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鶏蛇竜のカール。
鶏蛇竜は暁を待つ。【15】
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城の謁見室。
目の前の玉座には、領都アルジャヴリヨンを統治しているキャンディ前伯爵――大殿ジャルダン様が威風堂々たる佇まいで座していた。
現キャンディ伯爵当主に受け継がれたという蜜色の瞳が、まるで太陽神の眼差しの如くカールの心を見透かすようにじっと見つめる。
それを居心地悪く感じながら、騎士としての正装を身に纏ったカールは騎士の礼を取った。
「リザヒル家のカール。そなたが短い期間で厳しい修行に耐え抜き、既に見習いの域を超えた実力を有していること、蛇ノ庄からの報告で聞き及んでいる。大義であった。これよりは当家の為に力を尽くして欲しいと願って止まぬ」
――厳しい修行? そんな生易しいものではない。
蛇ノ庄の現状を知らない癖に――そんな憤りをおくびにも出さず、カールは恭しく頭を垂れる。
「はっ、必ずやご期待に叶うよう励みます!」
「うむ、良い返事だ」
満足そうに頷く大殿ジャルダン様。
傍に控えていたエドガール・コジー前男爵がそれでは、と口を開く。
「貴方はこれより王都の屋敷で庭師見習いとしてお仕えすることになります。見習いが取れて正式な隠密騎士として認められた後、希望や実力に応じて配属が決まることになるでしょう。
これより大旦那様より武器と二つ名を授与されます。見習い期間が終わり次第、二つ名『鶏蛇竜』を名乗るように」
「っ……ありがたき幸せにございます」
その二つ名を聞いた瞬間、カールの心がどきりとした。
複雑な気持ちが入り乱れる。
蛇ノ庄の父、鳥ノ庄の母。
その間に生まれたということで鶏と蛇を融合させたような怪物、『鶏蛇竜』と決めたのだろうが――伝承によっては蛇を喰らうものと伝えられていると聞く。
蛇ノ庄を潰したいという願いを持つ自分に相応しい運命的な二つ名に思えていた。
カールは傷の痛みを堪えながら、微笑みを浮かべた。
ジャルダン様がカールの得意とする武器、手甲爪を手ずからカールに下賜するべく近付いて来る。
――どうする。
大殿に直接蛇ノ庄の現状を訴えるならば今が好機に違いない。
それを恭しく受け取ろうとした瞬間、カールは逡巡した。
「大殿、」
「ん? 如何したのだ?」
「恐れながら……」
カールはじっとジャルダン様の目を見つめる。
いや、無理だ。そう思い直す。
蛇ノ庄内の問題は蛇ノ庄内で解決、もしくは隠密騎士を取りまとめてきた鳥ノ庄に訴えるのが筋だ。
訴えるにしろ、今のカールには信用されるだけの実績も何もない。
訝し気にするジャルダン様に、カールは傷口の痛みを耐えながら微笑みを浮かべた。
「いえ……『鶏蛇竜』――良き二つ名を頂き、感謝致します」
「そうか。カール・リザヒルよ。蛇ノ庄は立て続けに不幸に見舞われたが、そなたの行く道が太陽神の光に照らされんことを。今後の未来が明るいものになることを願っている」
「……勿体なきお言葉」
カールはそれは無理だと思う。自分に望まれているのは贖罪の為の死のみ。
自分は既に闇夜を彷徨う怪物であり、太陽の下に出ることは許されないのだから。
謁見が終わり、無事二つ名も与えられたカールは、下賜された武器を横に放ってベッドに寝転ぶ。
かつてのカールであったならば、主家の大殿に武器と二つ名を賜るこの場に喜びを以って臨んたことだろう。
「下らない……」
下賜された武器に顔を向ける。
隠密騎士なんて、所詮は殺し屋だ。主家の為に影で手を汚すだけの存在。
これもその為だけの道具に過ぎないのだ。
死んだ筈の人としてのカールの声が、心の闇の奥底から響いて来る。
カールは耳を塞いで眠りに落ちた。
***
王都への出立の朝は嫌になる程の快晴。
陽気な仮面を貼り付けたカールは、馬車の御者台でやってきたその女性に手を振った。
「どうもー、カール・リザヒルですー! 山猫ちゃんの噂は聞いてるよー。道中宜しくねー?」
焦げ茶色の髪と瞳をした娘は、そんなカールににこりともせず慇懃に淑女の礼を取る。
「……サリーナ・コジーと申します。コジー男爵家の養子になりましたのでもう山猫ではありません、お間違え無きよう」
旅立ちにあたり、連れて来られた同行者――サリーナ・コジーは愛想のない娘だった。
返事に込められた感情の冷たさに、カールは「ごめんねー」と飄々と肩を竦める。
一瞬だが、ぎろりと睨まれたのは気のせいじゃないだろう。
どうもカールに対する印象は最悪のようだ。あまり仲良くなれそうにない。
目の前の玉座には、領都アルジャヴリヨンを統治しているキャンディ前伯爵――大殿ジャルダン様が威風堂々たる佇まいで座していた。
現キャンディ伯爵当主に受け継がれたという蜜色の瞳が、まるで太陽神の眼差しの如くカールの心を見透かすようにじっと見つめる。
それを居心地悪く感じながら、騎士としての正装を身に纏ったカールは騎士の礼を取った。
「リザヒル家のカール。そなたが短い期間で厳しい修行に耐え抜き、既に見習いの域を超えた実力を有していること、蛇ノ庄からの報告で聞き及んでいる。大義であった。これよりは当家の為に力を尽くして欲しいと願って止まぬ」
――厳しい修行? そんな生易しいものではない。
蛇ノ庄の現状を知らない癖に――そんな憤りをおくびにも出さず、カールは恭しく頭を垂れる。
「はっ、必ずやご期待に叶うよう励みます!」
「うむ、良い返事だ」
満足そうに頷く大殿ジャルダン様。
傍に控えていたエドガール・コジー前男爵がそれでは、と口を開く。
「貴方はこれより王都の屋敷で庭師見習いとしてお仕えすることになります。見習いが取れて正式な隠密騎士として認められた後、希望や実力に応じて配属が決まることになるでしょう。
これより大旦那様より武器と二つ名を授与されます。見習い期間が終わり次第、二つ名『鶏蛇竜』を名乗るように」
「っ……ありがたき幸せにございます」
その二つ名を聞いた瞬間、カールの心がどきりとした。
複雑な気持ちが入り乱れる。
蛇ノ庄の父、鳥ノ庄の母。
その間に生まれたということで鶏と蛇を融合させたような怪物、『鶏蛇竜』と決めたのだろうが――伝承によっては蛇を喰らうものと伝えられていると聞く。
蛇ノ庄を潰したいという願いを持つ自分に相応しい運命的な二つ名に思えていた。
カールは傷の痛みを堪えながら、微笑みを浮かべた。
ジャルダン様がカールの得意とする武器、手甲爪を手ずからカールに下賜するべく近付いて来る。
――どうする。
大殿に直接蛇ノ庄の現状を訴えるならば今が好機に違いない。
それを恭しく受け取ろうとした瞬間、カールは逡巡した。
「大殿、」
「ん? 如何したのだ?」
「恐れながら……」
カールはじっとジャルダン様の目を見つめる。
いや、無理だ。そう思い直す。
蛇ノ庄内の問題は蛇ノ庄内で解決、もしくは隠密騎士を取りまとめてきた鳥ノ庄に訴えるのが筋だ。
訴えるにしろ、今のカールには信用されるだけの実績も何もない。
訝し気にするジャルダン様に、カールは傷口の痛みを耐えながら微笑みを浮かべた。
「いえ……『鶏蛇竜』――良き二つ名を頂き、感謝致します」
「そうか。カール・リザヒルよ。蛇ノ庄は立て続けに不幸に見舞われたが、そなたの行く道が太陽神の光に照らされんことを。今後の未来が明るいものになることを願っている」
「……勿体なきお言葉」
カールはそれは無理だと思う。自分に望まれているのは贖罪の為の死のみ。
自分は既に闇夜を彷徨う怪物であり、太陽の下に出ることは許されないのだから。
謁見が終わり、無事二つ名も与えられたカールは、下賜された武器を横に放ってベッドに寝転ぶ。
かつてのカールであったならば、主家の大殿に武器と二つ名を賜るこの場に喜びを以って臨んたことだろう。
「下らない……」
下賜された武器に顔を向ける。
隠密騎士なんて、所詮は殺し屋だ。主家の為に影で手を汚すだけの存在。
これもその為だけの道具に過ぎないのだ。
死んだ筈の人としてのカールの声が、心の闇の奥底から響いて来る。
カールは耳を塞いで眠りに落ちた。
***
王都への出立の朝は嫌になる程の快晴。
陽気な仮面を貼り付けたカールは、馬車の御者台でやってきたその女性に手を振った。
「どうもー、カール・リザヒルですー! 山猫ちゃんの噂は聞いてるよー。道中宜しくねー?」
焦げ茶色の髪と瞳をした娘は、そんなカールににこりともせず慇懃に淑女の礼を取る。
「……サリーナ・コジーと申します。コジー男爵家の養子になりましたのでもう山猫ではありません、お間違え無きよう」
旅立ちにあたり、連れて来られた同行者――サリーナ・コジーは愛想のない娘だった。
返事に込められた感情の冷たさに、カールは「ごめんねー」と飄々と肩を竦める。
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