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「あー、本当に来た。ゴミカス女」

 夕日が差して、校舎裏の二人の影を伸ばした。
 灯はけらけらと笑いながら、日和に近づいていく。その笑いは、悪意に満ちていた。
 結局、ピヨは日和を止められなかった。
 日和は素直に、放課後の校舎裏に来てしまったのだ。

「ほんっとにお前って、気色悪いよね」

 バシャア。

 水が落ちる音。それも、大量の。
 バケツに入った大量の泥水が、日和に向かってぶちけられた。
 日和はいまだ、言葉を発していない。

「生きてるだけで不服なんだよ!」

 続けて、灯はバケツで日和を殴る。血が飛び散る。

「いっつも!新規臭い顔して!病原菌持ってんじゃねぇの!?」

 バシバシと叩かれる日和。バシバシと叩き続ける灯。そして──それをハラハラしながら見るピヨ。
 ──自分は何も出来ないんだから、せめて見守るぐらいはしよう。
 心臓が飛び出しそうな勢いで、日和は叩かれ続けている。
 ふと、急に灯が叩くのを止めた。

「お前は……いつも……いつも……」

 ハアハアと息切れしながら、灯はふところを探った。
 取り出したのは──釘。

「人様に迷惑かけて、何とも思わないのかよっ!」

 強く握られた釘が、日和の胸に向かった。

「や、やめるんだっ!」

 日和が刺される──寸前。釘は、真っすぐ日和の胸に向かった──。
 そして刺された。
 

「っ、はあ!?」

 ピヨは日和の胸に飛び込んで、日和をかばった。
 「ピヨ……」と小さく呟いて、すぐにピヨを抱きしめた。
 一方、灯は。恐怖を覚えたような表情をして、ゆっくりと、足音を鳴らして近づいてくる。

「ねえ、なんなのその声。それに雀って……ふざけてんの?」
「いや」
「いい加減にして。お前が雀に触るだけで動物虐待だから」
「これは」

 日和の言葉を遮りながら、灯は釘を持った方の手を振り上げた。

「死ねよ」

 勢いよく、手を振り下ろした。
 そして釘は、倒れている日和の真横──こめかみのすぐ横に、突き刺さった。

「今日はこのぐらいにしてあげる。先生に怒られるから。でも次は──容赦しないから」

 そう言い放って、灯は去っていった。
 灯の姿が見えなくなったのを確かめると、ピヨは日和に話しかけた。

「大丈夫!?日和?」

 力を失ったように倒れている日和を、ピヨは一生懸命揺さぶる。
 しばらくして、日和は小さく口を開いた。

「──大丈夫、だと思う?」

 震える声で、答えが返ってくる。
 ピヨは羽で顔の泥水と血を拭いた。
 喋る力も無くなったように、日和は目を閉じた。

「と、とにかく、早く家に戻ろう!!」

 
 ◆


「うーん、うぅ……」

 眠そうに、日和は目を開いた。
 そこには、雀の姿。
 ピヨだ。胸の辺りには、白い包帯が巻かれている。

「ピっ、ピヨ!」
「ああ、動かないでね。怪我酷いんだから……」

 差し出した日和の手には、厚く包帯が巻かれていた。
 日和は細い足を動かして姿見の前に移動する。
 顔は絆創膏だらけで、腕や脚にも包帯が巻かれている。まるで重病人だ。

「これ……誰がやってくれたの?」
「私だよ!」

 ピヨは飛び上がる。日和は笑みを浮かべて、「ありがとう」と言った。

「それはそうと、ピヨの怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ!傷は浅いし!」

 ピヨはふわりと飛んで、段ボール箱の中にピョンっと入った。

「本当にありがとう。ピヨのお陰で助かったよ」

 日和はピヨの羽を優しく撫でた。

 ピヨは葛藤していた。
 
 まだ未来に希望のある少女を。
 眩しいほどに美しい笑顔を見せる少女を、殺したくなかった。
 だが。
 日和は死にたい。だったら、ピヨは──。
 
(日和……絶対にいつか、日和の願いを叶えるからね!)

 ピヨは、この子を絶対に殺すと、決めた。
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