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前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン。
角馬達が翼を得るまで。【16】
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実力が上がったのは、偏に主であるマリー様への忠誠心の賜物であるとヨハンは考えている。
それに――日々接するようになって分かったのだが、姫は不思議な未知の知識を度々口にしていた。
そう、マリー様や弟妹君達の遊びにお付き合いするこの日もまた。
イサーク様とメルローズ様のたっての希望により、その日はヨハンとシュテファンは『馬遊び』に付き合うように命ぜられていた。
それが終わると、マリー様は新たな遊びをすると説明。姫のその手には、兄弟が命じられて作った玩具が握られている。
ヨハン達にもその用途が分からない、木の筒に薄い皮を張り巡らせた物を長い糸で繋いだ不思議な物。
「お姉ちゃま、何それ?」
「何して遊ぶものなの?」
弟妹君達から質問が飛ぶ。ヨハンとシュテファンも内心興味津々だった。
「ああ、これはね、『糸デンワ』よ。実際遊んでみると分かるわ」
マリー様はイサーク様に一つの筒を渡し、糸がピンと張る位離れるようにと言った。
「離れたわね! じゃあイサーク、筒の空いてる方を耳にかざしてみて!」
イサーク様が言う通りにすると、マリー様は筒を口に当て、「もしもし、イサーク! 聞こえますかー?」と喋った。
「聞こえた!」とイサーク様が飛び上がる。
メルローズ様がそれを見て交代を強請り、耳に当てて「本当だわ、あんなに遠くに離れているのにマリーお姉ちゃまの声がはっきり聞こえる! 凄いわ!」と驚きの歓声を上げていた。
その日の夕食が終わった後――ヨハンとシュテファンは片付ける為に回収したその玩具を取り出して試してみる。
すると、本当に離れた距離なのに相手の声がハッキリと聞こえ、兄弟は愕然とした。
――何と、こんな単純な細工で。
ヨハンは内心舌を巻く。
もしやこれは、任務の時等にも使えるのではないだろうか。
勿論場所は限定されるかも知れないが、離れた距離で声をはっきり伝えられるというのは素晴らしい。
念の為にジルベリクに報告すると、そのままサイモン様にお目通りをして報告する事になった。
その結果、『糸デンワ』なる道具は門外不出の秘密となったのである。
そして、今後もこのような目新しい事があれば逐一報告するように、とも。
隼のジルベリクやサイモン様は何も言わなかったが、兄弟は悟ってしまった。
キャンディ伯爵家にあって他家にない目新しい技術や知識はほぼマリー様由来なのだと。
そして、マリー様こそが伯爵家の秘密であり、宝であるのだと。
無防備にマリー様から湧き出でる未知の知識――もしかして神の恩寵を受けていらっしゃるのではないだろうか。
何も知らぬ者からすれば、マリー様の事を想像力豊かな法螺吹きだと一笑に付すかも知れない。
しかしヨハンとシュテファンは松葉や『糸デンワ』の実例で、他の事も恐らく真実であろう事を知ってしまっていた。
――マリー様は無防備過ぎる。
マリー様は社交界に出ないと意思表示されているが、寧ろ姫が望んでいたとしても外へ出すのは危険だ、というのが兄弟二人の意見だ。
屋敷や敷地内に居るからと言って油断するのは良くない。常日頃から細心の注意を払ってマリー様の身の安全を守らねば。
そんな思いが日に日に強くなっていくヨハンとシュテファンは、一層隠密騎士としての技を磨くべく精進するのであった。
***
しかしそんな彼らを快く思わない人物がいた。
そう、蛇ノ庄、双頭蛇のヘルムである。
ヘルムはヨハンとシュテファンが正式にマリアージュ姫の専属になったと知るや、それに対抗心を燃やしたのかアナベラ様の専属に立候補していた。
しかしジルベリクによりにべもなく却下されてしまい、ヘルムは激昂する。
「何故だ、何故俺がアナベラ様の専属選びに参加出来ねぇんだ!確かに先日先走ったのは悪かったが、その分敵を倒してちゃんと功を立ててる! 何故だ!」
「お前な。そもそも専属選びには見習いは参加出来ない事になっているんだから潔く諦めろ」
溜息交じりに神狼のヴァレオンが諭すように言うも、ヘルムは納得が行かないのかヨハン達兄弟を指差した。
「ではあいつらは何なんです? あの馬鹿みたいな馬でマリアージュ様の専属にまでして貰っているのは贔屓ではないのですかね?」
「ヨハン達はサイモン様直々の指名があったから例外だな。それに、どちらかと言えば護衛というよりもマリー様の遊び相手・お目付け役という役割の色が強い。
もし馬兄弟がアナベラ様の専属を望んだとしてもまだ見習いである以上、お前と同じように却下される事になる。良い加減理解して聞き分けろ」
「ちっ……」
大熊のナシアダンの言葉に舌打ちをするヘルム。隼のジルベリクが冷ややかな目をした。
「ヘルム。立候補出来たとしてもお前は問題外だ。何故ならお前は罰としての草刈りをさぼってヨハンに押し付け、その間遊び惚けて酒びたりになっていたからだ。
よしんば功を立てていてもその態度では専属どころか見習いが取れるかも怪しいものだな」
「俺は隠密騎士見習いであって庭師見習いじゃねぇ! 草じゃなく首を刈るのが俺の仕事だ! ここんとこずっと戦う機会もなく体が鈍っちまってる。来る日も来る日も庭師の真似事ばかりでうんざりだぜ!」
「双頭蛇、いい加減にしろ! 庭師の仕事も重要な任務だ!」
最早上司のジルベリクに敬語を使う事すらなく、テーブルに拳を打ち付けるヘルム。叱責の声も聞こえてないようだった。ヨハンは眉を顰める。シュテファンも同様だ。
「おい、どこへ行く。まだ話は終わってないぞ!」
「煩い、そうだ……俺はこんな事で終わるような人間じゃない。見てろ、今に……」
制止の声を無視して立ち去りつつヘルムはブツブツと呟く。そこに反省の色は無かった。
それに――日々接するようになって分かったのだが、姫は不思議な未知の知識を度々口にしていた。
そう、マリー様や弟妹君達の遊びにお付き合いするこの日もまた。
イサーク様とメルローズ様のたっての希望により、その日はヨハンとシュテファンは『馬遊び』に付き合うように命ぜられていた。
それが終わると、マリー様は新たな遊びをすると説明。姫のその手には、兄弟が命じられて作った玩具が握られている。
ヨハン達にもその用途が分からない、木の筒に薄い皮を張り巡らせた物を長い糸で繋いだ不思議な物。
「お姉ちゃま、何それ?」
「何して遊ぶものなの?」
弟妹君達から質問が飛ぶ。ヨハンとシュテファンも内心興味津々だった。
「ああ、これはね、『糸デンワ』よ。実際遊んでみると分かるわ」
マリー様はイサーク様に一つの筒を渡し、糸がピンと張る位離れるようにと言った。
「離れたわね! じゃあイサーク、筒の空いてる方を耳にかざしてみて!」
イサーク様が言う通りにすると、マリー様は筒を口に当て、「もしもし、イサーク! 聞こえますかー?」と喋った。
「聞こえた!」とイサーク様が飛び上がる。
メルローズ様がそれを見て交代を強請り、耳に当てて「本当だわ、あんなに遠くに離れているのにマリーお姉ちゃまの声がはっきり聞こえる! 凄いわ!」と驚きの歓声を上げていた。
その日の夕食が終わった後――ヨハンとシュテファンは片付ける為に回収したその玩具を取り出して試してみる。
すると、本当に離れた距離なのに相手の声がハッキリと聞こえ、兄弟は愕然とした。
――何と、こんな単純な細工で。
ヨハンは内心舌を巻く。
もしやこれは、任務の時等にも使えるのではないだろうか。
勿論場所は限定されるかも知れないが、離れた距離で声をはっきり伝えられるというのは素晴らしい。
念の為にジルベリクに報告すると、そのままサイモン様にお目通りをして報告する事になった。
その結果、『糸デンワ』なる道具は門外不出の秘密となったのである。
そして、今後もこのような目新しい事があれば逐一報告するように、とも。
隼のジルベリクやサイモン様は何も言わなかったが、兄弟は悟ってしまった。
キャンディ伯爵家にあって他家にない目新しい技術や知識はほぼマリー様由来なのだと。
そして、マリー様こそが伯爵家の秘密であり、宝であるのだと。
無防備にマリー様から湧き出でる未知の知識――もしかして神の恩寵を受けていらっしゃるのではないだろうか。
何も知らぬ者からすれば、マリー様の事を想像力豊かな法螺吹きだと一笑に付すかも知れない。
しかしヨハンとシュテファンは松葉や『糸デンワ』の実例で、他の事も恐らく真実であろう事を知ってしまっていた。
――マリー様は無防備過ぎる。
マリー様は社交界に出ないと意思表示されているが、寧ろ姫が望んでいたとしても外へ出すのは危険だ、というのが兄弟二人の意見だ。
屋敷や敷地内に居るからと言って油断するのは良くない。常日頃から細心の注意を払ってマリー様の身の安全を守らねば。
そんな思いが日に日に強くなっていくヨハンとシュテファンは、一層隠密騎士としての技を磨くべく精進するのであった。
***
しかしそんな彼らを快く思わない人物がいた。
そう、蛇ノ庄、双頭蛇のヘルムである。
ヘルムはヨハンとシュテファンが正式にマリアージュ姫の専属になったと知るや、それに対抗心を燃やしたのかアナベラ様の専属に立候補していた。
しかしジルベリクによりにべもなく却下されてしまい、ヘルムは激昂する。
「何故だ、何故俺がアナベラ様の専属選びに参加出来ねぇんだ!確かに先日先走ったのは悪かったが、その分敵を倒してちゃんと功を立ててる! 何故だ!」
「お前な。そもそも専属選びには見習いは参加出来ない事になっているんだから潔く諦めろ」
溜息交じりに神狼のヴァレオンが諭すように言うも、ヘルムは納得が行かないのかヨハン達兄弟を指差した。
「ではあいつらは何なんです? あの馬鹿みたいな馬でマリアージュ様の専属にまでして貰っているのは贔屓ではないのですかね?」
「ヨハン達はサイモン様直々の指名があったから例外だな。それに、どちらかと言えば護衛というよりもマリー様の遊び相手・お目付け役という役割の色が強い。
もし馬兄弟がアナベラ様の専属を望んだとしてもまだ見習いである以上、お前と同じように却下される事になる。良い加減理解して聞き分けろ」
「ちっ……」
大熊のナシアダンの言葉に舌打ちをするヘルム。隼のジルベリクが冷ややかな目をした。
「ヘルム。立候補出来たとしてもお前は問題外だ。何故ならお前は罰としての草刈りをさぼってヨハンに押し付け、その間遊び惚けて酒びたりになっていたからだ。
よしんば功を立てていてもその態度では専属どころか見習いが取れるかも怪しいものだな」
「俺は隠密騎士見習いであって庭師見習いじゃねぇ! 草じゃなく首を刈るのが俺の仕事だ! ここんとこずっと戦う機会もなく体が鈍っちまってる。来る日も来る日も庭師の真似事ばかりでうんざりだぜ!」
「双頭蛇、いい加減にしろ! 庭師の仕事も重要な任務だ!」
最早上司のジルベリクに敬語を使う事すらなく、テーブルに拳を打ち付けるヘルム。叱責の声も聞こえてないようだった。ヨハンは眉を顰める。シュテファンも同様だ。
「おい、どこへ行く。まだ話は終わってないぞ!」
「煩い、そうだ……俺はこんな事で終わるような人間じゃない。見てろ、今に……」
制止の声を無視して立ち去りつつヘルムはブツブツと呟く。そこに反省の色は無かった。
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