78 / 110
鶏蛇竜のカール。
鶏蛇竜は暁を待つ。【25】
しおりを挟む
サリーナは建物に入って行ったが、専属侍女であるのなら乗馬から戻って来るマリアージュ姫の世話を焼く筈。
カールはその場で彼女が再び出て来るのを待つ事にした。
――マリアージュ姫や馬兄弟は兎も角、サリーナならば。
馬兄弟は普通の隠密騎士からすれば専属であるとはいえ、正直誇りを無くしたような有り様だった。
先程は堪え切れず笑ってしまったにせよ、隠密騎士に憧れるサリーナからしてみれば、道化に成り下がった馬兄弟とそれを是としているマリアージュ姫は本来噴飯ものなのではないか。
そんなことを考えていると、やがてサリーナが建物から出て来るのが見えた。重たそうな籠や頭陀袋を持っている。
カールは物陰から出ると、サリーナに近付いた。
「おはようー」
手伝おうかー? と声を掛けるとサリーナははっと身を固くしてしてこちらを見た。相手がカールだと認めると、少し力を抜いたようだ。
「あなたは……カール・リザヒル。おはようございます。折角のお申し出ですが、私も鍛えておりますので結構です」
ぴしゃりとカールの申し出を断るサリーナ。
しかしカールは拒絶に構わず彼女の隣を歩く。サリーナはカールの事が余程嫌なようで、一瞬顔を顰めると足取りを早めた。カールもそれに合わせて速度を上げる。
「聞いたよー、サリーナはマリアージュ様付きの侍女になったんだってねー」
「……それが何か?」
「実は僕も、マリアージュ様付きになれないかって思ってさー」
「マリー様には既にシーヨク兄弟という専属が居ますが」
「それねー、僕が成り変われないかって思ってさー」
「は?」
流石に聞き捨てならなかったのだろう。サリーナは立ち止まり、怪訝そうにカールの方に視線を向けた。カールはにっこりと微笑みを返す。
「実はさー、馬兄弟ってマリアージュ様に気に入られたから専属になれたって聞いたんだよねー。
功を立てたのでも、専属を決める試合で勝ち抜いたのでもなくさー。それってずるくないー?」
そう言うとサリーナは不愉快そうに眉根を寄せた。
――おや?
カールは笑みを崩さないまま注意深く相手を観察する。
隠密騎士に憧れる彼女であれば、てっきりカールに同意して馬兄弟の事を認めないと思ったのだが。
「……少なくとも、専属の話は旦那様がお許しになった事だと聞いていますが。
それに、成り変わりたいと言うのならばまずシーヨク兄弟よりも実力が上である事を示すべきですよね?」
「そうかなー、僕が馬兄弟よりマリアージュ様に気に入られたら話が違ってくると思うんだけどー」
言いながら、どうも失敗したかも知れない、とカールは思う。少し方向性を変えたアプローチにした方が良いようだ。
「そもそも、何故成り変わりたいと? マリー様でなくとも、他にもイサーク様やメルローズ様の専属が空いていると聞いていますが」
サリーナに問われ、昨日出会った殿の御子達を思い出す。
それも考えなくも無かったけれど、専属が選ばれるまでに一体後何年かかるのか。カールには時間が惜しかった。
「それじゃあ意味無いんだよー。イサーク様達は大きくなったらいずれ社交界とか出掛ける機会も増えるよねー。
その点マリアージュ様はさー、この屋敷に引き籠って社交界にも出ないって聞いたんだよねー。
そこでマリアージュ様の専属になれば任務で命を落とす危険性はぐっと減るって考えてさー。僕、命が惜しいし楽がしたいんだよねー」
だから僕がマリアージュ様に近付く為の協力をしてくれないかなー。
そう言うと、カールの予測通りサリーナは頬を赤く染めて激昂した。
「命を惜しんで楽をしたいですって!? それならば今すぐお屋敷を辞して蛇ノ庄へ帰ったらどうなの!」
「おお怖ー。山猫ちゃんは真面目だねー」
彼女の怒りを増幅させる為に、カールはわざとお手上げとばかりに両手を空に向けて肩を竦めた。知らないことは幸せなことだ。隠密騎士にそこまで憧れる価値はないというのに、と半分本気である。
茶化すようにヒューと口笛を吹くと、案の定サリーナは相手を殺さんばかりの憎悪の表情を浮かべてカールを睨みつけて来た。
「何で、何であんたなんかが――私だって、私だって女でさえなければ!」
しかしカールにとっては、山猫の子供がふわふわの毛を逆立てて一生懸命虚勢を張って威嚇している程度の迫力でしかない。案外可愛い顔立ちをしている、と思う余裕すらあった。
「協力はお断りだし、金輪際話しかけて欲しくないわ!」
まるで癇癪を起した幼子のように、「ついて来ないで!」と言い捨てて小走りで池へ向かうサリーナ。小さくなる背中を見送りながら、カールは手応えを感じていた。
篭絡が上手くいかずとも、相手の感情を揺さぶって利用すればいい。
敵意を向けられたら、相手を惑わせて標的を逸らせばいいのだ。
満点ではないが、及第点。
彼女が隠密騎士の訓練に参加する時、緩んだ隠密騎士達を叩きのめさんばかりに張り切るようになるだろう。
少しずつ誘導し、いずれサリーナが隠密騎士――ひいては馬兄弟を軽んじるようになれば。
あるいは隠密騎士達の注意が不和を生み出す山猫娘に向くことで、傷を治す時間稼ぎにもなる。
傷さえ完治すれば、本気を出して実力を示すことで流れは変わるに違いない。
カール自身、自分にそれを叶える実力があるという自負があった。
カールはその場で彼女が再び出て来るのを待つ事にした。
――マリアージュ姫や馬兄弟は兎も角、サリーナならば。
馬兄弟は普通の隠密騎士からすれば専属であるとはいえ、正直誇りを無くしたような有り様だった。
先程は堪え切れず笑ってしまったにせよ、隠密騎士に憧れるサリーナからしてみれば、道化に成り下がった馬兄弟とそれを是としているマリアージュ姫は本来噴飯ものなのではないか。
そんなことを考えていると、やがてサリーナが建物から出て来るのが見えた。重たそうな籠や頭陀袋を持っている。
カールは物陰から出ると、サリーナに近付いた。
「おはようー」
手伝おうかー? と声を掛けるとサリーナははっと身を固くしてしてこちらを見た。相手がカールだと認めると、少し力を抜いたようだ。
「あなたは……カール・リザヒル。おはようございます。折角のお申し出ですが、私も鍛えておりますので結構です」
ぴしゃりとカールの申し出を断るサリーナ。
しかしカールは拒絶に構わず彼女の隣を歩く。サリーナはカールの事が余程嫌なようで、一瞬顔を顰めると足取りを早めた。カールもそれに合わせて速度を上げる。
「聞いたよー、サリーナはマリアージュ様付きの侍女になったんだってねー」
「……それが何か?」
「実は僕も、マリアージュ様付きになれないかって思ってさー」
「マリー様には既にシーヨク兄弟という専属が居ますが」
「それねー、僕が成り変われないかって思ってさー」
「は?」
流石に聞き捨てならなかったのだろう。サリーナは立ち止まり、怪訝そうにカールの方に視線を向けた。カールはにっこりと微笑みを返す。
「実はさー、馬兄弟ってマリアージュ様に気に入られたから専属になれたって聞いたんだよねー。
功を立てたのでも、専属を決める試合で勝ち抜いたのでもなくさー。それってずるくないー?」
そう言うとサリーナは不愉快そうに眉根を寄せた。
――おや?
カールは笑みを崩さないまま注意深く相手を観察する。
隠密騎士に憧れる彼女であれば、てっきりカールに同意して馬兄弟の事を認めないと思ったのだが。
「……少なくとも、専属の話は旦那様がお許しになった事だと聞いていますが。
それに、成り変わりたいと言うのならばまずシーヨク兄弟よりも実力が上である事を示すべきですよね?」
「そうかなー、僕が馬兄弟よりマリアージュ様に気に入られたら話が違ってくると思うんだけどー」
言いながら、どうも失敗したかも知れない、とカールは思う。少し方向性を変えたアプローチにした方が良いようだ。
「そもそも、何故成り変わりたいと? マリー様でなくとも、他にもイサーク様やメルローズ様の専属が空いていると聞いていますが」
サリーナに問われ、昨日出会った殿の御子達を思い出す。
それも考えなくも無かったけれど、専属が選ばれるまでに一体後何年かかるのか。カールには時間が惜しかった。
「それじゃあ意味無いんだよー。イサーク様達は大きくなったらいずれ社交界とか出掛ける機会も増えるよねー。
その点マリアージュ様はさー、この屋敷に引き籠って社交界にも出ないって聞いたんだよねー。
そこでマリアージュ様の専属になれば任務で命を落とす危険性はぐっと減るって考えてさー。僕、命が惜しいし楽がしたいんだよねー」
だから僕がマリアージュ様に近付く為の協力をしてくれないかなー。
そう言うと、カールの予測通りサリーナは頬を赤く染めて激昂した。
「命を惜しんで楽をしたいですって!? それならば今すぐお屋敷を辞して蛇ノ庄へ帰ったらどうなの!」
「おお怖ー。山猫ちゃんは真面目だねー」
彼女の怒りを増幅させる為に、カールはわざとお手上げとばかりに両手を空に向けて肩を竦めた。知らないことは幸せなことだ。隠密騎士にそこまで憧れる価値はないというのに、と半分本気である。
茶化すようにヒューと口笛を吹くと、案の定サリーナは相手を殺さんばかりの憎悪の表情を浮かべてカールを睨みつけて来た。
「何で、何であんたなんかが――私だって、私だって女でさえなければ!」
しかしカールにとっては、山猫の子供がふわふわの毛を逆立てて一生懸命虚勢を張って威嚇している程度の迫力でしかない。案外可愛い顔立ちをしている、と思う余裕すらあった。
「協力はお断りだし、金輪際話しかけて欲しくないわ!」
まるで癇癪を起した幼子のように、「ついて来ないで!」と言い捨てて小走りで池へ向かうサリーナ。小さくなる背中を見送りながら、カールは手応えを感じていた。
篭絡が上手くいかずとも、相手の感情を揺さぶって利用すればいい。
敵意を向けられたら、相手を惑わせて標的を逸らせばいいのだ。
満点ではないが、及第点。
彼女が隠密騎士の訓練に参加する時、緩んだ隠密騎士達を叩きのめさんばかりに張り切るようになるだろう。
少しずつ誘導し、いずれサリーナが隠密騎士――ひいては馬兄弟を軽んじるようになれば。
あるいは隠密騎士達の注意が不和を生み出す山猫娘に向くことで、傷を治す時間稼ぎにもなる。
傷さえ完治すれば、本気を出して実力を示すことで流れは変わるに違いない。
カール自身、自分にそれを叶える実力があるという自負があった。
10
お気に入りに追加
624
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。
salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。
6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。
*なろう・pixivにも掲載しています。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる