリの所でジルベリクのナイフが介入してきたのだ。

 「おい、勝負あっただろう!」

 仲間を殺す気か、と青褪めているジルベリク。
 仲間? 誰が? ――内心カールは嗤った。そんな人間なんてどこにいるというのか。
 ジルベリクとて、猛牛やそれに唆された奴らのカールに対する言動を見てきただろうに。
 環境的には蛇ノ庄に居た時よりはマシだが、少なくとも目の前の奴らは。

 「蛇ノ庄は仲間じゃないってこの人達言ってましたしー。だったら仲間じゃないかなってー」

 カールの仲間ではないし、相手も同じように考えているだろう。
 そう言うと、そんな筈はないと必死に否定するジルベリク。
 その肩の向こうに、幻草山羊バロメッツのエリアスの悲し気な顔が見えた。その口が動いて言葉を紡ぐ。

 『気持ちは分かるが、堪えてくんねぇか? おいらはカールに死んで欲しくねぇし、殺させたくもねぇ……頼む』

 「……」

 少なくともエリアスは自分の事を惜しんでいるらしい。
 僅かに迷いが生じたカールが視線を彷徨わせると、視界の端で馬兄弟がこちらをじっと見つめているのに気付いた。

 『カールが我らを仲間だと思わなくても、我らはお前を仲間だと思っている』

 『自棄になるな。サリーナ殿の目の前で殺すのか? それに、マリー様にお礼もせぬまま自滅する気か?』

 逡巡した後、カールはそっと溜息を吐き、へらりと笑って手から力を抜く。
 自分のような者でも惜しんでくれるのならば、もう少し生きてみようという気持ちが湧いて来たのだ。
 それに、後ろ脚シュテファンの言う通り、サリーナの目の前で殺せば彼女は後々自分を責めるようになるだろう。それはカールの望むところではない。

 「嫌だなぁ、ジルベリク様ー。冗談ですよ、冗談ー」

 二人が目を覚ましたらサリーナに謝罪するように言伝を頼む。ホッとした様子のジルベリクを後目に、カールは借りていた手甲武器を外してサリーナに向き直った。
 武器を彼女に返そうと差し出すのと同時に、俯いた彼女の顔から水滴が地にしたたり落ちているのを見て瞠目する。

 「――えっ、山猫ちゃん!?」

 それが涙だと気付いた直後。
 サリーナは差し出された武器に目をくれる事なく、立ち上がるや否や素早くその場から駆け出して行ったのだった。
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