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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【25】

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 サリーナは建物に入って行ったが、専属侍女であるのなら乗馬から戻って来るマリアージュ姫の世話を焼く筈。
 カールはその場で彼女が再び出て来るのを待つ事にした。

 ――マリアージュ姫や馬兄弟は兎も角、サリーナならば。

 馬兄弟は普通の隠密騎士からすれば専属であるとはいえ、正直誇りを無くしたような有り様だった。
 先程は堪え切れず笑ってしまったにせよ、隠密騎士に憧れるサリーナからしてみれば、道化に成り下がった馬兄弟とそれを是としているマリアージュ姫は本来噴飯ものなのではないか。

 そんなことを考えていると、やがてサリーナが建物から出て来るのが見えた。重たそうな籠や頭陀袋を持っている。
 カールは物陰から出ると、サリーナに近付いた。

 「おはようー」

 手伝おうかー? と声を掛けるとサリーナははっと身を固くしてしてこちらを見た。相手がカールだと認めると、少し力を抜いたようだ。

 「あなたは……カール・リザヒル。おはようございます。折角のお申し出ですが、私も鍛えておりますので結構です」

 ぴしゃりとカールの申し出を断るサリーナ。
 しかしカールは拒絶に構わず彼女の隣を歩く。サリーナはカールの事が余程嫌なようで、一瞬顔を顰めると足取りを早めた。カールもそれに合わせて速度を上げる。

 「聞いたよー、サリーナはマリアージュ様付きの侍女になったんだってねー」

 「……それが何か?」

 「実は僕も、マリアージュ様付きになれないかって思ってさー」

 「マリー様には既にシーヨク兄弟という専属が居ますが」

 「それねー、僕が成り変われないかって思ってさー」

 「は?」

 流石に聞き捨てならなかったのだろう。サリーナは立ち止まり、怪訝そうにカールの方に視線を向けた。カールはにっこりと微笑みを返す。

 「実はさー、馬兄弟ってマリアージュ様に気に入られたから専属になれたって聞いたんだよねー。
 功を立てたのでも、専属を決める試合で勝ち抜いたのでもなくさー。それってずるくないー?」

 そう言うとサリーナは不愉快そうに眉根を寄せた。

 ――おや?

 カールは笑みを崩さないまま注意深く相手を観察する。
 隠密騎士に憧れる彼女であれば、てっきりカールに同意して馬兄弟の事を認めないと思ったのだが。

 「……少なくとも、専属の話は旦那様がお許しになった事だと聞いていますが。
 それに、成り変わりたいと言うのならばまずシーヨク兄弟よりも実力が上である事を示すべきですよね?」

 「そうかなー、僕が馬兄弟よりマリアージュ様に気に入られたら話が違ってくると思うんだけどー」

言いながら、どうも失敗したかも知れない、とカールは思う。少し方向性を変えたアプローチにした方が良いようだ。

 「そもそも、何故成り変わりたいと? マリー様でなくとも、他にもイサーク様やメルローズ様の専属が空いていると聞いていますが」

 サリーナに問われ、昨日出会った殿の御子達を思い出す。
 それも考えなくも無かったけれど、専属が選ばれるまでに一体後何年かかるのか。カールには時間が惜しかった。

 「それじゃあ意味無いんだよー。イサーク様達は大きくなったらいずれ社交界とか出掛ける機会も増えるよねー。
 その点マリアージュ様はさー、この屋敷に引き籠って社交界にも出ないって聞いたんだよねー。
 そこでマリアージュ様の専属になれば任務で命を落とす危険性はぐっと減るって考えてさー。僕、命が惜しいし楽がしたいんだよねー」

 だから僕がマリアージュ様に近付く為の協力をしてくれないかなー。

 そう言うと、カールの予測通りサリーナは頬を赤く染めて激昂した。

 「命を惜しんで楽をしたいですって!? それならば今すぐお屋敷を辞して蛇ノ庄へ帰ったらどうなの!」

 「おお怖ー。山猫ちゃんは真面目だねー」

 彼女の怒りを増幅させる為に、カールはわざとお手上げとばかりに両手を空に向けて肩を竦めた。知らないことは幸せなことだ。隠密騎士にそこまで憧れる価値はないというのに、と半分本気である。
 茶化すようにヒューと口笛を吹くと、案の定サリーナは相手を殺さんばかりの憎悪の表情を浮かべてカールを睨みつけて来た。

 「何で、何であんたなんかが――私だって、私だって女でさえなければ!」

 しかしカールにとっては、山猫の子供がふわふわの毛を逆立てて一生懸命虚勢を張って威嚇している程度の迫力でしかない。案外可愛い顔立ちをしている、と思う余裕すらあった。

 「協力はお断りだし、金輪際話しかけて欲しくないわ!」

 まるで癇癪を起した幼子のように、「ついて来ないで!」と言い捨てて小走りで池へ向かうサリーナ。小さくなる背中を見送りながら、カールは手応えを感じていた。

 篭絡が上手くいかずとも、相手の感情を揺さぶって利用すればいい。
 敵意を向けられたら、相手を惑わせて標的を逸らせばいいのだ。

 満点ではないが、及第点。
 彼女が隠密騎士の訓練に参加する時、隠密騎士達を叩きのめさんばかりに張り切るようになるだろう。
 少しずつ誘導し、いずれサリーナが隠密騎士――ひいては馬兄弟を軽んじるようになれば。

 あるいは隠密騎士達の注意が不和を生み出す山猫娘に向くことで、傷を治す時間稼ぎにもなる。
 傷さえ完治すれば、本気を出して実力を示すことで流れは変わるに違いない。

 カール自身、自分にそれを叶える実力があるという自負があった。
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