【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン。

角馬達が翼を得るまで。【3】

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 キャンディ伯爵領を出発した彼らは、一週間もしない内に王都に辿り着いていた。
 最初の任務は決められた日にキャンディ伯爵邸へ向かうようにとの何とも呑気な内容であった為、王都見物をゆるりとした後で向かう。

 どこまで続いているのか分からない程の長い塀、そして立派な門構え。邸宅であろう建物が遠くに小さく見えていた。

 「ここが……王都の主家」

 「大層大きいな、兄者!」

 「ああ……」

 彼ら二人はキャンディ伯爵邸の門の前でただただポカンとして立ち尽くしていた。

 気を取り直して門番に来意を告げて書状を渡すと使用人の乗った馬が屋敷の方へ駆けて行くのが見える。やがて戻って来た使用人は二頭の馬を引き連れて戻って来た。

 晴れて門の中に入れて貰い、馬に乗るように促されて辿り着いたキャンディ伯爵邸もまた城と見紛う程の大きな建物であった。
 領地のお屋敷は歴史を重ねた重厚な印象だったが、王都の屋敷はそれよりも洗練されて華やかな印象がある。

 「使用人の入り口はこちらです。下馬されよ」

 促されて馬を降りると、そこには文官らしき恰好の男と庭師の恰好をした目立たぬ壮年の男が居た。

 「庭師見習いですね。君達の仕事場となるキャンディ伯爵家にようこそ」

 文官らしき男はバルナール・コジーと名乗った。伯爵家の家臣、政務官長の現コジー男爵だと理解した二人は丁重な礼を取って挨拶をする。
 彼の母親はばあやをしているカメリア・コジー夫人。バルナールは主からの信頼も厚い重臣であった。

 「そしてこちらは君達の上司となる筆頭庭師のジルベリク殿です」

 バルナールからの紹介を受けて、庭師の恰好をした男が人好きのしそうな笑みを浮かべて口を開いた。

 「ひよっこ共、よく来たな。俺は鳥ノ庄のジルベリク・シャトートゥン、ハヤブサのジルベリクだ。よろしく頼む。王都見物は存分に楽しんだようだな」

 地味で大人しそうな印象が一変、まるで獰猛な猛禽類の如き気迫。王都見物の事もバレていた。二人は内心怯む。

 「はっ、お初にお目にかかります。私は馬ノ庄はヴァルカー・シーヨクの子、ヨハン・シーヨクと申します。
 ハヤブサのジルベリク様のご高名はかねがね。若輩の身なれど、宜しくお願い申し上げます」

 「同じく、シュテファン・シーヨクにございます。かの有名なジルベリク様にお会いするのを楽しみにしておりました。光栄に存じます」

 ハヤブサのジルベリク――身軽で俊足、戦いの時も疾風の如く素早く動き、仕込みクロスボウや石礫パチンコの名手であり、毒の知識も豊富。昼間であっても軽々と任務をこなし、狙った獲物は百発百中、逃がさないという。
 隠密騎士の憧れのような人物で、高地ではちょっとした英雄扱いをされていた。兄弟にとってもジルベリクは憧れの人物であり、目標であった。
 二人からの挨拶を受けたジルベリクは目を細め、ふむ……と顎に手をやって彼らを見詰める。

 「お前達の事はシーヨク卿からの報告書で色々と知っている。優秀で負け知らずだそうだな。殿も気に掛けられておられたぞ」

 「「ははっ、ありがたき幸せ!」」

 殿、というのはキャンディ伯爵現当主、サイモン様の事である。兄弟は野望を心に抱きながら、心を新たに引き締めていた。

 バルナールは満足そうに頷く。

 「殿の期待に応えるように精進なさって下さい。じきにお目通りが叶う事になるでしょう。ではジルベリク殿、後は宜しくお願いします」

 去って行くコジー男爵を見送り、ハヤブサのジルベリクは青い空を見遣った。

 「まだ日は高い。お前達の部屋に連れて行くからそこで荷解きの上、仮眠を取って体を休めておくが良い」

 ジルベリクによれば、屋敷の案内等は皆寝静まった夜間に行われるとの事。実際に隠密騎士として活動する事が多い時間帯だからというのも理由らしい。

 領地の屋敷での座学で王都キャンディ伯爵邸の屋敷の見取り図や家族構成、庭師の心得は既に叩き込まれている。
 実地で案内をされるのは、知識だけのものを形として知る為であった。

 ヨハンとシュテファンは与えられた部屋に落ち着き、仮眠を取る。どれぐらい経った頃だろうか。
 夢現の中、突如として向けられた殺気。二人はすぐさま飛び起きて傍に置いてあった武器を取り構えた。
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