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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【3】

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 「カールが心優しい息子に育ってくれて私も嬉しい。だが、自分の代わりに誰かが手を汚している事を忘れてはならないよ。
 隠密騎士の仲間達は私が蛇ノ庄出らしからぬ優しい人間だと言ったが、その分兄のスヴェンが手を血に染めている。兄からすれば私は臆病で卑怯な人間だ。だからせめて、事ある時は兄の代わりに死ぬ覚悟をしている。蛇ノ隠密騎士の道は暗く冷たく、そして厳し過ぎる道だ。カールはいっそ、鳥ノ庄へ行った方が良いのかも知れないな。半分は鳥ノ庄の血を引いているのだから」

 「……それは」

 父の偽らざる本音にカールは言葉を詰まらせる。
 その時、道場の扉が叩かれた。

 「あなた、カール。食事の準備が出来ましたよ」

 聞こえて来たのは母ロザリーの声。
 お前にはお前の人生があり、どう生きるかをよく考えなさい。
 そう言ってイーヴォはカールの頭をくしゃくしゃと撫でる。
 そして「今行く」と返事をして立ち上がった。


***


 「自分の代わりに誰かが手を汚している、か……」

 食事を終えた後、カールは自室で一人呟いた。冷徹で厳格な、蛇ノ庄の当主スヴェンを脳裏に思い浮かべる。
 父イーヴォは、万が一の時に当主になる覚悟、ではなく当主の代わりに死ぬ覚悟、と言った。
 代替わりすればヘルムが蛇ノ庄の当主になるだろう。その時、自分にヘルムの為に死ぬ覚悟が出来るか。
 そう考えた時、眉根に皺が出来る。

 「……無理かも」

 表立って喧嘩はしなかったものの、カールはヘルムのことがあまり好きではなかった。

 ヘルムの母親であるデボラ夫人は何かと母ロザリーとカールを目の仇にして虐めてきたし、ヘルムも何かとカールに突っかかるのである。
 試合の時、危うく殺されそうになったこともある。しかしカールが試合でヘルムに敵わないと見るや、ヘルムは何かとカールを見下すようになった。そればかりか父イーヴォの事も馬鹿にしてきたのである。
 将来自分が蛇ノ庄当主になった時に、イーヴォと同じように薬の調合で金を稼いで役に立て、と。
 臆病で卑怯なお前達は隠密騎士としてはどうせ出世出来ないだろうから、と。

 以前カールが父イーヴォにヘルムの言動を許すのかと訊いた時、そう言われても仕方ないと苦笑を浮かべていたが、あれは蛇ノ庄当主スヴェンに対する罪悪感からだったのだろう。
 だから父イーヴォは自分の人生をどう生きるかをじっくり考えろ、と言ったのだ。
 ヘルムの為に死ぬことが出来ないのなら、隠密騎士としてそこそこの働きを見せ、認められなければならないだろう。
 それか、父イーヴォの言うよう母ロザリーの伝手で鳥ノ庄に受け入れて貰うか。
 自分の性格的にはその方が良いのかも知れない、とカールが考えた時。不意に階下が騒がしくなった。
 こんな時間に誰が来たのだろう?

 「代わりに私が王都へ参ります!」

 カールが階下に降りて行くと、父イーヴォが珍しく声を荒げている光景に出くわした。

 「イーヴォよ、ことがことだ。これは他でもない当主たる私の責任――お前が行けば、却って疑いを招くことになるであろう」

 「しかし兄上は蛇ノ庄に必要なお方です、当主の弟の首であれば面目も立ちましょう!」

 来客は蛇ノ庄当主、カールの伯父スヴェンだった。何故か旅装をしている。母ロザリーが玄関の片隅でハラハラとした様子で彼らを見つめていた。
 先程の台詞からすれば、王都へ行くのだろうか。
 『当主の弟の首』――明らかにただ事ではない物騒な言葉に、カールは思わず階段の途中で歩みを止める。

 「父様、スヴェン様――これは一体」

 「小僧か」

 「カール、下がっていなさい!」

 「待て、イーヴォ。こやつも当事者になるのだから伝えておくべきであろう。小僧、ヘルムが裏切りの大罪を犯した。私は首を差し出す覚悟で王都の屋敷へヘルムの遺体を迎えに参る。私が死すればイーヴォが次の蛇の当主。これまでは目を瞑って来たが、今後は薬にかまけるような甘ったれた生活は出来ぬと思え」

 「兄上、私には当主など務まりません!」

 「務まる務まらぬの問題ではない。務めてみせなければならないのだ、イーヴォ」

 「兄上……」

 「既にデボラには暇を出しておる。ヘルムの葬儀が終わり次第、あれは郷里へ戻ることになっている。私が居ない間、後を頼む」

 「罪をお一人で被るおつもりですか?」

 「……場合によっては家ごとお取り潰しになる覚悟だけはしておけ」

 その言葉に父イーヴォは母ロザリーを振り返った。
 緊張が限界を迎えたのか、小刻みに震えていた母ロザリーの体が不意に糸が切れた様に崩れ落ち――イーヴォが慌ててそれを抱き留める。
 スヴェンは知らせは寄越す、とだけ言って、家を出て行った。
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