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山猫のサリーナ。

山猫娘の見る夢は。【5】

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 ヴェローナは荷解きの手伝いを申し出てくれた。着替えや化粧道具等を出しては収納していると、あっという間に夕食の時間になってしまった。

 「そろそろ夕食に行きましょうか。職種に応じて食事の時間は決まっているわ」

 ヴェローナが説明するには、護衛の騎士達には宿舎に別の食堂があるが、執事や侍女、侍従、庭師といった使用人達の食堂は全て同じ場所らしい。

 「侍女の場合はその日の担当の仕事内容にもよるけれど、侍女に割り当てられた時間でも交代制になってるの。給仕の子は早めに、部屋付き担当は旦那様達がお食事中に。
 サリーナはマリー様担当なら後者になると思うわ。遅くなると庭師達がやって来ちゃうから気を付けて」

 「分かったわ、ありがとう」

 部屋を出て、ヴェローナの案内でサリーナは食堂に入る。
 そこでは既に侍女や侍従達が大勢食事をしていた。

 侍女服を着ていないサリーナは良くも悪くも目立っており、視線が突き刺さる。

 「じゃあ、ここでのやり方を説明するわね」

 ヴェローナの話を聞きながら観察していると、成る程彼らはめいめいトレーを手に取って食事を受け取り、自分の席に運んでいる。
 食事が終わった者は返却所と書かれた場所へトレーごと返却していた。合理的な仕組みになっている。
 サリーナは感心した。これならば大人数でもすぐ食事にありつけるし手際が良いから込み合う事も無いだろう。

 「席は自由よ。私達も食べましょ」

 ヴェローナに倣い、サリーナもトレーを手に食事を貰う。
 パンとスープ、不思議な香ばしい塊、サラダと果物が付いており、品数が多く豪華に見える。

 「ヴェローナ、こっち!」

 数人の侍女達がこちらへ向かって手を振っていた。

 「構わないかしら?」

 ヴェローナの問いにサリーナは頷く。空けて貰った席にそれぞれ座った。
 侍女達の興味津々といった視線がサリーナに突き刺さる。

 「新人の子が一人いるって聞いていたわ。貴女よね?」

 「サリーナ・コジーです。男爵家を名乗っているけれど、元は獅子ノ庄の出で――」

 会釈しつつ不快に思われないよう、遠慮がちに微笑みを浮かべて挨拶をする。
 何より自分は新人なのに他の侍女達を差し置いて、いきなりマリアージュ姫様付きの侍女に抜擢されたのである。
 しかも祖母の肝入りコネで。

 内心さぞや面白く思われていない事だろう、とサリーナは極力言葉に気を付けようと考える。
 自己紹介に、「よろしくね」とにこやかに返す侍女達。彼女達もそれぞれ名乗り返し、食事が始まった。

 「それにしても故郷に居た時の食事よりも随分豪華だわ。今日は何か特別な日だったりするのかしら?」

 サリーナの言葉に、皆顔を見合わせて「違うわよ」と笑い合う。

 「昔はね、そうでもなかったらしいんだけれど。ある時から変わったそうよ。
 何でも、栄養の偏りを無くして健康を保つ為ですって。他家に仕えてた事がある使用人と話した事があるけれど、これってキャンディ伯爵家だけの食事らしいわ」

 裕福だからこそ出来る事よね、とヴェローナ。
 するとナーテ・マカイバリと名乗った熊ノ庄出身の黒髪の小柄で可愛らしい侍女が「それだけじゃないわ」と口を挟む。

 「食事内容も考えられているのよ。ある時、うっかり庭師達の時間に被った時に気付いたのだけれど――」

 ナーテの話によれば、庭師達の食事は肉やチーズが多めだったらしい。
 厨房に居る料理人に理由を訊けば、力仕事をする事から筋肉に栄養が必要だから肉や卵を多めにするようにと上から言われたとの事。

 サリーナは内心驚く。食べ物の栄養の偏りなんて生まれてこの方考えたことも無かった。
 不思議な香ばしい香りの塊をフォークで刺して口に運んでみると、噛んだ瞬間にじゅわりと染み出る油。

 「お、美味しい!」

 その味わいに思わず声を上げてしまった。
 咀嚼してみると程良い塩気とニンニクの香り、鶏肉の味が口の中に広がる。

 ――こんな美味しいもの、初めて食べた。

 感動に打ちひしがれていると、周囲からクスクスと忍び笑いが上がる。

 「うふふ、私も初めて食べた時はそんな感じだったわ」

 「これ、『カラアゲ』っていうんですって。庭師はあたし達より多く貰えるのよねぇ、羨ましいったら」

 「ああ、でも食べ過ぎは駄目よ、太っちゃう」

 「……悩ましいわね」

 ――何と。

 サリーナは瞠目する。隠密騎士であればこんな美味しいのを多く貰えるのか。

 自分も隠密騎士になるのを諦めた訳じゃないし、庭師と同じ食事にして貰うよう頼んでみるべきだろうかと考えていると、話の中心がいつの間にか新人であるサリーナの事になっていた。

 「えっと、サリーナは幾つなの?」

 柔らかそうな茶色の髪を結い上げ、若草のくりくりした瞳で問いかけたのはコジマ・ドゥームニ。
 鹿ノ庄の出なだけあって小鹿のような人だと思いながら口を開いた。

 「十五なの。こんな年で新人の侍女って、おかしいでしょう?」

 「十五!? 失礼だけれど、もっと早く侍女にならなかったのは何か理由でも?」

 彼女達の中で一番年上であろう、金髪碧眼の色っぽい美貌をもつ鳥ノ庄のエロイーズ・シャトートゥンが驚いたように身を乗り出した。
 サリーナは劣等感を刺激されながらも事情を話す。

 「……実は、元々私は婿を取って家を継ぐつもりで。そのつもりで隠密騎士の修行も人一倍頑張っていたの。でも、弟が生まれて……」

 そこで祖母のカメリア・コジーがぎっくり腰になって帰って来て、養子縁組と侍女奉公の話を持ち掛けられた事を伝えると、一人思案気に話を聞いていた栗色の髪を三つ編みにした地味な娘、狼ノ庄のリュシール・ギダパールが眼鏡をくいっと持ち上げる。

 「――思い出した。そう言えば聞いた事あるわ。騎士顔負けな強さの女の子が獅子ノ庄にいるって。山猫って呼ばれていたんでしょう?」

 「ええ、まぁ……」

 リュシールの鋭い視線にサリーナは曖昧に頷く。パンを飲み込んだコジマがうんうんと訳知り顔で頷いた。

 「成程ねぇ、あの姫様じゃあサリーナさんぐらいの人でないと駄目よねぇ」

 「私もそう思う。適任だと思うわ」

 私達じゃ手に負えないんだもの、と彼女達は口を揃えて言った。てっきり嫌味をねちねち言われるのかと身構えていたのにサリーナは拍子抜けする。

 「あの。いきなり私のような新参者がマリアージュ姫様付きになった事で不快には思わない……の?」

 恐る恐る問いかけると。

 「いいえ、全然?」

 「それどころか、ありがたいわよねぇ」

 「不快に思う人なんていない。だから心配しなくていいわ」

 「ただ、大変だなぁって。これから頑張ってね……」

 矢継ぎ早に帰って来た返事の数々。寧ろ厄介事を押し付ける相手が出来た、みたいな。

 ――マリアージュ様って、一体……。

 彼女達の顔を見ながら、戸惑いと不安を募らせるサリーナ。
 その肩にヴェローナ・バラスンの手が労わるようにポンと乗せられたのだった。
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