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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【17】

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 次は自分の筈だ。
 カールが彼女達の背中から目を逸らしてバルナールを見つめると、困ったような表情をしていた。

 「ええと、カール・リザヒル殿ですが――」

 その時、おおい、と呼ばわる声。カールとバルナールがそちらを見ると、庭師の格好をした男が手を振って近付いてくるところだった。

 「申し訳ない、何とか間に合ったようだな」

 と言いつつ悪びれもしていない男に、バルナールは呆れたように溜息を吐く。

 「全く。なかなか来ないのでこちらは焦りましたよ、ジルベリク殿。カール殿、こちらが君の上司である筆頭庭師、はやぶさのジルベリク殿です」

 紹介されて、カールは微笑みを浮かべながらジルベリクを観察する。
 わざと遅刻してきたのだろうか。蛇ノ庄が歓迎されていないと知らしめる為か、それともこちらの反応を見ている?
 あるいはその両方なのだろうとカールは推測する。自分がヘルムなら、何らかの文句を付けていることだろうから。
 ジルベリクのことは面識はなかったが、母ロザリーに聞いて知っていた。

 「お会いするのは初めましてですねー。蛇の庄、鶏蛇竜コカトリスのカール・リザヒルと申します―。今後とも宜しくお願い致しますー」

 「ああ……親戚同士、こちらこそよろしく頼む! ん、どうしたんだ?」

 訝し気に視線を逸らしたジルベリクの視線を辿ると、サリーナ達が立ち止まって何事かを話している。
 彼女達はこちらをちらちらと見ていたが、やがてマリエッテが『何でもない』と唇を動かし、二人は一礼をして去っていった。
 ジルベリクが難しい顔をして腕を組む。

 「まあ、多分あの事だろうな」

 「あの事、ですかー?」

 「ああ、隠密騎士の訓練に参加させて欲しいと」

 「へぇー、そうなんですねー」

 カールは内心呆れていた。何でも、サリーナは侍女を引き受ける代わりに隠密騎士の訓練を受けさせろ、と駄々を捏ねたらしい。

 「申し訳ないです、ジルベリク殿」

 それは流石にバルナールもサリーナの我儘だと思っていたらしく、眉を下げている。ジルベリクは肩を竦めた。

 「まあ、何とか諦めさせるようにしましょう」

 ――ふうん?

 これはちょっとした収穫かも知れない、とカールは思う。
 バルナール・コジー男爵の養女であることに加え、マリアージュ姫の専属侍女としての抜擢、そして特別待遇――サリーナはそう遠くない内に軋轢を生むに違いない。

 ――だからこそ、付け入る隙が出来るんだけどね。

 カールが冷酷に計算していると、ジルベリクがある扉を開け、「ここがお前の部屋だ」と言う。いつの間にか割り当てられた部屋へ来ていたらしい。

 中へ招き入れられたカールが荷物を下ろすと、ジルベリクは扉を閉めた。

 「さて……カール、話があるのだが」

 「何でしょうかー?」

 「……さっきも思ったが。その気が抜けるような、間延びした口調は生まれつきのものか?」

 「ああー、何時の間にかこうなってましたー」

 へらり、と笑うとジルベリクは何とも言えない表情になった。

 「そ、そうか」

 「話ってそれだけですかー?」

 「いや、その……読唇術は得意か?」

 『大丈夫ですよー』

 どうやら屋敷内であっても他人に聞かせられない話のようだ。人並みに出来る事を示す為、声を出さない会話に切り替えたカール。ジルベリクは一つ頷いて、同じように口を動かした。

 『言いにくいのだが、ヘルムの本当の死因については聞いているか?』

 『……ええ、ヘルム君も大変なことを仕出かしたものですー』

 『蛇ノ庄でも聞かされただろうが、表向きは殉死扱い。緘口令が敷かれているので真実は他言無用だ。だが、何となく感づいている者も居る。蛇ノ庄の出というだけで色々理不尽なこともあるかも知れない』

 「その時は迷わず私に言うように」

 「ありがとうございますー」

 肉声に切り替えたジルベリクに肉声でお礼を言うと、ジルベリクは労わるようにカールの肩にポンと手を置いて小さく微笑む。
 その後は、王都の屋敷での仕事内容や、食事時間、訓練時間等の決まり事について一通り説明を受ける。

 「他に何か不明な点はあるか?」

 「いえ、ありませんー」

 「では俺は行く。また夕食時に。それと……ロザリー叔母上の事だが。急病であっという間だったそうだな。お悔やみ申し上げる」

 母ロザリーへの追悼の言葉を聞いた瞬間、カールは奥歯をぎり、と噛み締めた。
 鳥ノ庄は隠密騎士を率いる筆頭であり、母ロザリーは現鳥ノ庄当主の妹に当たる。結局スヴェン達は蛇ノ庄を守るため保身に走り、母の死因を隠蔽し、そう言うことにしたのだろう。
 カールは顔中の筋肉を動員して無理やり笑顔を作った。

 「……ご丁寧にありがとうございますー。いつか母の墓参りに来て下されば嬉しいですー」

 「ああ、まとまった休暇があればきっと。墓参りと言えば、父の手紙には、何度も花を手向けに行きたいと申し入れしているが、流行り病の危険性から人の出入りを制限しているとあったが……もう大丈夫なのか?」

 「……ええ、もう問題無い筈ですー。でないと僕も王都に来られませんよねー?」

 「それもそうだな。分かった」

 父にもそう伝えておこうと会釈して、ジルベリクはカールの部屋から出て行く。鳥ノ庄当主が墓参りに来れば、きっと蛇ノ庄の異常を察知することだろう。
 部屋に残されたカールは一人ごちる。

 「庭師仕事は良いとしてー……」

 薬草畑を世話して来た実績があるので、庭仕事には自信があった。問題は訓練だろう。
 カールの傷は塞がり切っていない。が、それを馬鹿正直に言えば原因を追究される。話す訳にはいかない。包帯をきつく締め、暫くは手を抜いて程々にやるべきだろう。

 「後は――人間関係かぁ」

 サリーナもそうだが、カールは時期外れで王都にやってきた新参者である。夕食時に同僚となる隠密騎士達との顔合わせがあるらしいが、既に出来上がっている人間関係の中に放り出されるのはなかなか辛いものがある。
 それに、先程のジルベリクの言葉からして、人間関係は最初から厳しいものになる可能性が高い。

 ……というカールの予想は当たっていたようで。

 「お前、隠密騎士舐めてんのか?」

 「気味悪ぃな。へらへらしやがって」

 案の定、数日経たずして――カールは同僚達からつま弾きに遭うこととなったのである。
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