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拾肆
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本とこの世界の家紋は一旦横に置いておいて。
それよりも、考えなきゃいけない事がある。
私は元の世界に帰れるのか、という事。
事情を話して協力を仰ごうと思ってた矢先に倒れたから仕方が無かったとはいえ、もうこの世界で早一週間過ぎようとしている。
母は戻ってこない私をさぞかし心配しているだろう。
警察にも捜索願いを出していると思う。
帰るとすれば。
その方法は間違いなく『桐紋』と『紋術』が関わっているだろう。
私はこの世界に霧に紛れて来てしまったのだから、その状況を再現してみる事しか思いつかない。
となると、だ。
まずは喪服を取り戻そう。
巣守隆康に、紋術のやり方を教えて貰わなければ。
そして、自分に霧を発生させることが出来るか試してみないと。
***
「あの時は如何せむと騒ぎけるに、姫御前の今は癒え給う事、まことにめでたく候いけり」
やっと起き上がれるようになって、食事も普通のものになった。
お萬が、「真日長く伏し給うたりけるに、少しく逍遥し給いなむや」と言ってきた。
草履を揃えて庭へ促してきたので、散歩の誘いだと分かり、有り難くお誘いに乗る。
「今宵、姫御前の癒え給う事を祝う宴の用意し仕りたりける。姫御前のおはし給うや」
宴って事は、パーティーか。
私の回復祝いっぽい。
「私は姫御前にあらず、只人にございます」
正直そこまでしてもらう謂れはない。
そう意味を込めて言うも、お萬は首を振る。
「否、姫御前は殿が愛しみ給う御方におわしますゆえ」
殿――巣守隆康を引き合いに出されても。
彼にはこうして保護してもらってるけど他人も同然。
居候に過ぎない私を妙に厚遇するのは、やっぱり何かに巻き込んで利用しようとしているんだろうなと思う。
一刻も早く元の世界に帰らないと。
「ところで、お萬。えっと……我が墨染めの衣はいずこ?」
巣守隆康の言葉を真似て聞いてみる。
「あの衣は殿の取り置かれたりけり。人に見らるる事の不便候えば」
お萬の言葉を脳内で反芻する。
ええと、巣守隆康が持っている……桐紋が人目に付いたら不都合って事か。
「あれは我が祖母…ババより給わった、大事な大事な形見。返して欲しい」
「そは……」
お萬が言いよどんだ時、「げにげに」と声がする。
「げに?」
げにってなんだよ。
つーか、この美しい庭園で奇声を発するんじゃない。
そう思ったと同時にお萬が立ち上がって私の傍に寄り、懐刀を抜いた。
「誰か! 誰かある! 慮外者じゃ!」
彼女の叫びに、しかし声の主は臆する事無く姿を現わした。
「御許がかの姫か。げに、天女の如く清らなるや。巣守のからく隠しをりけるに能うなり」
庭を囲む垣根の影から現れたその男はそう言って、閉じた扇を口に当ててうっそりと笑う。
あ、馬鹿殿三号だ。
【後書き】
「あの時は如何せむと騒ぎけるに、姫御前の今は癒え給う事、まことにめでたく候いけり」
→「あの時はどうしようかと思いましたが、姫君が今は回復なされて、本当にようございました」
「真日長く伏し給うたりけるに、少しく逍遥し給いなむや」
→「ずっと寝ていらっしゃいましたので、(庭を)少し歩かれませんか」
「今宵、姫御前の癒え給う事を祝う宴の用意し仕りたりける。姫御前のおはし給うや」
→「今宵、(姫様の)回復祝いの席を設けております。姫様はおいでになりましょうか」
「否、姫御前は殿が愛しみ給う御方におわしますゆえ」
→「いいえ、姫様は殿の大事な御方ですので」
「あの衣は殿の取り置かれたりけり。人に見らるる事の不便候えば」
→「かの衣は殿が(しまって)保管されています。人に見られては不都合でございますので。」
「そは……」
→「それは……」
「げにげに」
→「なるほどなるほど」
「誰か! 誰かある! 慮外者じゃ!」
→「誰か! 誰かいないか! 無礼者だ!」
「御許がかの姫か。げに、天女の如く清らなるや。巣守のからく隠しをりけるに能うなり」
→「あなたが例の姫君か。なるほど、天女の如き美しさよ。巣守が必死になり隠しているのも頷ける」
それよりも、考えなきゃいけない事がある。
私は元の世界に帰れるのか、という事。
事情を話して協力を仰ごうと思ってた矢先に倒れたから仕方が無かったとはいえ、もうこの世界で早一週間過ぎようとしている。
母は戻ってこない私をさぞかし心配しているだろう。
警察にも捜索願いを出していると思う。
帰るとすれば。
その方法は間違いなく『桐紋』と『紋術』が関わっているだろう。
私はこの世界に霧に紛れて来てしまったのだから、その状況を再現してみる事しか思いつかない。
となると、だ。
まずは喪服を取り戻そう。
巣守隆康に、紋術のやり方を教えて貰わなければ。
そして、自分に霧を発生させることが出来るか試してみないと。
***
「あの時は如何せむと騒ぎけるに、姫御前の今は癒え給う事、まことにめでたく候いけり」
やっと起き上がれるようになって、食事も普通のものになった。
お萬が、「真日長く伏し給うたりけるに、少しく逍遥し給いなむや」と言ってきた。
草履を揃えて庭へ促してきたので、散歩の誘いだと分かり、有り難くお誘いに乗る。
「今宵、姫御前の癒え給う事を祝う宴の用意し仕りたりける。姫御前のおはし給うや」
宴って事は、パーティーか。
私の回復祝いっぽい。
「私は姫御前にあらず、只人にございます」
正直そこまでしてもらう謂れはない。
そう意味を込めて言うも、お萬は首を振る。
「否、姫御前は殿が愛しみ給う御方におわしますゆえ」
殿――巣守隆康を引き合いに出されても。
彼にはこうして保護してもらってるけど他人も同然。
居候に過ぎない私を妙に厚遇するのは、やっぱり何かに巻き込んで利用しようとしているんだろうなと思う。
一刻も早く元の世界に帰らないと。
「ところで、お萬。えっと……我が墨染めの衣はいずこ?」
巣守隆康の言葉を真似て聞いてみる。
「あの衣は殿の取り置かれたりけり。人に見らるる事の不便候えば」
お萬の言葉を脳内で反芻する。
ええと、巣守隆康が持っている……桐紋が人目に付いたら不都合って事か。
「あれは我が祖母…ババより給わった、大事な大事な形見。返して欲しい」
「そは……」
お萬が言いよどんだ時、「げにげに」と声がする。
「げに?」
げにってなんだよ。
つーか、この美しい庭園で奇声を発するんじゃない。
そう思ったと同時にお萬が立ち上がって私の傍に寄り、懐刀を抜いた。
「誰か! 誰かある! 慮外者じゃ!」
彼女の叫びに、しかし声の主は臆する事無く姿を現わした。
「御許がかの姫か。げに、天女の如く清らなるや。巣守のからく隠しをりけるに能うなり」
庭を囲む垣根の影から現れたその男はそう言って、閉じた扇を口に当ててうっそりと笑う。
あ、馬鹿殿三号だ。
【後書き】
「あの時は如何せむと騒ぎけるに、姫御前の今は癒え給う事、まことにめでたく候いけり」
→「あの時はどうしようかと思いましたが、姫君が今は回復なされて、本当にようございました」
「真日長く伏し給うたりけるに、少しく逍遥し給いなむや」
→「ずっと寝ていらっしゃいましたので、(庭を)少し歩かれませんか」
「今宵、姫御前の癒え給う事を祝う宴の用意し仕りたりける。姫御前のおはし給うや」
→「今宵、(姫様の)回復祝いの席を設けております。姫様はおいでになりましょうか」
「否、姫御前は殿が愛しみ給う御方におわしますゆえ」
→「いいえ、姫様は殿の大事な御方ですので」
「あの衣は殿の取り置かれたりけり。人に見らるる事の不便候えば」
→「かの衣は殿が(しまって)保管されています。人に見られては不都合でございますので。」
「そは……」
→「それは……」
「げにげに」
→「なるほどなるほど」
「誰か! 誰かある! 慮外者じゃ!」
→「誰か! 誰かいないか! 無礼者だ!」
「御許がかの姫か。げに、天女の如く清らなるや。巣守のからく隠しをりけるに能うなり」
→「あなたが例の姫君か。なるほど、天女の如き美しさよ。巣守が必死になり隠しているのも頷ける」
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