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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【10】

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 ――ざく、ざく。

 森の中、カールはイーヴォと埋葬の穴を掘る。

 母ロザリーの亡骸は、イーヴォとカールの二人だけで葬ることとなった。
 カールが一族の墓には葬りたくないと言うと、イーヴォは躊躇した後、「私も蛇ノ庄では外れ者だ。いずれロザリーと同じ場所に埋めて貰うことにしよう」と頷いた。
 父は父なりに思うところがあるのだろう。
 スヴェンは姿を見せなかったが、来たところでイーヴォもカールも参加を拒否したに違いない。

 棺の中ではカールが野山や薬草畑からかき集めて来た花に埋もれた母ロザリーが、胸に蝶のペンダントを抱くように眠っている。
 イーヴォが何かを囁き、口付けを落とす。カールは母の頬を撫で、ペンダントに悲しみの雫を落とした。

 「さようなら……ありがとう」

 棺を閉じ、墓穴に降ろして土くれを被せて行く。
 土を被せ終わり、墓石を置いて花を手向けて祈りを捧げた頃にはすっかり夕方になっていた。

 「カール、戻ろう」

 「いえ。僕はもう少しここに居ます。花の種を撒きたいし、気が済むまで母様の冥福を祈りたいから」

 「……分かった」

 イーヴォが去った後、カールは墓前で一人祈る。
 母ロザリーと共に、死んだ者がいるからそれを弔う為だ。
 死んだのは過去の人間だったカールだった。
 今ここにいるカールは化け物となったカールである。

 「ふ、ふふふ……」

 カールは泣きながら笑い、死んだ人間の自分と決別する。
 母が自分に笑って生きて欲しいと望むのならば、そうしようとも。
 血と怨嗟に塗れようとも、化け物ならば笑っていられるだろうから。

 ――母様、安心して。僕は笑って過ごすから。そしてきっと、そう遠くない日に僕もそっちへ行くよ。

 一人、母の墓前でケタケタ笑っていると。

 「悲しみにくれておると思っていたが、気が触れていたか……」

 背後で僅かな足音と共に掛けられた言葉。
 振り向くとスヴェンだった。いずれ殺す相手を認め、カールは尚も笑い続ける。

 「酷いですねー。僕をこうしたのはスヴェン様じゃないですかぁー」

 「私が?」

 そうですよー、と間延びした話し方をしながらカールはへらりと笑う。
 おかしくなったと思われているならそれはそれで構わない。これからの自分は、このままなのだから。
 相手を小馬鹿にするようなふざけた言動は、相手を怒らせ冷静さを失わせるように仕向けると同時にこちらの感情の揺らぎを悟らせ難くする。
 蛇の王たる相手を騙しきる為に、カールが考え抜いた擬態。

 目の前の母の仇の顔が憎悪に、苦痛に歪むのを見たい。

 「まあ、普通じゃやってらんないてことですよー。おかしくならない方がおかしい環境ですしー」

 あははっ、とカールは笑う。

 「ああでも、蛇として義務はちゃあんと果たしますのでー。スヴェン様が望まれているようにするので安心してくださいねー」

 「……」

 スヴェンの眉間に大きな皺が刻まれた。
 カールは尚も続ける。

 「ああ、一つだけお願いがー。母へ祈ろうとするのは金輪際止めて欲しいんですよー。母を手に掛けたスヴェン様にはその資格がありませんからー」

 「……わかった。修行は明日からいつも通りに行う」

 「分かりましたー。実は僕ー、蛇ノ庄に居るのが悲し過ぎるんで早く王都に行きたくなってたんですよねー」

 カールは首を竦め、「明日も早そうですしー、僕は帰りますねー」と踵を返して歩き始める。
 その背中を、スヴェンは油断なく観察するようにいつまでも見つめていた。


***


 明くる日から、カールは変わった。

 それまで拷問や訓練をしている時は無表情だったのが、へらへらと笑うようになった。相手の殺し方がより残虐になり、蛇ノ庄の若者達相手の組手でも、容赦なく攻撃し相手を戦闘不能に陥れるように。
 スヴェンが懸念していた躊躇いが一切合切無くなったのである。

 傍から見れば、カールはむしろ嬉々としてやっているように見えた。
 蛇ノ庄の者達はカールを恐れたのか、敬遠するようになった。スヴェンはそんな甥に、漸く蛇としての自覚が出て来たかと満足気にしている。
 一方、カール自身は王都行きの期間を早めること、そしてスヴェンを殺す為の技を習得する為に必死であった。
 何かに打ち込んでいれば余計なことを考えずに済む。人としての残滓を振り切るように、カールは一心に厳しい修行に明け暮れる。
 ただイーヴォだけが心を痛めた様子でカールを心配していた。

 「カール……たまには調薬室に顔を見せないか。調薬を学びたいという子供達が増えてな、息抜きに教えているのだ。カールも教えてくれれば助かるのだが」

 「んー……残念ですけど僕ー、もうじき王都に行くだろうからお断りしますー」

 それに僕が行けば子供達の親は嫌がるでしょうしねー、とカールは笑みを崩さず続ける。

 蛇の若者を戦闘不能にしたのは、蛇ノ庄を潰す為の布石に過ぎなかった。
 彼らがお勤めを出来ない不自由な体になれば、蛇は今いる子供達が育つまで新たな隠密騎士を出せなくなる。

 カールが叩きのめした若者達の家族から、スヴェンに苦情が行ったようだという話は聞いていた。
 イーヴォの言う、調薬を学びたい者が増えたのはそういうことなのだろう。
 さりとて、カールが冷酷無比な男になるように仕向けたスヴェンは口が裂けてもカールに手加減しろとは言えまい。精々が直々に戦闘訓練をつけるようにするだけだ。
 カールはスヴェンを殺す機会が増えるし、スヴェンはカールを無事に王都へやらねばならない以上カールを殺すことも出来ない。

 内側で殺意を研ぎ澄ませながら笑うカールに、イーヴォは痛まし気な光を瞳に浮かべるも、それ以上踏み込むこともなく「分かった。だが調薬の人手も足りないから、来てくれると私は嬉しいよ」と引き下がる。

 そんな日々が過ぎ、カールはスヴェンに王都へ旅立つ日付を告げられた。
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