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山猫のサリーナ。

山猫娘の見る夢は。【16】

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 「はあ、何故あんたが……」

 「――よろしくお願いします。複数相手の訓練はあまり経験が無いので」

 戸惑う相手にサリーナは問答無用で武器を構えた。
 相手は二人の見習い、確か牛ノ庄と猿ノ庄の者。

 「待て、訓練を積んだとはいえ女が男二人を相手取るつもりか!?」

 「サリーナ、何を考えている!」

 ジルベリクと叔父のレオポールが声を上げる。サリーナは彼らを見詰めると、片膝をついて騎士の所作を取った。

 「……ジルベリク様、そしてレオポール叔父様。お願いがあります。もし、この二人を同時に相手取って打ち負かす事が出来たら、私を隠密騎士見習いとしてサイモン様に推挙して頂けないでしょうか?」

 「サリーナ! ここは獅子ノ庄じゃないんだぞ!」

 「――どういう事だ?」

 叔父は流石に非難の眼差しを向けて来たが、ジルベリクは腕を組み話を聞いてくれるようだった。その場に居る隠密騎士全員の視線がサリーナ達に突き刺さる。

 「私は、そもそも隠密騎士になりたかったのです。しかし女と言うだけでなれないと言われ続けました。しかし私はそうは思いません。実力さえ示せば女だって隠密騎士になれる、そう信じています」

 「……分かった」

 「なっ、ジルベリク様!?」

 あっさりと承諾したジルベリクに叔父がぎょっとしたように声を上げる。ジルベリクは「この様子じゃ言っても聞くまい」と首を振った。

 「レオポール、一度現実を見せて納得させた方が良いだろう。猛牛に魔猿、サリーナと戦ってやれ。負けたら相応の覚悟をして貰うからな」

 「相応の覚悟!? いきなり何を言い出すんですかジルベリク様!」

 「それに相手は女ですよ!」

 サリーナと本気で戦えと命じられた二人はぎょっとしたように異を唱える。

 「殺さなければ良い。手加減は一切するな」

 ジルベリクは言って、試すようにこちらを見た。

 ――その程度で怖気おじけ付くと思われているのかしら。

 少しプライドが傷ついたサリーナは内心ムッとする。

 「それはこちらも望む所です。病み上がりの者に二人がかりで戦えるのに女に対して出来ないなんておっしゃいませんよね?」

 意趣返しのつもりで挑発すると、それまで乗り気でなさそうだった二人の表情が険しくなった。

 「何だと……?」

 「勇気は認めるが、身の程知らずの挑発は無謀と言うんだ。良いだろう、望み通りに本気で戦ってやる」

 二人の隠密騎士見習いはめいめい武器を構える。サリーナもそれに倣った。

 「審判は俺がやろう。準備は良いか? では、いざ……始め!」

 ジルベリクの号令が下される。
 サリーナの運命を賭けた戦いが始まった。


***


 相手は二人。囲まれたら不利だ。

 猛牛のウルリアンウルリアン・ナグリの武器は槍、そして魔猿のジークラスジークラス・ヴァトゥクバーのそれは鎖鎌。
 練習用の獲物で刃は潰してあるとはいえ、本気の一撃を受ければ怪我は免れないだろう。

 近くには壁も無い。取るべき作戦は――片方を一撃で戦闘不能にすること。

 サリーナは先に猛牛の方へ大地を蹴った。
 一瞬で鋭い槍の突き攻撃が向かってくる。

 自分の身体にその攻撃が肉薄する刹那、サリーナはギリギリの動きでそれを躱す。ウルリアンは大柄である。
 力こそはあるが、サリーナの自慢の素早さとは相性が悪かった。

 相手の懐に潜り込んだサリーナは手甲武器で首筋を打とうとした。
 しかしすんでの所で転がって逃げる猛牛のウルリアン。

 ――ちっ、外したか。

 尚も追撃をしようとすると、右手に何かが巻き付いた。

 「おっと、俺も居る事を忘れて貰っちゃ困るぜ!」

 ジークラスの台詞を聞き終わらぬ内にサリーナは飛び退いた。一瞬の後、ウルリアンの攻撃が掠める。
 鎖を手繰り寄せ、ジークラスに肉薄すると蹴りを放つ。
 それは綺麗に鳩尾に決まり、ジークラスは鎖鎌から手を離して呻くと後ろへ倒れ込んだ。

 その隙を逃さず槍の穂先が迫る。サリーナはひらりと躱して鎖鎌をウルリアンに投げた。
 猛牛を絡め取る鎖。サリーナは一撃を当てるべく肉薄するも――。

 「きゃっ!?」

 足元に絡みつく何かにサリーナはどう、と倒れ込んでしまう。
 背中にズン、とかかる重み。同時に首元に冷たいものを感じた。

 「甘いな。鎖は一つだけだと思ったか? これでチェックメイトだ」

 「勝負あり――そこまで!」

 ジルベリクが試合の終了を告げる。勝負はついてしまったのだ。

 「……参りました」

 サリーナは素直に負けを認めた。武器が納められ、背後の重みが無くなる。
 体を起こしたサリーナが足元に絡まった鎖を外そうとしていると、魔猿のジークラスがふん、と鼻を鳴らした。

 「餓鬼じゃあるまいし、男に勝てると思ってるのがそもそもの間違いなんだよ。だいたい女の癖に男の修行に混じって来ていたのがおかしかったんだ」

 吐き捨てるように言われた言葉にサリーナはカッとなった。

 「な、何ですって……?」

 ――先程自分の蹴りで倒されかけた癖に!

 一対一であったなら、絶対勝てていた。
 サリーナにはその確信があった。何を偉そうに、と魔猿のジークラスを睨みつける。

 しかし。

 「残念ながら、その通りだサリーナ」

 「叔父様……?」

 横から割り込んだ声に、サリーナは横っ面を叩かれたような衝撃を受ける。

 「お前が侍女の中で一番強いのは分かっている。しかし、隠密騎士としては弱い方である事を知るべきだ。
 見習いが一人前になり、その先の成長をすれば、同じ時間修行をしていたとしてもお前は勝てなくなるだろう。
 それが男と女の差だ」

 「残酷な事を言うようだが、お前を相手してた者達が大なり小なり手加減をしていた事に気付いていたか? 無意識にでも相手が女だと思うと本気を出せないという意識が働くのだ」

 他ならぬ身内である叔父レオポールの言葉。従兄弟のオーギーが追い打ちをかける。

 「何ですか、それ……」

 裏切られた、と思った。

 山猫って二つ名で呼んでくれたのに。
 隠密騎士としてこの容姿が美徳だって言ってくれたのに。

 自分は何時だって本気で訓練に参加してきた。
 手を抜く事も無くひたすら武の技を磨こうと切磋琢磨する事を頑張って来た。

 それなのに、私はどうあがいたって隠密騎士にして貰えないのだ。

 「レオポール様がまともな考えで良かったですよ。女子供に務まるような仕事じゃないですしね」

 「皆、済まぬな。サリーナの事は甘やかせ過ぎたのかも知れん」

 余りのショックに呆然自失となった。魔猿のジークラスや叔父レオポールの声が耳から素通りしていく。
 肩に誰かの手が置かれた。はっとして振り向くと、猛牛のウルリアンが同情の眼差しを浮かべていた。

 「大言壮語するだけあって、あんたは確かに強かったよ。だが、俺達が侍女になろうとしてもなれないように、あんたが隠密騎士になろうとしてもなれないんだ。訓練への参加を許可されただけで満足するべきだ。諦めろ」

 ――

 その言葉がぐわんぐわんと脳裏に響く。体の震えが止まらない。
 サリーナの目の前が真っ暗になった。
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