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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【16】

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 だが、それは裏を返せば相手が自分のことを意識しているということだ。
 スヴェンに一矢報いる為には、カールは王都で立場と信頼を確保して出世せねばならない。

 考えを巡らせる――手っ取り早いのは、既に信頼を得ている者に近付いて取り入ることだ。既にマリアージュ姫の専属となっている馬ノ庄の兄弟などはどうだろう。馬ノ庄を快く思っていないスヴェンに対する良い意趣返しにもなる。
 となれば、マリアージュ姫付きの侍女になることが決まっているサリーナ・コジーを篭絡しておけば、後々カールの助けになってくれるだろう。

 カールは笑みを絶やさず、旅の道中甲斐甲斐しくサリーナの世話を焼いた。理由を付けて御者を買って出、女子供が好みそうな菓子を買い与える。
 塩対応されてもめげずに話しかけ、会話からサリーナの為人を探った。

 「サリーナはさー、カメリア様の代わりに行くんだったらきっとお子様達の面倒を見る事になったりするよねー?」

 不安だったりしないー? と問いかけるカールに、いえ……と言葉を濁すサリーナ。

 「僕はさー、殉職したっていうヘルム君の代わりに行かされるんだー。何だか親近感が湧くねー」

 「私は父に憧れて隠密騎士を目指していたのでカールが羨ましいですね。カールこそ不安ではないのですか?」

 ――成程、ね。

 カールの努力の甲斐あってか、サリーナの態度はある程度軟化していたようだ。
 初対面で冷たい態度を取っていた理由。成程、サリーナは女だてらに隠密騎士になりたかったのかと理解する。それが、侍女という不本意な立場を命じられて不貞腐れているのだ。
 きっとカールが隠密騎士らしからぬ軽薄な態度でへらへらと挨拶をしたものだから、「何でこんな奴が隠密騎士になれるのか」と怒りを覚え八つ当たりしてきたのだろう。

 「サリーナには悪いけどさー。隠密騎士って死と隣り合わせの仕事だし碌でもないよー? 裏を返せばいつ死んでも構わない存在って事だしねー、侍女の方が絶対良いと思うよー」

 理由が判明してしまえば、カールこそサリーナに文句を言いたくなった。
 父への、隠密騎士への憧れを口にする獅子ノ庄のお嬢様は、かつてのカールのように純粋で真っ直ぐな瞳をしていた。
 隠密騎士の闇を知らないでいることは直ぐに分かった。自分がどんなに恵まれているか、またどんなに身の程知らずで傲慢なのかを理解していない。
 カールこそ不安ではないかとの問いに関してだが――そもそも信頼のあるコジー夫人の孫娘サリーナと裏切り者ヘルムの従兄弟カールの立場は天と地程にも違う。

 「で、さっきの不安だけど、そのどれも死を考えたら大した事なくないー?」

 「では、死は不安ではないのですか?」

 前提として未来に生と希望があるからこそ、人間関係だの何だのの不安も出来るものだということをサリーナは分かっていない、とカールは思う。

 「うん、不安じゃないよー……ちっともね」

 カール自身はにこりと微笑んだつもりだったが、サリーナは気圧されたように固まっていた。
 少し感情を出し過ぎていたのかも知れない、と内心苦笑いして前を向く。案の定、背後からはほっとしたような気配が伝わって来た。
 カールは御者台で手綱を握り、道の先を見つめる。

 カールの行きつく先は不安を抱くことすら無意味な死があるのみ。


***


 道中、休憩や宿泊を取りつつ進む。
 時折物取りや野党が現れることもあったが、全てカールが秘密裏に片付けた。
 因みにサリーナは気付きもしなかったようだ。可哀想だが、隠密騎士としては失格だなとカールは思う。

 宿で包帯を取り換える。傷はだんだん瘡蓋が出来てきていたが、動いたせいでなかなか治りが悪い。だが、無理さえしなければ大丈夫だろう。

 そうして辿り着いた王都郊外にある、キャンディ伯爵家の邸宅。
 入り口から一番近い建物まで相当距離があり、カールはその邸宅の規模の大きさと壮麗さに驚いていた。サリーナも同様で、ぽかんと口を開けている。
 門番に取次ぎを頼むと、馬車の通過を許された。
 建物に近付くと、こちらですと手を振る使用人の姿。その誘導に従ってカールは馬車を停める。
御者台から降りてサリーナをエスコートすると、立派な身形をした壮年の男性が進み出た。

 「カール・リザヒル殿、そしてサリーナ。キャンディ伯爵家にようこそ。私はバルナール・コジー。このお屋敷では政務官長として旦那様のお手伝いをしています」

 流石に身内であるサリーナがいるからか、バルナール・コジー現男爵が直々に出迎えに出て来たことに驚いた。
 カールは好印象を与えるよう、礼を述べて会釈する。サリーナは男爵のことをお義父様と呼んで挨拶を交わし、嬉しそうにしていた。
 そこへ侍女頭マリエッテ・メレンが名乗って進み出て、サリーナと挨拶を交わす。その後彼女を伴って歩き出した。
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