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前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン。
角馬達が翼を得るまで。【4】
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「ハハハッ、良い反応だ。夕飯の時間だぞ、新入り共」
そこに居たのはカラカラと朗らかに笑う筋肉隆々とした素朴な印象の大男だった。巻いた短い茶色の髪も相まって穏やかな熊のような印象を受ける。
警戒の目を向ける二人に、大男は気まずそうにポリポリと頭を掻いた。
「ああ、すまん。驚かせ過ぎたか。俺は熊ノ庄のナシアダン・マカイバリ。大熊のナシアダンだ。ジルベリクの補佐をしている」
大熊のナシアダン、の名には聞き覚えがあった。怪力の持ち主で、接近戦では拳で戦うという。大きな体躯を裏切るような俊敏さを兼ね備え、罠に長けている隠密騎士。
二人は武器を下ろし、非礼を詫びた。
大熊のナシアダンに先導されてやってきた食堂には、庭師達が集まっていた。食べる時間は基本職種毎に決まっているそうで、庭師の時間を教えて貰う。
席は特に取り決めは無いとの事。
ただ、今日は見習いが集う日なので、見習い用のテーブルが決められていた。厨房と繋がっているカウンターから食事をよそわれた器を取ってトレーに乗せていくそうだ。食事が終われば返却所と書かれた棚へ返すらしい。
二人が言われた通りにトレーに食事を乗せて見習い用テーブルへ向かうと、そこに居たのは領地の合同修行で知り合った面々だった。
「馬兄弟か……」
「お前達も合格していたとはな」
「ここで会えて嬉しいぞ」
山羊ノ庄のセルジール・バラスン、狼ノ庄のモーリック・ギダパール、獅子ノ庄のオーギー・シンブリ……全てでは無いが、見知った顔が複数居る事にヨハンは内心ホッとする。シュテファンも同様だろう。
一人の男が足を引っかけようとしてきたのでさらりと躱す。
「ふん…」
「蛇ノ庄のヘルム・リザヒルか。久しぶりだな。這い上がって来たか」
躱された事に不満気に鼻を鳴らした蛇ノ庄のヘルムは、何かにつけてヨハンやシュテファンを目の敵にしてきた男だった。
合同訓練の試合で反則をした上にヨハンに負けて廃嫡か再教育かになった曰く付きである。
ここに居るという事は運良く廃嫡は免れたのだろう。
「言っておくが、俺はまだお前に敗北していない。何としてでも雪辱を果たす」
「おお、怖い。何とも執念深い事だ」
隠密騎士になる前の修行中であれば反則やずるをしてはいけない訳では無い。
見つからないようにやれなかったヘルムが悪かったのだ。ヨハンはそれが露呈するのを少し手助けしただけである。
お互い睨み合っているところへ、庭師筆頭のハヤブサのジルベリクがやってきた。見習いのテーブルの前に立って手を軽く叩き、彼らの注意を惹く。
「さて、新顔は皆揃ったな。食事の後は殿にお目通りをし、御前で実力を見る為の試合を行う予定だ。各自そのつもりでいるように。時間と場所は――」
伝えられた言葉に見習い達は「はっ」「承知」と等と答えて頭を垂れた。
ここで実力を示せば――全員の心が一致する。
「おお、殿に我らの実力を見て頂けるのか! これは張り切らねば。ところでジルベリク様、一つお伺いしたい事が――」
言って、ヨハンは立ち上がろうとしたのだが――何かに引っかかったように躓いてしまった。
そのままヘルムの方へと倒れ込み、ヘルムのトレーをテーブルの外に押し出すような形で倒れ込む。
けたたましい音を立ててヘルムの食事が台無しになった。庭師達全員の視線が集中する。
「てめえ、何をしやがる!」
怒りに叫ぶヘルム。ヨハンは慌てたように「申し訳ない!」と大仰に頭を深く下げた。
「お詫びと言っては何だが、私の分を差し上げよう。幸い、まだ手を付けてなかったから。わざとでは無いとはいえ、本当に申し訳なかった」
「は、はぁ!? どういう風の吹き回しだ」
「先程言ったままの通りだ。以前の事はやり過ぎたと私も反省している。お詫びにもならないかも知れないが、受け取って欲しい。私はそこまで腹は減っていないから大丈夫だ。掃除道具を借りて来よう」
「待て! ――いや、わざとでは無いのなら仕方が無い。これはお前が食べろ」
「いやいや、そういう訳には」
激昂した筈のヘルムが何故か勢いを無くし、妙なやり取りが始まった。ハヤブサのジルベリクはふうん、と興味深そうにヨハンを見る。
「ヘルム、ヨハンの厚意をありがたく受け取るが良い。お前の負けだ」
「な、何の事でしょうかジルベリク様」
ジルベリクは黙って一瞬焦りの表情を浮かべたヘルムの左腕を掴み、その袖口を探って小さな紙包を取り出した。
「あっ……」
それを改め「やはり下剤か…」と呟き、次の瞬間ヘルムを凄い勢いでぶん殴った。殴られたヘルムは汚れた床に倒れ込み、ジルベリクはその身体を踏んづけて首にナイフを当てる。
「舐められたものだな。ひよっこの悪い手癖を見逃すような間抜けであれば俺は筆頭にまでなっていない。
早速躾のなっていない悪戯好きの新人に教えてやろう。
覚えておけ、見習い共。仲間殺しは大罪だ。更に重要な任務の前につまらぬ矜持でこのように仲間の足を引っ張るのも同じく大罪だ。
失敗は即、死を意味している。修行中のような失敗しても先達が何とかしてくれるというような甘い考えは一切捨てるのだな。
ヨハンに感謝するが良い。もしヨハンが食事を採っていた、もしくは薬が下剤ではなく致死性のものであったならば、見習いであっても問答無用でお前の屍を反逆者として山に送り返す事になっていた。
ガキのおいたが許される修行期間も終わっている筈だ。
我ら隠密騎士が薬を盛る事を許されるのは主家の敵のみ。仲間に盛る事は許されぬ。
故にこの薬入りの食事はお前が責任取って全て片付けろ。ここまで言えば理解できたか?」
「ひぃっ、り、理解しました! 申し訳ありません!」
ヘルムは真っ青になって謝罪の言葉を口にした。
数分後。
庭師達からの忍び笑いが聞こえる中、せっせと掃除に取り組むヨハン。
そして悲壮な顔で自分が下剤を盛った食事に手を付けるヘルムの姿が見られたという。
そこに居たのはカラカラと朗らかに笑う筋肉隆々とした素朴な印象の大男だった。巻いた短い茶色の髪も相まって穏やかな熊のような印象を受ける。
警戒の目を向ける二人に、大男は気まずそうにポリポリと頭を掻いた。
「ああ、すまん。驚かせ過ぎたか。俺は熊ノ庄のナシアダン・マカイバリ。大熊のナシアダンだ。ジルベリクの補佐をしている」
大熊のナシアダン、の名には聞き覚えがあった。怪力の持ち主で、接近戦では拳で戦うという。大きな体躯を裏切るような俊敏さを兼ね備え、罠に長けている隠密騎士。
二人は武器を下ろし、非礼を詫びた。
大熊のナシアダンに先導されてやってきた食堂には、庭師達が集まっていた。食べる時間は基本職種毎に決まっているそうで、庭師の時間を教えて貰う。
席は特に取り決めは無いとの事。
ただ、今日は見習いが集う日なので、見習い用のテーブルが決められていた。厨房と繋がっているカウンターから食事をよそわれた器を取ってトレーに乗せていくそうだ。食事が終われば返却所と書かれた棚へ返すらしい。
二人が言われた通りにトレーに食事を乗せて見習い用テーブルへ向かうと、そこに居たのは領地の合同修行で知り合った面々だった。
「馬兄弟か……」
「お前達も合格していたとはな」
「ここで会えて嬉しいぞ」
山羊ノ庄のセルジール・バラスン、狼ノ庄のモーリック・ギダパール、獅子ノ庄のオーギー・シンブリ……全てでは無いが、見知った顔が複数居る事にヨハンは内心ホッとする。シュテファンも同様だろう。
一人の男が足を引っかけようとしてきたのでさらりと躱す。
「ふん…」
「蛇ノ庄のヘルム・リザヒルか。久しぶりだな。這い上がって来たか」
躱された事に不満気に鼻を鳴らした蛇ノ庄のヘルムは、何かにつけてヨハンやシュテファンを目の敵にしてきた男だった。
合同訓練の試合で反則をした上にヨハンに負けて廃嫡か再教育かになった曰く付きである。
ここに居るという事は運良く廃嫡は免れたのだろう。
「言っておくが、俺はまだお前に敗北していない。何としてでも雪辱を果たす」
「おお、怖い。何とも執念深い事だ」
隠密騎士になる前の修行中であれば反則やずるをしてはいけない訳では無い。
見つからないようにやれなかったヘルムが悪かったのだ。ヨハンはそれが露呈するのを少し手助けしただけである。
お互い睨み合っているところへ、庭師筆頭のハヤブサのジルベリクがやってきた。見習いのテーブルの前に立って手を軽く叩き、彼らの注意を惹く。
「さて、新顔は皆揃ったな。食事の後は殿にお目通りをし、御前で実力を見る為の試合を行う予定だ。各自そのつもりでいるように。時間と場所は――」
伝えられた言葉に見習い達は「はっ」「承知」と等と答えて頭を垂れた。
ここで実力を示せば――全員の心が一致する。
「おお、殿に我らの実力を見て頂けるのか! これは張り切らねば。ところでジルベリク様、一つお伺いしたい事が――」
言って、ヨハンは立ち上がろうとしたのだが――何かに引っかかったように躓いてしまった。
そのままヘルムの方へと倒れ込み、ヘルムのトレーをテーブルの外に押し出すような形で倒れ込む。
けたたましい音を立ててヘルムの食事が台無しになった。庭師達全員の視線が集中する。
「てめえ、何をしやがる!」
怒りに叫ぶヘルム。ヨハンは慌てたように「申し訳ない!」と大仰に頭を深く下げた。
「お詫びと言っては何だが、私の分を差し上げよう。幸い、まだ手を付けてなかったから。わざとでは無いとはいえ、本当に申し訳なかった」
「は、はぁ!? どういう風の吹き回しだ」
「先程言ったままの通りだ。以前の事はやり過ぎたと私も反省している。お詫びにもならないかも知れないが、受け取って欲しい。私はそこまで腹は減っていないから大丈夫だ。掃除道具を借りて来よう」
「待て! ――いや、わざとでは無いのなら仕方が無い。これはお前が食べろ」
「いやいや、そういう訳には」
激昂した筈のヘルムが何故か勢いを無くし、妙なやり取りが始まった。ハヤブサのジルベリクはふうん、と興味深そうにヨハンを見る。
「ヘルム、ヨハンの厚意をありがたく受け取るが良い。お前の負けだ」
「な、何の事でしょうかジルベリク様」
ジルベリクは黙って一瞬焦りの表情を浮かべたヘルムの左腕を掴み、その袖口を探って小さな紙包を取り出した。
「あっ……」
それを改め「やはり下剤か…」と呟き、次の瞬間ヘルムを凄い勢いでぶん殴った。殴られたヘルムは汚れた床に倒れ込み、ジルベリクはその身体を踏んづけて首にナイフを当てる。
「舐められたものだな。ひよっこの悪い手癖を見逃すような間抜けであれば俺は筆頭にまでなっていない。
早速躾のなっていない悪戯好きの新人に教えてやろう。
覚えておけ、見習い共。仲間殺しは大罪だ。更に重要な任務の前につまらぬ矜持でこのように仲間の足を引っ張るのも同じく大罪だ。
失敗は即、死を意味している。修行中のような失敗しても先達が何とかしてくれるというような甘い考えは一切捨てるのだな。
ヨハンに感謝するが良い。もしヨハンが食事を採っていた、もしくは薬が下剤ではなく致死性のものであったならば、見習いであっても問答無用でお前の屍を反逆者として山に送り返す事になっていた。
ガキのおいたが許される修行期間も終わっている筈だ。
我ら隠密騎士が薬を盛る事を許されるのは主家の敵のみ。仲間に盛る事は許されぬ。
故にこの薬入りの食事はお前が責任取って全て片付けろ。ここまで言えば理解できたか?」
「ひぃっ、り、理解しました! 申し訳ありません!」
ヘルムは真っ青になって謝罪の言葉を口にした。
数分後。
庭師達からの忍び笑いが聞こえる中、せっせと掃除に取り組むヨハン。
そして悲壮な顔で自分が下剤を盛った食事に手を付けるヘルムの姿が見られたという。
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