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山猫のサリーナ。

山猫娘の見る夢は。【9】

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 朝からえらい目に遭ったわ……。

 そう思いながらサリーナはリネン室と厨房を回り、必要なものをバスケットに詰めて庭へ向かう。
 残飯は大きなずだ袋だったのでそのまま持った。

 「おはようー、手伝おうかー?」

 いきなり声を掛けられ、そちらに視線を向ける。
 間延びした特徴的な話し方。案の定、ここまで一緒にやって来た能天気男だった。

 「あなたは……カール・リザヒル。おはようございます。折角のお申し出ですが、私も鍛えておりますので結構です」

 この程度で持ってもらう言われはない。
 何だか馬鹿にされたような気持ちになったサリーナは突き放すように断り入れた。

 しかしカールは気にした様子も無くこちらに近寄って来る。
 サリーナが歩き出すと、隣に並んで歩き始めた。
 初めて会った時からカールに対してあまり良い印象は無い。正直、鬱陶しさすら覚える。

 「聞いたよー、サリーナはマリアージュ様付きの侍女になったんだってねー」

 「……それが何か?」

 「実は僕も、マリアージュ様付きになれないかって思ってさー」

 「マリー様には既にシーヨク兄弟という専属が居ますが」

 「それねー、僕が成り変われないかって思ってさー」

 「は?」

 ――何を言っているんだ、この男は。

 サリーナはその時初めてカールの方に視線を向けた。カールはにっこりと笑う。

 「実はさー、馬兄弟ってマリアージュ様に気に入られたから専属になれたって聞いたんだよねー。
 功を立てたのでも、専属を決める試合で勝ち抜いたのでもなくさー。それってずるくないー?」

 カールの台詞にサリーナは眉根を寄せる。どんな経緯であれ、専属ともなればサイモン様のお許しあっての事の筈。
 それに、シーヨク兄弟は高山でも知られており、実力は折り紙付きだ。反面、カールの知名度は左程高くはない。

 「……少なくとも、専属の話は旦那様がお許しになった事だと聞いていますが。
 それに、成り変わりたいと言うのならばまずシーヨク兄弟よりも実力が上である事を示すべきですよね?」

 「そうかなー、僕が馬兄弟よりマリアージュ様に気に入られたら話が違ってくると思うんだけどー」

 「そもそも、何故成り変わりたいと? マリー様でなくとも、他にもイサーク様やメルローズ様の専属が空いていると聞いていますが」

 「それじゃあ意味無いんだよー。イサーク様達は大きくなったらいずれ社交界とか出掛ける機会も増えるよねー。
 その点マリアージュ様はさー、この屋敷に引き籠って社交界にも出ないって聞いたんだよねー。
 そこでマリアージュ様の専属になれば任務で命を落とす危険性はぐっと減るって考えてさー。僕、命が惜しいし楽がしたいんだよねー」

 だから僕がマリアージュ様に近付く為の協力をしてくれないかなー。

 その言い分に、サリーナの頬がカッと熱くなった。

 「命を惜しんで楽をしたいですって!? それならば今すぐお屋敷を辞して蛇ノ庄へ帰ったらどうなの!」

 サリーナが憎悪と嫉妬を向けて睨み付けると、カールは両手を軽く挙げ、茶化すように口笛を吹いた。

 「おお怖ー。山猫ちゃんは真面目だねー」

 「何で、何であんたなんかが――私だって、私だって女でさえなければ! 協力はお断りだし、金輪際話しかけて欲しくないわ。ついて来ないで!」

 サリーナは踵を返し、小走りで池へ向かった。
 暫くして振り向き、カールがついて来ていない事を確認すると、ほっと息を吐いた。

 思わず感情的になってしまった事を少し後悔しつつも、サリーナは思う。
 少なくともあのカールという男よりは私の方が隠密騎士として相応しい。

 それなのに、男というだけで。

 ――ああ、気に食わない、腹が立つ!


***


 池に着いたサリーナは、丁度良い切り株を見つけるとそこへバスケットとずだ袋を下ろした。

 先程の怒りを宥める為に一つ、深呼吸をして自然を眺める。
 池に白鳥や鴨等の水鳥が雛を引き連れてゆったり泳いでいる愛らしい様子を見詰め、小鳥達の歌う声に耳を傾けた。

 ささくれだった心を癒すように、美少女であるマリー様が鳥達に餌を上げる様子を想像してみる。
 それはきっと、絵本の一ページみたいな微笑ましい光景だろう。

 サリーナの心が穏やかに戻った所で、複数人が走る足音が近付いて来た。
 マリー様がお戻りになったのだ。

 「サリーナ、待った?」

 「いえ、お帰りなさいまし」

 マリー様が馬を降り、シーヨク兄弟が作り物の馬を脱ぐ。
 サリーナはそつなくマリー様、そして汗だくになっているシーヨク兄弟に飲み物と布を渡していく。

 「ありがたい」
 「感謝する」

 少しは認めて貰えたのだろうか。
 心なしか、シーヨク兄弟のこちらを見る目が穏やかになったような気がした。

 「サリーナ、残飯は?」

 「はい、こちらに」

 マリー様にずだ袋の紐を緩めて渡すと、池の畔に鳥達が集まって来る。恐らくいつもやっているのだろう。
 マリー様はずだ袋に手を突っ込み――そしてはっとしたようにこちらを見た。

 「えっと、今から餌やりをするんだけど。これから長い付き合いになるんだし、何度も見る事になるだろうし。馬と同じで、何も見なかった事にしてね」

 「はい?」

 どういう事だろう、とサリーナが考える間も無く――マリー様は池へ向かって仁王立ちになった。
 そして、すうっと息を吸い込み――。

 二度ある事は三度ある。
 サリーナは再再度下唇を噛み締め、親指を握り込む事を余儀なくされたのであった。
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