63 / 110
鶏蛇竜のカール。
鶏蛇竜は暁を待つ。【10】
しおりを挟む
――ざく、ざく。
森の中、カールはイーヴォと埋葬の穴を掘る。
母ロザリーの亡骸は、イーヴォとカールの二人だけで葬ることとなった。
カールが一族の墓には葬りたくないと言うと、イーヴォは躊躇した後、「私も蛇ノ庄では外れ者だ。いずれロザリーと同じ場所に埋めて貰うことにしよう」と頷いた。
父は父なりに思うところがあるのだろう。
スヴェンは姿を見せなかったが、来たところでイーヴォもカールも参加を拒否したに違いない。
棺の中ではカールが野山や薬草畑からかき集めて来た花に埋もれた母ロザリーが、胸に蝶のペンダントを抱くように眠っている。
イーヴォが何かを囁き、口付けを落とす。カールは母の頬を撫で、ペンダントに悲しみの雫を落とした。
「さようなら……ありがとう」
棺を閉じ、墓穴に降ろして土くれを被せて行く。
土を被せ終わり、墓石を置いて花を手向けて祈りを捧げた頃にはすっかり夕方になっていた。
「カール、戻ろう」
「いえ。僕はもう少しここに居ます。花の種を撒きたいし、気が済むまで母様の冥福を祈りたいから」
「……分かった」
イーヴォが去った後、カールは墓前で一人祈る。
母ロザリーと共に、死んだ者がいるからそれを弔う為だ。
死んだのは過去の人間だったカールだった。
今ここにいるカールは化け物となったカールである。
「ふ、ふふふ……」
カールは泣きながら笑い、死んだ人間の自分と決別する。
母が自分に笑って生きて欲しいと望むのならば、そうしようとも。
血と怨嗟に塗れようとも、化け物ならば笑っていられるだろうから。
――母様、安心して。僕は笑って過ごすから。そしてきっと、そう遠くない日に僕もそっちへ行くよ。
一人、母の墓前でケタケタ笑っていると。
「悲しみにくれておると思っていたが、気が触れていたか……」
背後で僅かな足音と共に掛けられた言葉。
振り向くとスヴェンだった。いずれ殺す相手を認め、カールは尚も笑い続ける。
「酷いですねー。僕をこうしたのはスヴェン様じゃないですかぁー」
「私が?」
そうですよー、と間延びした話し方をしながらカールはへらりと笑う。
おかしくなったと思われているならそれはそれで構わない。これからの自分は、このままなのだから。
相手を小馬鹿にするようなふざけた言動は、相手を怒らせ冷静さを失わせるように仕向けると同時にこちらの感情の揺らぎを悟らせ難くする。
蛇の王たる相手を騙しきる為に、カールが考え抜いた擬態。
目の前の母の仇の顔が憎悪に、苦痛に歪むのを見たい。
「まあ、普通じゃやってらんないてことですよー。おかしくならない方がおかしい環境ですしー」
あははっ、とカールは笑う。
「ああでも、蛇として義務はちゃあんと果たしますのでー。スヴェン様が望まれているようにするので安心してくださいねー」
「……」
スヴェンの眉間に大きな皺が刻まれた。
カールは尚も続ける。
「ああ、一つだけお願いがー。母へ祈ろうとするのは金輪際止めて欲しいんですよー。母を手に掛けたスヴェン様にはその資格がありませんからー」
「……わかった。修行は明日からいつも通りに行う」
「分かりましたー。実は僕ー、蛇ノ庄に居るのが悲し過ぎるんで早く王都に行きたくなってたんですよねー」
カールは首を竦め、「明日も早そうですしー、僕は帰りますねー」と踵を返して歩き始める。
その背中を、スヴェンは油断なく観察するようにいつまでも見つめていた。
***
明くる日から、カールは変わった。
それまで拷問や訓練をしている時は無表情だったのが、へらへらと笑うようになった。相手の殺し方がより残虐になり、蛇ノ庄の若者達相手の組手でも、容赦なく攻撃し相手を戦闘不能に陥れるように。
スヴェンが懸念していた躊躇いが一切合切無くなったのである。
傍から見れば、カールはむしろ嬉々としてやっているように見えた。
蛇ノ庄の者達はカールを恐れたのか、敬遠するようになった。スヴェンはそんな甥に、漸く蛇としての自覚が出て来たかと満足気にしている。
一方、カール自身は王都行きの期間を早めること、そしてスヴェンを殺す為の技を習得する為に必死であった。
何かに打ち込んでいれば余計なことを考えずに済む。人としての残滓を振り切るように、カールは一心に厳しい修行に明け暮れる。
ただイーヴォだけが心を痛めた様子でカールを心配していた。
「カール……たまには調薬室に顔を見せないか。調薬を学びたいという子供達が増えてな、息抜きに教えているのだ。カールも教えてくれれば助かるのだが」
「んー……残念ですけど僕ー、もうじき王都に行くだろうからお断りしますー」
それに僕が行けば子供達の親は嫌がるでしょうしねー、とカールは笑みを崩さず続ける。
蛇の若者を戦闘不能にしたのは、蛇ノ庄を潰す為の布石に過ぎなかった。
彼らがお勤めを出来ない不自由な体になれば、蛇は今いる子供達が育つまで新たな隠密騎士を出せなくなる。
カールが叩きのめした若者達の家族から、スヴェンに苦情が行ったようだという話は聞いていた。
イーヴォの言う、調薬を学びたい者が増えたのはそういうことなのだろう。
さりとて、カールが冷酷無比な男になるように仕向けたスヴェンは口が裂けてもカールに手加減しろとは言えまい。精々が直々に戦闘訓練をつけるようにするだけだ。
カールはスヴェンを殺す機会が増えるし、スヴェンはカールを無事に王都へやらねばならない以上カールを殺すことも出来ない。
内側で殺意を研ぎ澄ませながら笑うカールに、イーヴォは痛まし気な光を瞳に浮かべるも、それ以上踏み込むこともなく「分かった。だが調薬の人手も足りないから、来てくれると私は嬉しいよ」と引き下がる。
そんな日々が過ぎ、カールはスヴェンに王都へ旅立つ日付を告げられた。
森の中、カールはイーヴォと埋葬の穴を掘る。
母ロザリーの亡骸は、イーヴォとカールの二人だけで葬ることとなった。
カールが一族の墓には葬りたくないと言うと、イーヴォは躊躇した後、「私も蛇ノ庄では外れ者だ。いずれロザリーと同じ場所に埋めて貰うことにしよう」と頷いた。
父は父なりに思うところがあるのだろう。
スヴェンは姿を見せなかったが、来たところでイーヴォもカールも参加を拒否したに違いない。
棺の中ではカールが野山や薬草畑からかき集めて来た花に埋もれた母ロザリーが、胸に蝶のペンダントを抱くように眠っている。
イーヴォが何かを囁き、口付けを落とす。カールは母の頬を撫で、ペンダントに悲しみの雫を落とした。
「さようなら……ありがとう」
棺を閉じ、墓穴に降ろして土くれを被せて行く。
土を被せ終わり、墓石を置いて花を手向けて祈りを捧げた頃にはすっかり夕方になっていた。
「カール、戻ろう」
「いえ。僕はもう少しここに居ます。花の種を撒きたいし、気が済むまで母様の冥福を祈りたいから」
「……分かった」
イーヴォが去った後、カールは墓前で一人祈る。
母ロザリーと共に、死んだ者がいるからそれを弔う為だ。
死んだのは過去の人間だったカールだった。
今ここにいるカールは化け物となったカールである。
「ふ、ふふふ……」
カールは泣きながら笑い、死んだ人間の自分と決別する。
母が自分に笑って生きて欲しいと望むのならば、そうしようとも。
血と怨嗟に塗れようとも、化け物ならば笑っていられるだろうから。
――母様、安心して。僕は笑って過ごすから。そしてきっと、そう遠くない日に僕もそっちへ行くよ。
一人、母の墓前でケタケタ笑っていると。
「悲しみにくれておると思っていたが、気が触れていたか……」
背後で僅かな足音と共に掛けられた言葉。
振り向くとスヴェンだった。いずれ殺す相手を認め、カールは尚も笑い続ける。
「酷いですねー。僕をこうしたのはスヴェン様じゃないですかぁー」
「私が?」
そうですよー、と間延びした話し方をしながらカールはへらりと笑う。
おかしくなったと思われているならそれはそれで構わない。これからの自分は、このままなのだから。
相手を小馬鹿にするようなふざけた言動は、相手を怒らせ冷静さを失わせるように仕向けると同時にこちらの感情の揺らぎを悟らせ難くする。
蛇の王たる相手を騙しきる為に、カールが考え抜いた擬態。
目の前の母の仇の顔が憎悪に、苦痛に歪むのを見たい。
「まあ、普通じゃやってらんないてことですよー。おかしくならない方がおかしい環境ですしー」
あははっ、とカールは笑う。
「ああでも、蛇として義務はちゃあんと果たしますのでー。スヴェン様が望まれているようにするので安心してくださいねー」
「……」
スヴェンの眉間に大きな皺が刻まれた。
カールは尚も続ける。
「ああ、一つだけお願いがー。母へ祈ろうとするのは金輪際止めて欲しいんですよー。母を手に掛けたスヴェン様にはその資格がありませんからー」
「……わかった。修行は明日からいつも通りに行う」
「分かりましたー。実は僕ー、蛇ノ庄に居るのが悲し過ぎるんで早く王都に行きたくなってたんですよねー」
カールは首を竦め、「明日も早そうですしー、僕は帰りますねー」と踵を返して歩き始める。
その背中を、スヴェンは油断なく観察するようにいつまでも見つめていた。
***
明くる日から、カールは変わった。
それまで拷問や訓練をしている時は無表情だったのが、へらへらと笑うようになった。相手の殺し方がより残虐になり、蛇ノ庄の若者達相手の組手でも、容赦なく攻撃し相手を戦闘不能に陥れるように。
スヴェンが懸念していた躊躇いが一切合切無くなったのである。
傍から見れば、カールはむしろ嬉々としてやっているように見えた。
蛇ノ庄の者達はカールを恐れたのか、敬遠するようになった。スヴェンはそんな甥に、漸く蛇としての自覚が出て来たかと満足気にしている。
一方、カール自身は王都行きの期間を早めること、そしてスヴェンを殺す為の技を習得する為に必死であった。
何かに打ち込んでいれば余計なことを考えずに済む。人としての残滓を振り切るように、カールは一心に厳しい修行に明け暮れる。
ただイーヴォだけが心を痛めた様子でカールを心配していた。
「カール……たまには調薬室に顔を見せないか。調薬を学びたいという子供達が増えてな、息抜きに教えているのだ。カールも教えてくれれば助かるのだが」
「んー……残念ですけど僕ー、もうじき王都に行くだろうからお断りしますー」
それに僕が行けば子供達の親は嫌がるでしょうしねー、とカールは笑みを崩さず続ける。
蛇の若者を戦闘不能にしたのは、蛇ノ庄を潰す為の布石に過ぎなかった。
彼らがお勤めを出来ない不自由な体になれば、蛇は今いる子供達が育つまで新たな隠密騎士を出せなくなる。
カールが叩きのめした若者達の家族から、スヴェンに苦情が行ったようだという話は聞いていた。
イーヴォの言う、調薬を学びたい者が増えたのはそういうことなのだろう。
さりとて、カールが冷酷無比な男になるように仕向けたスヴェンは口が裂けてもカールに手加減しろとは言えまい。精々が直々に戦闘訓練をつけるようにするだけだ。
カールはスヴェンを殺す機会が増えるし、スヴェンはカールを無事に王都へやらねばならない以上カールを殺すことも出来ない。
内側で殺意を研ぎ澄ませながら笑うカールに、イーヴォは痛まし気な光を瞳に浮かべるも、それ以上踏み込むこともなく「分かった。だが調薬の人手も足りないから、来てくれると私は嬉しいよ」と引き下がる。
そんな日々が過ぎ、カールはスヴェンに王都へ旅立つ日付を告げられた。
30
お気に入りに追加
638
あなたにおすすめの小説
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅
散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー
2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。
人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。
主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる