上 下
48 / 63
第四章 夫妻、休暇を楽しむ

48、妻、お茶会に招かれる

しおりを挟む
「あー、恋がしたい! ドカンと恋に落ちてそのまま幸せな結婚をしてシルフィア様みたいに愛されたい!」

 またもやズルズルとテーブルクロスの上に腕を滑らせて叫ぶシャルロッテ様を眺めて、私はアイスクリームをパクリと口に入れた。

 イゼラ侯爵家のお菓子も大変美味しい。

 今日はルイーゼと二人でシャルロッテ様のお家を訪ねている。
 先日届いた手紙は二人だけのお茶会の招待状で、その日のうちに返事を出して今日に決まった。

 私は昨夜、今日が楽しみ過ぎてなかなか眠れず深夜までテオがお喋りに付き合ってくれた。それでも早くに目が覚めて帝国で仕立てて持ってきた新しいお茶会用のドレスを着て、準備万端勇んでイゼラ侯爵家にやってきたのだった。

 侯爵邸に着くとシャルロッテ様イチオシの整然と手入れがされた美しい庭に案内され、侯爵家の料理人が腕に縒りをかけて作ったという色とりどりのアイスクリームをいただいている。

 ・・・どうやらシャルロッテ様の中では、私はアイスクリームが大好物ということになっているらしい。確かに好きだけれども。

 ジワーッと口の中で溶けていく苺アイスは初めての味で、私はその色も楽しんで食べていた。

 席についてから、周囲の花の紹介や、この国の社交界の話をしてくれていたシャルロッテ様が不意にツッと口をとがらせた。

「・・・もう、シルフィア様ってば食べてばっかり。もうすぐ帝国へ戻っちゃうんでしょ、今しかこうやってお喋り出来ないのだから何か面白い話してよ」
「だって、溶けちゃうじゃないですか・・・」
「そうだけど。あ、そうだ、シルフィア様はどんな恋をしたの?」
「・・・恋、ですか?」
「そう、恋!」

 最後のひとくちを味わいながらコテッと首を横に曲げて考える。

 はて、私の恋とは? 私のこれまでの人生は生き延びることが最優先で、そのようなことを考えたり体験する余裕なく結婚したから。

「私は恋をしたことがないです」

 正直に伝えた瞬間、前後からガタッと音が上がった。前のシャルロッテ様はテーブルに両手を突っ張って立ち上がり、後ろのルイーゼはよろめいていた。

 ・・・私、そんなに驚かせるようなこと言ったかな?

「テオドール様と貴方は激烈な恋愛結婚って噂だけど?! アレでしょ? 私みたいに兄に虐められていたシルフィア様とテオドール様がある日出会って一目で恋に落ちて、テオドール様は貴方を救うために国を一つ潰したんでしょ?!」

 こぼれ落ちそうなほど目を見開いて一気に捲し立てたシャルロッテ様の説明に、私も目を丸くした。

 テオと初めて出会った時はお互い相手のことを知らなかったし、次に会った時は私は朦朧としていたから恋に落ちる機会なんてなかった、はず。それに、私の国は年明けに帝国直轄地になる予定で、まだ潰れてはいない。

 それらを言うべきか迷っていたら、私の表情を読んだシャルロッテ様の眉が下がっていった。

「えぇ・・・違うの? もしかしてテオドール様の愛は一方通行なの?」
「それはないです! 私はテオが大好きです!・・・でも、結婚してから好きになりました」

 思わず大声で反論してしまい、次いで口から飛び出た自分の言葉で顔が熱くなる。

 そう、今の私はテオが大好きだ。だから、決してテオの想いが一方通行ということはない。そういえば、コレは何なのだろう?

「・・・アレ? この私のテオが好きって気持ちはなんですか? 恋は結婚前にするものですよね?」
 
 恐る恐る尋ねた私にシャルロッテ様がポカンと口を開けた。

「まあ、可愛い! それは恋よ。シルフィア様、恋はいつでもしていいのよ。想われて結婚してその相手に恋をするなんて最高に素敵だわ!」
「これは恋なのですか?」
「そうよ! 人は恋をするとね、ずっと相手のことを考えてしまったり、相手のことや好みを知りたくなったり、相手に好かれたくて努力するから綺麗になるのよ。シルフィア様もそうでしょ?」

 握りこぶしを固めて力説するシャルロッテ様となるほどと頷く私。シャルロッテ様は色んなことを知っているから、お喋りしているだけで勉強になる。

 ・・・確かに私はテオのことを一番多く考えてるし、テオのことを観察してるし、彼にずっと好きでいてほしい。綺麗になったかはわからないけど、テオの隣にふさわしい姿になりたいと思う。

「私、テオドール様に恋してるのですか・・・」

 何だか嬉しくて体の奥がぽっと温かくなってふわふわしてきた。私をじーっと見ていたシャルロッテ様が唸る。

「あー、羨ましい。私も早く恋して美しくなりたい!」


■■


「ルイーゼは恋をしたことがありますか?」

 侯爵邸からの帰り道、馬車で隣に座っているルイーゼに尋ねてみた。

 え、と言葉に詰まった彼女は、みるみるうちに赤くなった。

 これは、私にだってわかりますよ!

「ルイーゼも恋真っ最中なんですね!?」
「シ、シルフィア様、恥ずかしいから大声で言わないでください・・・うう、主とこんな話をするなんて思ってなかったです」

 恥ずかしい、と両手で顔を覆ったルイーゼは耳まで真っ赤だ。私はなんだかワクワクしてきた。

 すごい、恋してる人が直ぐ隣にいた。

「やっぱりルイーゼも相手のことを考えてしまったり、相手のことや好みを知りたくなったりしますか? 相手に好かれたくて努力してそんなに綺麗になったのですか?」

「綺麗かは分かりませんけど、ふとした時にどうしてるかな、と思ったり相手のことをじっと観察してしまったり身なりに気を使うようにはなりますね・・・」

 はにかむルイーゼが可愛くて私は身を乗り出した。

「ルイーゼはいつも私のお世話をしてくれて惚気を聞いてくれて相談にも乗ってくれる大事な人なので、私もルイーゼのために何かしたいです」

 張り切る私へ、ルイーゼは悲しげな笑顔で首を振った。

「シルフィア様のお気持ちは大変嬉しいのですが、私の好きな人には他に想う相手がいるのです。所謂片思いというやつですね」

 私はそれを聞いて何と言えばいいのか分からなくなってしまった。

 恋愛相談の記事をいくら読んでいても全く役に立たない。そして、私の恋は相手の気持が予めわかっている簡単で楽で安全なものだったのだと気がついた。しかも相手は非の打ち所がないような皆が羨む人物で。これでは『好きになって当然』と言われても仕方がない。

「やっぱり私がテオに恋するのは、ズルいことではないですか? 私は、一度テオ以外の人に恋してみたほうがいいのでは・・・」

 混乱してそうつぶやいた途端、ルイーゼが飛び上がった。

「それは絶対にダメです! 何があってもそれだけはいけません! いいですか、シルフィア様はテオドール様に堂々と恋していいのです。ズルくもなんともないです。それどころか世界平和に繋がる偉大なものなのです。ですから、テオドール様以外と無理やり恋しようなんて思っちゃいけませんよ」

 その勢いに圧倒されて私は目を瞬かせた。

「ですが、その、私の恋はどうも贅沢過ぎるように思うのですが・・・」
「それでいいのです! シルフィア様はこれまで大変な目に遭ってきたのですから、これからはとてつもなく幸せになってもらわねばならないのです。それがハーフェルト家の総意です」

 なんだか、ものすごく壮大な話に飛んでったような? ・・・でも。そうか、私はテオに贅沢な恋をして、ものすごく幸せになっていいのか。

 ルイーゼの主張は私の萎れかけた気持ちをフカフカに膨らませて元気にしてくれた。

「ルイーゼ、ありがとうございます。私、テオにいっぱい恋します。そしてもっと綺麗になりたいので色々教えてください。それから、ルイーゼの力にもなりたいので何でも言ってくださいね。私にできることは少ないですけど、全力で一緒に考えることはできますから!」

「ありがとうございます、シルフィア様。そう言っていただけるだけでとても嬉しいです。私はこれからもシルフィア様をどんどん綺麗にしていきますよ!」

 よろしくお願いします、と頭を下げたところでお屋敷の玄関に馬車が着いた。

 馬車が停まると同時にガチャンと音がして、いつもより早く御者さんが扉を開けてくれたと思ったらテオだった。今日は早めに帰っていたらしく、もう着替えも済ませている。

 おかえり、と笑顔で手を差し伸べてくれた彼の顔をまじまじと眺める。

 私、この人に恋してるんだ・・・。

 なんだか幸せがあふれてきて、私はぴょんと馬車から飛び出してテオに抱きついた。

「ただいまです! テオ、私はテオが大好きでテオに恋してるのですよ!」

 私を抱きとめたままテオが喋らないので不思議に思って見上げると、彼は耳の先まで真っ赤になって固まっていた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...