上 下
14 / 54

拾肆

しおりを挟む
 本とこの世界の家紋は一旦横に置いておいて。

 それよりも、考えなきゃいけない事がある。
 私は元の世界に帰れるのか、という事。

 事情を話して協力を仰ごうと思ってた矢先に倒れたから仕方が無かったとはいえ、もうこの世界で早一週間過ぎようとしている。
 母は戻ってこない私をさぞかし心配しているだろう。
 警察にも捜索願いを出していると思う。

 帰るとすれば。
 その方法は間違いなく『桐紋』と『紋術』が関わっているだろう。
 私はこの世界に霧に紛れて来てしまったのだから、その状況を再現してみる事しか思いつかない。

 となると、だ。

 まずは喪服を取り戻そう。
 巣守隆康に、紋術のやり方を教えて貰わなければ。

 そして、自分に霧を発生させることが出来るか試してみないと。


***


 「あの時は如何せむとさわぎけるに、姫御前の今はたもう事、まことにめでたくさぶらいけり」

 やっと起き上がれるようになって、食事も普通のものになった。
 お萬が、「真日長まけながし給うたりけるに、すこしく逍遥せうえうたまいなむや」と言ってきた。
 草履を揃えて庭へ促してきたので、散歩の誘いだと分かり、有り難くお誘いに乗る。

 「今宵こよい、姫御前のたもう事を祝ううたげ用意よういつかまつりたりける。姫御前のおはしたもうや」

 宴って事は、パーティーか。
 私の回復祝いっぽい。

 「私は姫御前にあらず、只人ただびとにございます」

 正直そこまでしてもらういわれはない。
 そう意味を込めて言うも、お萬は首を振る。

 「いな、姫御前は殿がうつくしみ給う御方におわしますゆえ」

 殿――巣守隆康を引き合いに出されても。
 彼にはこうして保護してもらってるけど他人も同然。
 居候に過ぎない私を妙に厚遇するのは、やっぱり何かに巻き込んで利用しようとしているんだろうなと思う。
 一刻も早く元の世界に帰らないと。

 「ところで、お萬。えっと……墨染すみぞめの衣はいずこ?」

 巣守隆康の言葉を真似て聞いてみる。

 「あのころもは殿の取り置かれたりけり。ひとらるる事の不便ふびんさぶらえば」

 お萬の言葉を脳内で反芻する。
 ええと、巣守隆康が持っている……桐紋が人目に付いたら不都合って事か。

 「あれは我が祖母そぼ…ババよりたまわった、大事だいじ大事だいじ形見かたみ。返して欲しい」

 「そは……」

 お萬が言いよどんだ時、「げにげに」と声がする。

 「げに?」

 げにってなんだよ。
 つーか、この美しい庭園で奇声を発するんじゃない。

 そう思ったと同時にお萬が立ち上がって私の傍に寄り、懐刀ふところがたなを抜いた。

 「誰か! 誰かある! 慮外者りょがいものじゃ!」

 彼女の叫びに、しかし声の主はおくする事無く姿を現わした。

 「御許がかの姫か。げに、天女のごときよらなるや。巣守のからく隠しをりけるにあたうなり」

 庭を囲む垣根の影から現れたその男はそう言って、閉じた扇を口に当ててうっそりと笑う。




 あ、馬鹿殿三号だ。




【後書き】
「あの時は如何せむとさわぎけるに、姫御前の今はたもう事、まことにめでたくさぶらいけり」
→「あの時はどうしようかと思いましたが、姫君が今は回復なされて、本当にようございました」

真日長まけながし給うたりけるに、すこしく逍遥せうえうたまいなむや」
→「ずっと寝ていらっしゃいましたので、(庭を)少し歩かれませんか」

今宵こよい、姫御前のたもう事を祝ううたげ用意よういつかまつりたりける。姫御前のおはしたもうや」
→「今宵こよい、(姫様の)回復祝いの席を設けております。姫様はおいでになりましょうか」

いな、姫御前は殿がうつくしみ給う御方におわしますゆえ」
→「いいえ、姫様は殿の大事な御方ですので」

「あのころもは殿の取り置かれたりけり。ひとらるる事の不便ふびんさぶらえば」
→「かの衣は殿が(しまって)保管されています。人に見られては不都合でございますので。」

「そは……」
→「それは……」

「げにげに」
→「なるほどなるほど」

「誰か! 誰かある! 慮外者りょがいものじゃ!」
→「誰か! 誰かいないか! 無礼者だ!」

「御許がかの姫か。げに、天女のごときよらなるや。巣守のからく隠しをりけるにあたうなり」
→「あなたが例の姫君か。なるほど、天女の如き美しさよ。巣守が必死になり隠しているのも頷ける」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

処理中です...