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鶏蛇竜のカール。
鶏蛇竜は暁を待つ。【11】
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いよいよだ、とカールは気を引き締めた。
冷静に自分の実力 を考えればまだスヴェンよりは低い。
それを埋める為には――知識と工夫が必要になる。
王都へ行く四日前の真夜中。カールは一人、調薬室に立っていた。
カンテラの灯りを頼りに薬を調合して行く。
「誰だ! ……と、カールか。どうしたのだ、このような夜更けに」
「ああ、父様こんばんはー。見ての通り薬を調合してるんですよー」
近い内に王都へ行かなければなりませんのでー、と振り返りもしないカール。
イーヴォは傍にやって来て、机に並べられたハーブ類に目を走らせる。
「トリカブト……見た所、毒薬も混じっているようだが」
「ええ、こちらは狩りに使おうと思ってるんですー」
王都に行く前に何か庄の皆にご馳走出来ればと思いましてー、と言うと、イーヴォはじっとカールの顔を見つめてくる。
カールはそこで顔を上げると、イーヴォに笑顔を返した。
「どうかしましたかー?」
「いや、その狩りに私も同行して構わないか?」
「勿論構いませんよー」
カールは承諾し、次の日の早朝イーヴォと共に狩りに出かけた。
勿論スヴェンには理由を話している。スヴェンの要求をほぼ満たしている今のカールに満足していたのだろう、狩りの許可はあっさりと下りた。
山に入って獣の痕跡を見つけて追いつつ、カールは山の幸である山菜やキノコを収穫していく。
罠を張り巡らせ、毒矢を使って得た収穫は熊と鹿が一頭ずつと、罠にかかった数匹の兎だった。
カールが獲物の見張りを買って出ると、イーヴォは頷いて蛇ノ庄に戻って行った。
一人になったカールは、山の恵みを採りつつ父親を待つ。
手にしたキノコを見つめ、カールは思う。
きっと父イーヴォはカールが大それたことを仕出かそうとしている、と疑っているのだろう。自分の企みを知ったら、どう出るのだろうか。
***
王都へ行く二日前。
蛇ノ庄ではカールの旅立ちを祝う宴会が開かれることとなった。
丁寧に血抜きがされ、捌かれた熊肉や鹿肉で作られた料理がテーブルに並ぶ。
カールは兎肉のシチューを作ることを買って出た。
カールが戦闘不能にした者の家族達から時折向けられる憎しみの籠った視線の中、カールは一人シチューを煮込む。
調理が終わり、器に盛って行く段階になってカールは不意にそれとは違う鋭い視線を感じた。
ちらりとそちらを見ると、父イーヴォが少し離れた場所からワインの杯を片手にこちらを窺っているようだった。
一番最初のスープはまず、蛇ノ庄当主に振る舞われる。
カールがそれを盛ってスヴェンのところへ向かおうとした時、イーヴォが酔っぱらたようにカールにぶつかって来た。
当然の如く持っていた器は落ち、スープがぶちまけられてしまう。
「おおっと済まないな、カール!」
「ちょっと、零れちゃったじゃないですかー!」
「ああ、私はお前が王都へ行くのが寂しいのだよ息子よ!」
そう言って酒臭い息と共にカールに抱き着いてくるイーヴォ。カールが慌てて父を抱き留めると、耳元で「下手なことはするな」と囁かれた。
カールは失望と共に「敵いませんねー、諦めますー」と囁き返す。
同時にその小瓶をイーヴォの手に滑り込ませた。
「僕も寂しいですよー」
――今日この瞬間、本当の意味で父親に裏切られて。
茶化したように言いながら、カールはイーヴォに決別の抱擁を返す。
改めてスープをつぎ直し、スヴェンの元へ持って行った。
先程の様子を見ていたのだろう、スヴェンはじろりとカールを睨む。
「小僧……毒など入ってはいないだろうな?」
「嫌だなぁ、入ってなんかいませんよー」
カールはスヴェンの目の前で毒味して見せる。ゆっくりとシチューを嚥下した。
「ほうら、大丈夫ですよー」
「ふん、少々の毒ならば効かぬ。イーヴォに感謝することだな」
「……勿論感謝していますともー」
カールは肩を竦めた。
その後、料理は蛇ノ庄の者達にも無事に配られる。余所余所しい雰囲気の中、宴会は滞りなく終了した。
***
その次の日の朝――カールが王都へ行く一日前。
イーヴォは二日酔いで起きて来なかった。
というのも、カールが次から次へとイーヴォに付きっ切りで酒を勧めて呑ませたからである。イーヴォもまた、カールを傍から離さなかった。
兄スヴェンを守っているのか、それともカールを憎む者達からの復讐を恐れたのか。
きっと両方なのだろう、と思う。
消化の良い麦粥と二日酔いに効く薬草茶を作って、カールはイーヴォを見舞った。
「大丈夫ですかー?」
「ああ、カール……ありがとう」
「明日の見送りの時とか、無理しなくても良いですからねー」
「いや、その時までには治すようにする……」
薬草茶を呷ったイーヴォは、その苦みに少し顔を顰めた後、カールに視線を向けた。
「……カール。王都へ行ったら、蛇ノ庄の贖罪や兄上の言葉など考えずに視野を広げなさい。信頼出来る仲間を作り、心を癒す――お前にはそれが必要だと私は思う」
「蛇の役目は放棄しろっていうことですかー?」
「実は、お前が庄を出るのと同時に私が名実共に蛇ノ庄当主となることになっている。兄上が何と言おうとも、隠密騎士全体で蛇の役目を担うように働きかけるつもりだ」
「それが出来れば良いんですけどねー」
皮肉気に笑うカール。イーヴォは麦粥に視線を落とした。
「出来るとも。お前は優しくて強い子だ。ヘルムの件で色々あるだろうが、きっと分かってくれる仲間は見つかると私は信じている」
「……ゆっくり休んでくださいねー」
カールはそれだけを言ってイーヴォの部屋から出る。
きっと、イーヴォはカールが諦めたと思っていることだろう。カールは本来の仕込みをする為に、厨房へとゆっくり歩みを進めて行った。
冷静に自分の実力 を考えればまだスヴェンよりは低い。
それを埋める為には――知識と工夫が必要になる。
王都へ行く四日前の真夜中。カールは一人、調薬室に立っていた。
カンテラの灯りを頼りに薬を調合して行く。
「誰だ! ……と、カールか。どうしたのだ、このような夜更けに」
「ああ、父様こんばんはー。見ての通り薬を調合してるんですよー」
近い内に王都へ行かなければなりませんのでー、と振り返りもしないカール。
イーヴォは傍にやって来て、机に並べられたハーブ類に目を走らせる。
「トリカブト……見た所、毒薬も混じっているようだが」
「ええ、こちらは狩りに使おうと思ってるんですー」
王都に行く前に何か庄の皆にご馳走出来ればと思いましてー、と言うと、イーヴォはじっとカールの顔を見つめてくる。
カールはそこで顔を上げると、イーヴォに笑顔を返した。
「どうかしましたかー?」
「いや、その狩りに私も同行して構わないか?」
「勿論構いませんよー」
カールは承諾し、次の日の早朝イーヴォと共に狩りに出かけた。
勿論スヴェンには理由を話している。スヴェンの要求をほぼ満たしている今のカールに満足していたのだろう、狩りの許可はあっさりと下りた。
山に入って獣の痕跡を見つけて追いつつ、カールは山の幸である山菜やキノコを収穫していく。
罠を張り巡らせ、毒矢を使って得た収穫は熊と鹿が一頭ずつと、罠にかかった数匹の兎だった。
カールが獲物の見張りを買って出ると、イーヴォは頷いて蛇ノ庄に戻って行った。
一人になったカールは、山の恵みを採りつつ父親を待つ。
手にしたキノコを見つめ、カールは思う。
きっと父イーヴォはカールが大それたことを仕出かそうとしている、と疑っているのだろう。自分の企みを知ったら、どう出るのだろうか。
***
王都へ行く二日前。
蛇ノ庄ではカールの旅立ちを祝う宴会が開かれることとなった。
丁寧に血抜きがされ、捌かれた熊肉や鹿肉で作られた料理がテーブルに並ぶ。
カールは兎肉のシチューを作ることを買って出た。
カールが戦闘不能にした者の家族達から時折向けられる憎しみの籠った視線の中、カールは一人シチューを煮込む。
調理が終わり、器に盛って行く段階になってカールは不意にそれとは違う鋭い視線を感じた。
ちらりとそちらを見ると、父イーヴォが少し離れた場所からワインの杯を片手にこちらを窺っているようだった。
一番最初のスープはまず、蛇ノ庄当主に振る舞われる。
カールがそれを盛ってスヴェンのところへ向かおうとした時、イーヴォが酔っぱらたようにカールにぶつかって来た。
当然の如く持っていた器は落ち、スープがぶちまけられてしまう。
「おおっと済まないな、カール!」
「ちょっと、零れちゃったじゃないですかー!」
「ああ、私はお前が王都へ行くのが寂しいのだよ息子よ!」
そう言って酒臭い息と共にカールに抱き着いてくるイーヴォ。カールが慌てて父を抱き留めると、耳元で「下手なことはするな」と囁かれた。
カールは失望と共に「敵いませんねー、諦めますー」と囁き返す。
同時にその小瓶をイーヴォの手に滑り込ませた。
「僕も寂しいですよー」
――今日この瞬間、本当の意味で父親に裏切られて。
茶化したように言いながら、カールはイーヴォに決別の抱擁を返す。
改めてスープをつぎ直し、スヴェンの元へ持って行った。
先程の様子を見ていたのだろう、スヴェンはじろりとカールを睨む。
「小僧……毒など入ってはいないだろうな?」
「嫌だなぁ、入ってなんかいませんよー」
カールはスヴェンの目の前で毒味して見せる。ゆっくりとシチューを嚥下した。
「ほうら、大丈夫ですよー」
「ふん、少々の毒ならば効かぬ。イーヴォに感謝することだな」
「……勿論感謝していますともー」
カールは肩を竦めた。
その後、料理は蛇ノ庄の者達にも無事に配られる。余所余所しい雰囲気の中、宴会は滞りなく終了した。
***
その次の日の朝――カールが王都へ行く一日前。
イーヴォは二日酔いで起きて来なかった。
というのも、カールが次から次へとイーヴォに付きっ切りで酒を勧めて呑ませたからである。イーヴォもまた、カールを傍から離さなかった。
兄スヴェンを守っているのか、それともカールを憎む者達からの復讐を恐れたのか。
きっと両方なのだろう、と思う。
消化の良い麦粥と二日酔いに効く薬草茶を作って、カールはイーヴォを見舞った。
「大丈夫ですかー?」
「ああ、カール……ありがとう」
「明日の見送りの時とか、無理しなくても良いですからねー」
「いや、その時までには治すようにする……」
薬草茶を呷ったイーヴォは、その苦みに少し顔を顰めた後、カールに視線を向けた。
「……カール。王都へ行ったら、蛇ノ庄の贖罪や兄上の言葉など考えずに視野を広げなさい。信頼出来る仲間を作り、心を癒す――お前にはそれが必要だと私は思う」
「蛇の役目は放棄しろっていうことですかー?」
「実は、お前が庄を出るのと同時に私が名実共に蛇ノ庄当主となることになっている。兄上が何と言おうとも、隠密騎士全体で蛇の役目を担うように働きかけるつもりだ」
「それが出来れば良いんですけどねー」
皮肉気に笑うカール。イーヴォは麦粥に視線を落とした。
「出来るとも。お前は優しくて強い子だ。ヘルムの件で色々あるだろうが、きっと分かってくれる仲間は見つかると私は信じている」
「……ゆっくり休んでくださいねー」
カールはそれだけを言ってイーヴォの部屋から出る。
きっと、イーヴォはカールが諦めたと思っていることだろう。カールは本来の仕込みをする為に、厨房へとゆっくり歩みを進めて行った。
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