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山猫のサリーナ。

山猫娘の見る夢は。【13】

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 「専属侍女になった以上はいずれ分かる事だろうから、最初に説明しておいた方が良いだろう。マリー様の事だ」

 「はい」

 歩きながら、ヨハン・シーヨクは語り始める。オーギーとの会話内容を知られた訳では無さそうである。
 サリーナは内心ほっとしながら相槌を打った。

 「マリー様は一風変わった、おかしな事ばかりなされるお方だと人には思われている。
 しかし、少し目端の利く者ならばマリー様が並々ならぬお方だと気付くだろう。
 この玩具にしてもそうだが、勿論これだけではない」

 ヨハンは腰のポーチから何かを取り出した。

 小さな筒状の物が二つ。

 それぞれには薄い皮が張られていて、その皮の真ん中から糸が出て繋がっていた。
 何に使う物だろう、とサリーナが思っていると、

 「これを持ってみて欲しい」

 と、片方の筒を渡される。
 ヨハンはもう片方の筒を持ち、糸が真っ直ぐに張るように離れて行く。
 近くに居たシュテファンに、筒を耳に当てるように言われ、サリーナは疑問を覚えながらもその通りにした。

 「聞こえるか?」

 「ひっ!?」

 サリーナは飛び上がって驚いた。遠くにいるヨハンの声が間近で聞こえたからだ。

 「これは何ですか? 離れているのに声が近くで聞こえるなんて……」

 呆然として筒を眺めるサリーナ。
 シュテファンがくつくつと喉を鳴らす。

 「凄いだろう? これは『糸デンワ』という玩具だそうだ。使い方はさっき体験した通りで、これもマリー様がお考えになったものだ――それも、遊びとして」

 「えっ、マリー様が!?」

 しかも遊びでこんな不思議なものを思いつくなんて。

 「そうだ。マリー様はしばしばこのような不思議な物や便利な物をお考えになったり、誰も知らぬような事を口にされる。
 そのような事を見聞きした時は必ず報告せよとのサイモン様からのお達しが出ているのだ。
 サリーナ殿は我らよりもマリー様の御身近くに侍る身なれば、その事を知っておいた方が良かろうと思ってな」

 成る程、マリー様の不思議な言動について留意し、報告する事も仕事の内らしい。
 サリーナは頷いた。その流れでついでに先程の事を訊いてみる。

 「分かりました。ところで先程の件にも関係あるのですが、一つお訊きしたい事が。殉職したという蛇ノ庄の、」

 「……ヘルム・リザヒルの事か?」

 「はい」

 ヨハンは渋面になって首を振り、サリーナから視線を逸らした。

 「申し訳ないが、その事は緘口令が敷かれている。下手に首を突っ込まぬ方が良い。いずれ信頼を得れば、自ずと知る事になるだろう」

 「……分かりました」

 ――新参者である自分はまだそれに足る信頼を得ていないという事?

 ……という事は余程の事であるようだ、とサリーナは考える。
 おおっぴらに出来ない秘密があると確信を抱きながらもサリーナは大人しく引き下がった。後で侍女仲間達に訊いてみよう。何か知っているかも知れない。

 ――それでも分からなければ大人しく待つまでだわ。

 そう思い直して口を噤む。
 それから三人は黙ったままサイモン様の執務室へと向かった。

 報告後、結局三人はサイモン様の前で実演する為に再び外へ出る事となった。
 シュテファンの実演後、『ブーメラン』は使い所を考えるという事で落ち着いたのだった。



***



 「――ヘルム・リザヒル?」

 夕食時。
 サリーナがヘルムの事を訊ねると、ヴェローナは小首を傾げた。

 「ええ、見習いで殉職したって聞いたのだけれど、何か知らないかしら?」

 「名前は聞いた事あるわ。蛇ノ庄の跡取り息子だった人よね? うーん……エロイーズは何か知らない?」

 ヴェローナは年長者のエロイーズに話を振る。意味深な微笑みを浮かべたエロイーズは、口元に手を当てた。サリーナ達が耳を寄せると、声を潜めて囁く。

 「……これはあくまでも噂なんだけど。その人、どうも殉職じゃなくて裏切りらしいのよ」

 「えっ、裏切り!?」

 「しっ、声が大きいわ!」

 ナーテに小さな声で叱責され、サリーナはあっと口を覆って謝罪した。

 隠密騎士は普通の騎士よりもよほど主家から信頼を得る存在、それに相応の厚遇を受けている。
 故に裏切りはそれだけ罪が重い。

 裏切り者は滅多に出ないが、出た場合は全ての隠密騎士達が敵に回り、息の根を止めるまで追い回す掟である。
 勿論裏切った事実は全ての庄に共有され、裏切り者を出した庄も謗られてしまう。
 信頼回復に努めるにも、十年以上はかかるだろう。

 ――もし裏切りだとすれば、納得が行くわ。

 緘口令が出ているのなら、殉死として内々に処理したのかも知れない。

 しかしヘルム以外の蛇ノ庄の者に罪は無い。
 蛇ノ庄の他の隠密騎士達の事も考えた処置とすれば妥当なのかも知れない。
 しかしそうであればあのカールの病的ともいえる言動は解せなかった。しかもヘルムの後釜にとは、一体蛇ノ庄は何を考えているのか。

 サリーナに分かったのはそこまでだった。
 知った所で対応をするのはサイモン様や隠密騎士筆頭のジルベリクだろうし、サリーナにはどうしようもない。

 そもそも、ヘルム・リザヒルは既に死んだ人物である。
 蛇ノ庄の事なら自分には関係ないだろうし、余計な事は考えないようにしないと。

 ――そうよ、私はただ隠密騎士になれさえすれば。

 しかし、考えないようにすればする程逆の現象が起こるもので。
 あの訓練の時から何日か経つが、サリーナがカールの姿を見る事は無かった。訓練中も、昼間の庭にも。

 ――きっとジルベリク様に言われた通り、どこかで傷を癒しているのだろうけれど。

 サリーナはあの軽薄な男カール・リザヒルの事が気になって仕方がなくなっていた。
 きっと、あの滲み出る血を見てしまったからだ、と思う。

 「サリーナ?」

 ――おっといけない。

 サリーナははっと我に返り、手を動かす。
 運動が終わった後、マリー様の御髪を整え直している最中だったのだ。
 マリー様と鏡越しに視線が交差する。

 「何か気になる事があるの?」

 そう問われ、態度に出ていた事を反省しながらサリーナは溜息を吐いた。

 「実は、私と共にこのお屋敷に来た新人庭師の一人が怪我をしておりまして。少し心配になっていたのです」

 「まあ! 酷い怪我なの?」

 サリーナが返答に窮していると、マリー様は心配そうに眉を下げた。
 毎日乗馬をしているし、弟妹君達と庭で良く遊んでいる方なので、庭師との関わりも多い。

 「言葉に詰まったという事は、そうなのね。サリーナ、一緒にお見舞いに行きましょう?」

 「……いえ、私だけで。マリー様自ら見舞う必要は」

 「庭師達には日頃からお世話になっているから気にしないわ。それに今日は暇だもの。だから一緒に行きましょう?」

 どうしよう……やんわりと断ろうとしたのが裏目に出て、なし崩しにマリー様と共にカールを見舞う事が決まってしまった。

 マリー様の専属をシーヨク兄弟から奪おうと画策しているカール。
 そして曰く付きの蛇ノ庄。

 うっかり口を滑らせた事を後悔するも、今更強硬に反対する訳にもいかず。
 サリーナは自分が気を付ける他、理由を付けてシーヨク兄弟も巻き込もうと決意した。
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