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前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン。
角馬達が翼を得るまで。【9】
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「陽動だ、愚か者!」
ヨハンとヘルムは居並ぶ隠密騎士やその見習い達の視線の中、隼のジルベリクより激しい叱責を受けていた。
結果から言えば、あれは主家と敵対している貴族による何重にも仕掛けられた襲撃だった。
橋で待ち構えていた者達も、馬車を襲っていた者達も捨て駒と陽動であり、ヘルムとヨハンが追って行った後に真打ちの襲撃が来たのだという。
苦戦を強いられ多少怪我を負ったものの、三頭獣のレオポールと大鹿のヘルフリッツはアン姫を守り切った。
ヘルムとヨハンが逃げ出した者達を始末して戻ってきた頃にはもう、全ての決着はついていたのである。
「ヘルムは論外だが、まさかヨハンまでとは。期待の星よと煽てられ、調子に乗り過ぎたか」
「お言葉ですが俺が論外ってのは言い過ぎでは? 俺が追いかけて敵を倒していなかったら数が増えてましたぜ?」
ヘルムが文句を言うと、ジルベリクは激昂してテーブルに拳をバンと打ち付けた。
「まんまと誘い出されて馬車が手薄になった事が問題だと言っているのだ!
お前達は隠密騎士というものをはき違えている。
功を立てるよりも重要な事は主の命を守る事。任務は失敗できぬからこそ複数人で組んで動く。目先の功に目が眩んで先走り、レオポールの制止命令も無視し、主の命を危険に晒すなど本末転倒だ!」
ジルベリクの言葉の刃が心に突き刺さる。
その通りだった。ヨハンは後悔と自責の念にかられる。
――確かに自分はあの時功に焦っていた。心の奥底では我こそが一番優秀だと自負し、調子に乗っていたのだ。そのような驕りから来る油断がこのような事態を招いてしまった。
もしあの時ヨハンがちゃんと制止命令を聞いて踏みとどまっていたら、アン様を守る戦闘は多少楽になっていたに違いない。仲間が怪我を負う事も無かっただろう。
「申し訳……ありませぬ」
「これがお前達だけで行う任務であったならばアン様のお命は確実に無かった。再び同じような事があれば物言わぬ姿で郷里に帰される覚悟でいるのだな」
「……チッ、分かりましたよ」
「……はい」
ヘルムは反省の色も見せず不貞腐れていたが、それとは裏腹にヨハンは項垂れた。
返す言葉が、無かった。
***
その日以来、ヨハンは落ち込んで気鬱に苛まれるようになった。
罰として課せられた草取りは淡々とこなしているものの、定期的に行われる見習い同士の試合では負ける事が増え、弟のシュテファンにも打ち負かされてしまう。
そればかりではなく、担当を任されていた薔薇も何株か虫を取り忘れて枯らしてしまう始末だった。
「調子に乗るからだ、ざまあみろ」
「何だと!? お前とて単独行動したではないか!」
草刈鎌を手にしたヘルムが嘲笑い、怒ったシュテファンが言い返す。
しかしヨハンは黙して言葉を返す事は無かった。寧ろその通りだと内心自嘲する。
ヨハンのプライドはすっかりズタズタになっていた。優秀で負け知らずだったのだから尚更である。
ヨハンの反応が無いのが面白くないのか、ヘルムは「ふん、この俺様がこんな事やってられるか。お前ももう落ちぶれて行くばかりだな。ざまあみろだ。俺の分もやっとけ負け馬!」と罵り鎌を投げつけ去って行く。それをシュテファンが「待て! 兄者に押し付けるつもりか!」と追いかけて行った。
残されたヨハンは、ざくざくと枯れた薔薇を根元から掘り出す。
――庭師の仕事すら満足に出来なくなったか。
枯れた薔薇を脇に退け、鎌を拾う。良く研がれたその刃を見詰めた。
――これから私はどうなるのだろうか。このまま隠密騎士にもなれず、郷里におめおめと帰る事になってしまうのだろうか。
見送りに来てくれた父と母の顔が脳裏を過る。家門の恥となる事は出来ない。
それならばいっそ……。
「兄者……」
何時の間にか戻って来ていたシュテファンが気遣わし気に声を掛けてくる。
ヨハンははっと我に返ると雑草を刈り取り始めた。
「兄者の分の草刈りは既に終わっているではないか。奴にやらせるべきだ、それは兄者の仕事ではない!」
「シュテファン……すまぬ、一人にしてくれ」
ざくり、ざくり。
束になって刈られ、積まれていく雑草。
粉ひきのロバの如く振り向きもせずただひたすらヨハンは作業を続けていた。
「……そんな兄者など、見たくなかった」
泣きそうな声が落ちて、足音が遠ざかって行く。
それからどれぐらい経ったのか、ヨハンの耳は逆に近付いて来る足音を拾った。
「……一人にしてくれと言わなかったか」
「あああああ――っ、マリーの大事な薔薇がぁっ!」
思いもよらないその声に、ヨハンは仰天して振り向いた。
ヨハンとヘルムは居並ぶ隠密騎士やその見習い達の視線の中、隼のジルベリクより激しい叱責を受けていた。
結果から言えば、あれは主家と敵対している貴族による何重にも仕掛けられた襲撃だった。
橋で待ち構えていた者達も、馬車を襲っていた者達も捨て駒と陽動であり、ヘルムとヨハンが追って行った後に真打ちの襲撃が来たのだという。
苦戦を強いられ多少怪我を負ったものの、三頭獣のレオポールと大鹿のヘルフリッツはアン姫を守り切った。
ヘルムとヨハンが逃げ出した者達を始末して戻ってきた頃にはもう、全ての決着はついていたのである。
「ヘルムは論外だが、まさかヨハンまでとは。期待の星よと煽てられ、調子に乗り過ぎたか」
「お言葉ですが俺が論外ってのは言い過ぎでは? 俺が追いかけて敵を倒していなかったら数が増えてましたぜ?」
ヘルムが文句を言うと、ジルベリクは激昂してテーブルに拳をバンと打ち付けた。
「まんまと誘い出されて馬車が手薄になった事が問題だと言っているのだ!
お前達は隠密騎士というものをはき違えている。
功を立てるよりも重要な事は主の命を守る事。任務は失敗できぬからこそ複数人で組んで動く。目先の功に目が眩んで先走り、レオポールの制止命令も無視し、主の命を危険に晒すなど本末転倒だ!」
ジルベリクの言葉の刃が心に突き刺さる。
その通りだった。ヨハンは後悔と自責の念にかられる。
――確かに自分はあの時功に焦っていた。心の奥底では我こそが一番優秀だと自負し、調子に乗っていたのだ。そのような驕りから来る油断がこのような事態を招いてしまった。
もしあの時ヨハンがちゃんと制止命令を聞いて踏みとどまっていたら、アン様を守る戦闘は多少楽になっていたに違いない。仲間が怪我を負う事も無かっただろう。
「申し訳……ありませぬ」
「これがお前達だけで行う任務であったならばアン様のお命は確実に無かった。再び同じような事があれば物言わぬ姿で郷里に帰される覚悟でいるのだな」
「……チッ、分かりましたよ」
「……はい」
ヘルムは反省の色も見せず不貞腐れていたが、それとは裏腹にヨハンは項垂れた。
返す言葉が、無かった。
***
その日以来、ヨハンは落ち込んで気鬱に苛まれるようになった。
罰として課せられた草取りは淡々とこなしているものの、定期的に行われる見習い同士の試合では負ける事が増え、弟のシュテファンにも打ち負かされてしまう。
そればかりではなく、担当を任されていた薔薇も何株か虫を取り忘れて枯らしてしまう始末だった。
「調子に乗るからだ、ざまあみろ」
「何だと!? お前とて単独行動したではないか!」
草刈鎌を手にしたヘルムが嘲笑い、怒ったシュテファンが言い返す。
しかしヨハンは黙して言葉を返す事は無かった。寧ろその通りだと内心自嘲する。
ヨハンのプライドはすっかりズタズタになっていた。優秀で負け知らずだったのだから尚更である。
ヨハンの反応が無いのが面白くないのか、ヘルムは「ふん、この俺様がこんな事やってられるか。お前ももう落ちぶれて行くばかりだな。ざまあみろだ。俺の分もやっとけ負け馬!」と罵り鎌を投げつけ去って行く。それをシュテファンが「待て! 兄者に押し付けるつもりか!」と追いかけて行った。
残されたヨハンは、ざくざくと枯れた薔薇を根元から掘り出す。
――庭師の仕事すら満足に出来なくなったか。
枯れた薔薇を脇に退け、鎌を拾う。良く研がれたその刃を見詰めた。
――これから私はどうなるのだろうか。このまま隠密騎士にもなれず、郷里におめおめと帰る事になってしまうのだろうか。
見送りに来てくれた父と母の顔が脳裏を過る。家門の恥となる事は出来ない。
それならばいっそ……。
「兄者……」
何時の間にか戻って来ていたシュテファンが気遣わし気に声を掛けてくる。
ヨハンははっと我に返ると雑草を刈り取り始めた。
「兄者の分の草刈りは既に終わっているではないか。奴にやらせるべきだ、それは兄者の仕事ではない!」
「シュテファン……すまぬ、一人にしてくれ」
ざくり、ざくり。
束になって刈られ、積まれていく雑草。
粉ひきのロバの如く振り向きもせずただひたすらヨハンは作業を続けていた。
「……そんな兄者など、見たくなかった」
泣きそうな声が落ちて、足音が遠ざかって行く。
それからどれぐらい経ったのか、ヨハンの耳は逆に近付いて来る足音を拾った。
「……一人にしてくれと言わなかったか」
「あああああ――っ、マリーの大事な薔薇がぁっ!」
思いもよらないその声に、ヨハンは仰天して振り向いた。
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