上 下
30 / 110
山猫のサリーナ。

山猫娘の見る夢は。【8】

しおりを挟む
 「マリー様、起きていらっしゃいますか?」

 次の日の朝。

 サリーナは朝早く暗い内から起き出して身支度を整え、洗顔道具等の用意をしてマリー様の部屋へと向かった。
 部屋の中から返事があったので、「失礼します」と入室する。

 「おはようございます」

 「おはようサリーナ。今日から宜しくね」

 「もう着替えていらっしゃったのですか」

 「これは一人でも着れるように作って貰ったの。普通の令嬢が着る様なドレスは手伝いが無いと着れない作りだって頭では分かってるんだけど、いちいち人に着替えさせて貰うって自分がまだ何も出来ない赤ちゃんみたいな気持ちになるんだもの」

 「そういうものでしょうか」

 「そういうものよ。顔を洗うのも自分でやるわ」

 サリーナはそれならばと準備だけ整えてマリー様の洗顔を見守った。
 タイミング良く顔を拭く布を手渡す。
 マリー様は顔を拭き終わると、鏡台を指差した。

 「髪の毛は流石にお願い。後ろ見えないし」

 「その前に――まだ目やにが取れておりませんよ」

 サリーナは布を受け取ると、マリー様の目の端を拭く。
 マリー様は礼を言って鏡台の前の椅子に座る。サリーナが後ろに立った。

 「お化粧はなさいますか?」

 十一歳と言えば、子供から大人への過渡期。十五にもなれば成人となり、いずれかの貴族家に嫁がれるのが常識である。

 背伸びしてお化粧したいと言われるかも知れない、とサリーナは一応訊ねたが――しかしマリー様は首を横に振った。

 「まだ私はまだ子供だし、お化粧はしないわ。その代わり、化粧水をお願いします。鏡台の所にラベンダーのがあるからそれを使ってね」

 「はい。上を向いて下さいまし」

 ラベンダーの化粧水を手に出し、マリー様の顔に馴染ませるように当てて行く。
 染み一つ無い、すべすべのもっちりした少女の肌にはこんなもの必要ないのかも知れないけれど。

 「髪型はいかがなさいますか?」

 「これから運動するから簡単にまとめるだけで良いわ。朝食の後で結い直してくれたら」

 「かしこまりました」

 サリーナは編み込みをして一つにまとめ、リボンを結ぶ。
 マリー様が美少女なだけに、お人形遊びをしているようで楽しい。

 そう言えば、自分が冴えない容姿だって知らなかった小さな頃。マリー様のような着せ替え人形を買って貰って、それがお気に入りだった記憶が蘇る。
 自分にこんな綺麗なお人形が似合わないって悟った時は、獅子ノ庄の小さな女の子にお下がりとしてあげてしまったけれど。

 あの人形は今頃どうしているだろうか、と思い出しながらサリーナは出来ました、と告げた。


***


 「ええと、私は今から毎朝の習慣である乗馬の為に庭に出るけれど……」

 「お供致します」

 間髪入れずに同行を申し出たサリーナ。
 マリー様は「……分かったわ。今から言っておくけれど、ダディがマリーに本物の馬を買ってくれるまでだから何を見ても何も言わないでね!」と何かを諦めたような顔になって部屋を出て行く。

 サリーナがマリー様について行くと、庭に降りる階段の傍に、例のアレが異常な存在感を放ちつつ鎮座していた。
 遠くで見た時は分からなかったが、馬の目付きが……。

 「――ッ!」

 サリーナは親指を強く握り込んだ。
 爪が掌に食い込む。下唇も思い切り噛みしめる。

 その近くに居た馬ノ庄のシーヨク兄弟が、こちらの姿を認めるなり片足で跪いた。

 彼らは見習いになって一年程の筈。
 サリーナが一昨年の試合で見かけた時よりも随分精悍になっており、男振りを上げていた。

 さぞかしモテる事だろうと思う。思うが……しかし。

 隠密騎士としての功績を上げたのではなく、アレを作って騒動を起こした事で有名になっている。少なくともこの屋敷の女性からは対象外になったのではないだろうか。

 ――人というものは分からないものだ。

 彼らの父君であるヴァルカー様もさぞかし驚いた事だろう、等と失礼な事を考えてしまう。

 「マリー様! おはようございます!」
 「おはようございます!」

 兄弟二人は元気良く挨拶をしながらも、こちらをさり気なく観察している。
 サリーナは頭を軽く下げて、そのまま視線を下に固定して控えた。
 視線を上げると例の馬の姿が目に入ってしまう。笑い出さないよう我慢するのに必死だったのである。

 「ああ、二人共おはよう。遅れて済まないな、今日は私付きの侍女の初出勤の日だったのだ」

 「さほど待ってはおりませぬのでご安心を! それよりも、そちらの方がマリー様付きになられた方でしょうか」

 「紹介しよう。こちらはサリーナ・コジー。ばあやのお孫さんだそうだ」

 マリー様の紹介を受け、サリーナは視線を下げたままスカートの端を摘まんで礼を取った。
 顔を上げた時、意識的に異物は見ないように排除する。

 「初めまして、サリーナ・コジーと申します。この度祖母の代わりにマリー様のお世話を申し付かりました。新人ですが、精一杯務めさせて頂きますのでよしなに」

 「これはご丁寧に。庭師ヨハンと申します」
 「……同じく庭師でヨハンの弟シュテファンと申します」

 少し微笑んで見せたサリーナ。

 兄弟二人は態度こそ丁寧だが、こちらの為人ひととなりを推し量っているように思えた。
 特に弟の方は感情が出やすいタイプのようだ。

 馬遊びに付き合う所からして、意外にもマリー様の事を心から大切に思っているのだろう。理由は分からないが。

 「顔合わせは済んだな。では、馬の用意をせよ」

 マリー様がパンパンと手を叩くと、兄弟は「「ははっ」」と応えて動き出す。マリー様はこちらを振り返った。

 「サリーナ、私はこれから乗馬してくるんだけど、サリーナはどうする?」

 「そうですね……」

 少し考える。
 同僚になる事だし、出来る事ならマリー様専属の隠密騎士であるヨハン・シュテファン兄弟とは仲良くやりたい。

 これから馬を担いで走るという事は、汗もかくだろうし疲れるだろう。ならば。

 「お戻りはこの場所でしょうか? 汗を拭く布や何かお飲み物等をお持ちいたしましょう」

 「えっ、ありがとう! 気が利くわね、サリーナ! だったら厨房で残飯も貰ってきて欲しいの。私、乗馬の後は池で鳥に餌やりをするから!」

 「では、池の畔でお待ちしていれば宜しいでしょうか?」

 「ええ、それで構わないわ。この道を真っ直ぐ行ったら池へ出るから、そこで」

 「かしこまりました」

 中に兄弟二人を納めた馬にマリー様が跨った。
 馬からはこちらに向けられた強い視線を感じる。暫しの後、馬は踵を返した。

 「今日は遠回りをする! 薔薇園を通って野菜畑の方までぐるっと大回りだ、ハイヨー!」

 「ぶひひーん!」

 その瞬間、サリーナは再び下唇を噛み締める事を余儀なくされた。
 馬は走り出す。しかも結構速い。
 その姿が小さくなった頃、サリーナはやっと我慢を止める事を許したのだった。
しおりを挟む
感想 116

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

処理中です...