上 下
9 / 110
前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン。

角馬達が翼を得るまで。【9】

しおりを挟む
 「陽動だ、愚か者!」

 ヨハンとヘルムは居並ぶ隠密騎士やその見習い達の視線の中、ハヤブサのジルベリクより激しい叱責を受けていた。

 結果から言えば、あれは主家と敵対している貴族による何重にも仕掛けられた襲撃だった。
 橋で待ち構えていた者達も、馬車を襲っていた者達も捨て駒と陽動であり、ヘルムとヨハンが追って行った後に真打ちの襲撃が来たのだという。
 苦戦を強いられ多少怪我を負ったものの、三頭獣キマイラのレオポールと大鹿エルクのヘルフリッツはアン姫を守り切った。
 ヘルムとヨハンが逃げ出した者達を始末して戻ってきた頃にはもう、全ての決着はついていたのである。

 「ヘルムは論外だが、まさかヨハンまでとは。期待の星よとおだてられ、調子に乗り過ぎたか」

 「お言葉ですが俺が論外ってのは言い過ぎでは? 俺が追いかけて敵を倒していなかったら数が増えてましたぜ?」

 ヘルムが文句を言うと、ジルベリクは激昂してテーブルに拳をバンと打ち付けた。

 「まんまと誘い出されて馬車が手薄になった事が問題だと言っているのだ!
 お前達は隠密騎士というものをはき違えている。
 功を立てるよりも重要な事は主の命を守る事。任務は失敗できぬからこそ複数人で組んで動く。目先の功に目が眩んで先走り、レオポールの制止命令も無視し、主の命を危険に晒すなど本末転倒だ!」

 ジルベリクの言葉の刃が心に突き刺さる。
 その通りだった。ヨハンは後悔と自責の念にかられる。

 ――確かに自分はあの時功に焦っていた。心の奥底では我こそが一番優秀だと自負し、調子に乗っていたのだ。そのようなおごりから来る油断がこのような事態を招いてしまった。

 もしあの時ヨハンがちゃんと制止命令を聞いて踏みとどまっていたら、アン様を守る戦闘は多少楽になっていたに違いない。仲間が怪我を負う事も無かっただろう。

 「申し訳……ありませぬ」

 「これがお前達だけで行う任務であったならばアン様のお命は確実に無かった。再び同じような事があれば物言わぬ姿で郷里に帰される覚悟でいるのだな」

 「……チッ、分かりましたよ」

 「……はい」

 ヘルムは反省の色も見せず不貞腐れていたが、それとは裏腹にヨハンは項垂うなだれた。
 返す言葉が、無かった。



***



 その日以来、ヨハンは落ち込んで気鬱に苛まれるようになった。
 罰として課せられた草取りは淡々とこなしているものの、定期的に行われる見習い同士の試合では負ける事が増え、弟のシュテファンにも打ち負かされてしまう。
 そればかりではなく、担当を任されていた薔薇も何株か虫を取り忘れて枯らしてしまう始末だった。

 「調子に乗るからだ、ざまあみろ」

 「何だと!? お前とて単独行動したではないか!」

 草刈鎌を手にしたヘルムが嘲笑い、怒ったシュテファンが言い返す。
 しかしヨハンは黙して言葉を返す事は無かった。寧ろその通りだと内心自嘲する。
 ヨハンのプライドはすっかりズタズタになっていた。優秀で負け知らずだったのだから尚更である。

 ヨハンの反応が無いのが面白くないのか、ヘルムは「ふん、この俺様がこんな事やってられるか。お前ももう落ちぶれて行くばかりだな。ざまあみろだ。俺の分もやっとけ負け馬!」と罵り鎌を投げつけ去って行く。それをシュテファンが「待て! 兄者に押し付けるつもりか!」と追いかけて行った。

 残されたヨハンは、ざくざくと枯れた薔薇を根元から掘り出す。

 ――庭師の仕事すら満足に出来なくなったか。

 枯れた薔薇を脇に退け、鎌を拾う。良く研がれたその刃を見詰めた。

 ――これから私はどうなるのだろうか。このまま隠密騎士にもなれず、郷里におめおめと帰る事になってしまうのだろうか。

 見送りに来てくれた父と母の顔が脳裏を過る。家門の恥となる事は出来ない。

 それならばいっそ……。

 「兄者……」

 何時の間にか戻って来ていたシュテファンが気遣わし気に声を掛けてくる。
 ヨハンははっと我に返ると雑草を刈り取り始めた。

 「兄者の分の草刈りは既に終わっているではないか。奴にやらせるべきだ、それは兄者の仕事ではない!」

 「シュテファン……すまぬ、一人にしてくれ」

 ざくり、ざくり。

 束になって刈られ、積まれていく雑草。
 粉ひきのロバの如く振り向きもせずただひたすらヨハンは作業を続けていた。

 「……そんな兄者など、見たくなかった」

 泣きそうな声が落ちて、足音が遠ざかって行く。
 それからどれぐらい経ったのか、ヨハンの耳は逆に近付いて来る足音を拾った。

 「……一人にしてくれと言わなかったか」

 「あああああ――っ、マリーの大事な薔薇がぁっ!」

 思いもよらないその声に、ヨハンは仰天して振り向いた。
しおりを挟む
感想 116

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ
ファンタジー
 2020.9.6.完結いたしました。  2020.9.28. 追補を入れました。  2021.4. 2. 追補を追加しました。  人が精霊と袂を分かった世界。  魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。  幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。  ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。  人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。  そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。  オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。

処理中です...