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第五章 公爵夫妻、デートする
5−14 閑話3 終
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※トビアス視点
衝撃的なものを見てしまった結果、頭が混乱している。いや、カールがわざわざ代行で籠の礼をしに来た辺りで、薄っすらおかしいなとは思っていたんだ。
庶民ならわざわざ金を払って人に頼んだりしないもんな。
だがしかし、ミリーはあの溺愛呪われハーフェルト公爵夫人だったのか?!本当に?!
じゃあ、あの迎えに来た男が公爵本人ということか?!他の男が公爵夫人を抱きしめるわけがないから、それしか考えられないよな。
あの殺気に満ちた視線の意味が、今ならとってもよく分かる。
「トビアス。俺は、とんでもない人に恋をしていたんじゃないだろうか。」
同じくミリーの正体悟ったらしいヤンが、恐怖に震えながら俺に問いかけてくる。
「うん、いや、ちょっと待て。本当にあの人がミリーさんなのか、もう少し近づいて確認してみようぜ。」
あまりに突飛な考えに確信が持てなくて、二人でそうっとそちらへと足を踏み出した。
一歩、二歩、三歩・・・。
公爵夫人らしき女性は、有力者との話が終わったらしく、にこやかに手を振って別れている。
あの笑顔には見覚えがある・・・。
「髪の色以外はミリーさんだよね?」
「・・・だな。てことは、俺達はあの溺愛公爵閣下の目の前で、奥方にちょっかいかけたってことになるんだよな?俺達、なんで生きてるんだ?」
「ミリーさんは公爵夫人のそっくりさんだったってこともあるかも?」
「きっとそうだな!」
二人で現実から目を逸らし、そのまま後退って何も見なかったことにしようと決めたその途端、目の前を一台の馬車が通り過ぎた。
どう見ても乗り合いじゃない、その豪華な馬車は公爵夫人の近くで停まった。
直ぐに扉が開いて中から見るからに高位貴族の服装をした青年が飛び出してきた。
「エミィ!」
青年が公爵夫人に呼びかけたその声に背筋が凍る。
髪の色も長さも全く違うが、あの声はハルトと呼ばれていたミリーの夫のそれに酷似している。
隣を見れば同じように思ったのであろうヤンが失神寸前になっている。
そんな俺達の前で青年は妻の手を取り、そっと指先に唇を寄せ微笑みかける。その笑顔の破壊力たるや、周囲の女性達が年齢を問わず、ぽっと上気する程だ。
さらに妻を引き寄せ、その耳元で何かをささやいたと思えば、みるみるうちに彼女の全身が赤くなり、それを隠すように彼女は夫の胸に顔を伏せた。
溺愛公爵の名に恥じない甘い雰囲気に、こちらまで顔が赤くなりそうだ。
こういう方面に免疫のないヤンなんて、もう耳まで真っ赤になっている。
その場から動けず、凝視している俺達を他所に、公爵は壊れやすい宝物を扱う様に奥方を抱き上げ、馬車に乗って立ち去ってしまった。
乗車寸前にその薄青の目で、俺達の方をじっと見ていたように感じたのは気のせいだと誰か言ってくれ。
■■
一連の出来事は夢だったんじゃないかと思うくらい、周囲は何事も無かったかのように動き始めた。
心もとなくなった俺は、無意識に近くを歩く可愛い女の子に声を掛けて尋ねた。
「ねえ、そこの可愛いお嬢さん。さっきの馬車に乗っていったのはハーフェルト公爵夫妻?皆、反応してないけどこれが普通なの?」
「ええ、そうよ。あなた達、他の街の人ね?この街ではご領主夫妻を見かけることは普通なの。だからいちいち挨拶したり、畏まったりする必要はないのよ。」
「えーっと、いつもあんな感じ?」
「あんなって?」
「ほら、甘いっていうか・・・。」
柄にもなく口籠った俺に、女の子はいい笑顔を浮かべた。
「ええ、そうよ!いつもあんなに甘々で本当に羨ましいったら!でも今日のはレベル2くらいよ。キスも指先だけだったもの。いつもならこのまま、お二人で手を繋いで街を散策なさることが多いのだけど、今日はなにか急ぎの御用でもあったのかしらね。」
女の子は手を胸の前で組んでうっとりと語り、最後の方はなんだか残念そうに自分に言い聞かせていた。
その熱量に圧倒されて何も言えずにいた俺に爽やかに手を上げ、
「じゃあ、私は行きつけのカフェで『公爵夫妻を愛でる会』のメンバーとさっきの夫妻の会話を想像してくるから、これで失礼するわ!」
とスキップしながら立ち去った。
呆然と見送った彼女の背中は、とてもとても楽しそうだった。
城下の街なら俺に声を掛けられた女の子は顔を赤くしてくれるんだけど、彼女には一切そんな素振りもなく、普通に会話して終わったことにちょっとだけ傷ついた。
よくよく考えれば、この街の女の子達は、領主夫妻のせいで綺麗な顔に慣れ過ぎ、なおかつ恋人への要求レベルが猛烈に高そうなことに気がついた。
この街は未婚率が高くなりそうだな!
なんて捻くれたことを考えていたら、隣のヤンが楽しそうな笑い声を上げた。
「この街では領主夫妻が娯楽なんだね。それに、あれほどの溺愛を見せつけられたら流石に俺の恋心も砕けて消え去ったよ。ああ、なんだかすっきりした。俺も公爵閣下を見習って、恋人が出来たらものすごく大事にするよ。トビアス、皆に土産を買って帰ろう。」
ヤンに腕を引かれて賑わう店に向かいながら、俺はこの街に来てよかったなと心の底から思った。
■■
※リーンハルト視点
馬車に揺られながらエミーリアが不思議そうな顔で僕を見上げてきた。
「リーン、お帰りなさい。でも、突然馬車で来るなんてどうしたの?いつもは街の入り口で降りて歩いて来るのに。」
「ただいま。いや、ちょっとね、君を狙う虫がエルベにまで来たって護衛達から報告がきたんで、急いで仕事を片付けて迎えに来たんだ。君に何事もなくてよかった。」
「もうそんな季節?でも、虫くらいミア達が虫除けの薬をしてくれるから大丈夫だし、たとえ刺されても大したことないわよ?」
「うん、でも今日の虫は僕が虫除けにならないとね。」
「それってどんな虫???」
膝に乗せたままのエミーリアをしっかりと胸に抱き寄せて、彼女が奴等に気がつく前に間に合ったことに安堵の息をつく。
まさか、エルベにまで来るとは思っていなくて城で影護衛からの報告を聞いた瞬間、思わずペンを握り潰しそうになった。
妻からもらった大事な物だったので、必死で思いとどまってなんとか壊さずに済んだが。
腕の中の彼女は、虫が何かまだわからなくて悩んでいる。その顔もまた可愛い。
「エミィ、出来るなら僕以外の誰にも君に触れさせたくないんだよ。・・・うん、言いたいことは分かる、無理だって理解ってる。だから、これは僕のわがままなんだ。」
彼女の真っ直ぐな目が、何を無茶なことをと言ってるのが伝わってきて、僕は苦笑いする。
・・・本音なんだけどね。
でも最後に言ったわがままという単語に、彼女の瞳が煌めいた。
「リーン。じゃあ、私も貴方をもう二度と、女性達の群れに入れたくないわ!これは私のわがままだから、おあいこね。」
ちょっぴり得意気な顔でにこっと笑った彼女が、僕の側にいてくれるこの奇跡に感謝した。
今すぐ僕のことだけで、彼女をいっぱいにしたい。
彼女の頬に片手を添えてこちらを向かせるとその澄んだ灰色の瞳を見つめ、深く深く口付けて彼女の思考を全て僕で満たす。
屋敷に着くまでに彼女の頭の中から虫のことも何もかも完全に排除する、と思って始めたキスはそのまま僕をも飲み込んでいった。
■■■■
これにて第五章は終わりです。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
次が最終章になる予定です。書き終わるまでに数カ月かかると思いますので、気長にお待ちいただければありがたいです。
衝撃的なものを見てしまった結果、頭が混乱している。いや、カールがわざわざ代行で籠の礼をしに来た辺りで、薄っすらおかしいなとは思っていたんだ。
庶民ならわざわざ金を払って人に頼んだりしないもんな。
だがしかし、ミリーはあの溺愛呪われハーフェルト公爵夫人だったのか?!本当に?!
じゃあ、あの迎えに来た男が公爵本人ということか?!他の男が公爵夫人を抱きしめるわけがないから、それしか考えられないよな。
あの殺気に満ちた視線の意味が、今ならとってもよく分かる。
「トビアス。俺は、とんでもない人に恋をしていたんじゃないだろうか。」
同じくミリーの正体悟ったらしいヤンが、恐怖に震えながら俺に問いかけてくる。
「うん、いや、ちょっと待て。本当にあの人がミリーさんなのか、もう少し近づいて確認してみようぜ。」
あまりに突飛な考えに確信が持てなくて、二人でそうっとそちらへと足を踏み出した。
一歩、二歩、三歩・・・。
公爵夫人らしき女性は、有力者との話が終わったらしく、にこやかに手を振って別れている。
あの笑顔には見覚えがある・・・。
「髪の色以外はミリーさんだよね?」
「・・・だな。てことは、俺達はあの溺愛公爵閣下の目の前で、奥方にちょっかいかけたってことになるんだよな?俺達、なんで生きてるんだ?」
「ミリーさんは公爵夫人のそっくりさんだったってこともあるかも?」
「きっとそうだな!」
二人で現実から目を逸らし、そのまま後退って何も見なかったことにしようと決めたその途端、目の前を一台の馬車が通り過ぎた。
どう見ても乗り合いじゃない、その豪華な馬車は公爵夫人の近くで停まった。
直ぐに扉が開いて中から見るからに高位貴族の服装をした青年が飛び出してきた。
「エミィ!」
青年が公爵夫人に呼びかけたその声に背筋が凍る。
髪の色も長さも全く違うが、あの声はハルトと呼ばれていたミリーの夫のそれに酷似している。
隣を見れば同じように思ったのであろうヤンが失神寸前になっている。
そんな俺達の前で青年は妻の手を取り、そっと指先に唇を寄せ微笑みかける。その笑顔の破壊力たるや、周囲の女性達が年齢を問わず、ぽっと上気する程だ。
さらに妻を引き寄せ、その耳元で何かをささやいたと思えば、みるみるうちに彼女の全身が赤くなり、それを隠すように彼女は夫の胸に顔を伏せた。
溺愛公爵の名に恥じない甘い雰囲気に、こちらまで顔が赤くなりそうだ。
こういう方面に免疫のないヤンなんて、もう耳まで真っ赤になっている。
その場から動けず、凝視している俺達を他所に、公爵は壊れやすい宝物を扱う様に奥方を抱き上げ、馬車に乗って立ち去ってしまった。
乗車寸前にその薄青の目で、俺達の方をじっと見ていたように感じたのは気のせいだと誰か言ってくれ。
■■
一連の出来事は夢だったんじゃないかと思うくらい、周囲は何事も無かったかのように動き始めた。
心もとなくなった俺は、無意識に近くを歩く可愛い女の子に声を掛けて尋ねた。
「ねえ、そこの可愛いお嬢さん。さっきの馬車に乗っていったのはハーフェルト公爵夫妻?皆、反応してないけどこれが普通なの?」
「ええ、そうよ。あなた達、他の街の人ね?この街ではご領主夫妻を見かけることは普通なの。だからいちいち挨拶したり、畏まったりする必要はないのよ。」
「えーっと、いつもあんな感じ?」
「あんなって?」
「ほら、甘いっていうか・・・。」
柄にもなく口籠った俺に、女の子はいい笑顔を浮かべた。
「ええ、そうよ!いつもあんなに甘々で本当に羨ましいったら!でも今日のはレベル2くらいよ。キスも指先だけだったもの。いつもならこのまま、お二人で手を繋いで街を散策なさることが多いのだけど、今日はなにか急ぎの御用でもあったのかしらね。」
女の子は手を胸の前で組んでうっとりと語り、最後の方はなんだか残念そうに自分に言い聞かせていた。
その熱量に圧倒されて何も言えずにいた俺に爽やかに手を上げ、
「じゃあ、私は行きつけのカフェで『公爵夫妻を愛でる会』のメンバーとさっきの夫妻の会話を想像してくるから、これで失礼するわ!」
とスキップしながら立ち去った。
呆然と見送った彼女の背中は、とてもとても楽しそうだった。
城下の街なら俺に声を掛けられた女の子は顔を赤くしてくれるんだけど、彼女には一切そんな素振りもなく、普通に会話して終わったことにちょっとだけ傷ついた。
よくよく考えれば、この街の女の子達は、領主夫妻のせいで綺麗な顔に慣れ過ぎ、なおかつ恋人への要求レベルが猛烈に高そうなことに気がついた。
この街は未婚率が高くなりそうだな!
なんて捻くれたことを考えていたら、隣のヤンが楽しそうな笑い声を上げた。
「この街では領主夫妻が娯楽なんだね。それに、あれほどの溺愛を見せつけられたら流石に俺の恋心も砕けて消え去ったよ。ああ、なんだかすっきりした。俺も公爵閣下を見習って、恋人が出来たらものすごく大事にするよ。トビアス、皆に土産を買って帰ろう。」
ヤンに腕を引かれて賑わう店に向かいながら、俺はこの街に来てよかったなと心の底から思った。
■■
※リーンハルト視点
馬車に揺られながらエミーリアが不思議そうな顔で僕を見上げてきた。
「リーン、お帰りなさい。でも、突然馬車で来るなんてどうしたの?いつもは街の入り口で降りて歩いて来るのに。」
「ただいま。いや、ちょっとね、君を狙う虫がエルベにまで来たって護衛達から報告がきたんで、急いで仕事を片付けて迎えに来たんだ。君に何事もなくてよかった。」
「もうそんな季節?でも、虫くらいミア達が虫除けの薬をしてくれるから大丈夫だし、たとえ刺されても大したことないわよ?」
「うん、でも今日の虫は僕が虫除けにならないとね。」
「それってどんな虫???」
膝に乗せたままのエミーリアをしっかりと胸に抱き寄せて、彼女が奴等に気がつく前に間に合ったことに安堵の息をつく。
まさか、エルベにまで来るとは思っていなくて城で影護衛からの報告を聞いた瞬間、思わずペンを握り潰しそうになった。
妻からもらった大事な物だったので、必死で思いとどまってなんとか壊さずに済んだが。
腕の中の彼女は、虫が何かまだわからなくて悩んでいる。その顔もまた可愛い。
「エミィ、出来るなら僕以外の誰にも君に触れさせたくないんだよ。・・・うん、言いたいことは分かる、無理だって理解ってる。だから、これは僕のわがままなんだ。」
彼女の真っ直ぐな目が、何を無茶なことをと言ってるのが伝わってきて、僕は苦笑いする。
・・・本音なんだけどね。
でも最後に言ったわがままという単語に、彼女の瞳が煌めいた。
「リーン。じゃあ、私も貴方をもう二度と、女性達の群れに入れたくないわ!これは私のわがままだから、おあいこね。」
ちょっぴり得意気な顔でにこっと笑った彼女が、僕の側にいてくれるこの奇跡に感謝した。
今すぐ僕のことだけで、彼女をいっぱいにしたい。
彼女の頬に片手を添えてこちらを向かせるとその澄んだ灰色の瞳を見つめ、深く深く口付けて彼女の思考を全て僕で満たす。
屋敷に着くまでに彼女の頭の中から虫のことも何もかも完全に排除する、と思って始めたキスはそのまま僕をも飲み込んでいった。
■■■■
これにて第五章は終わりです。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
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