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第三章 夫の実家に初訪問

24、朝から甘い夫妻

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「初めまして、本日より若奥様付きになるルイーゼと申します。これからよろしくお願いいたします」

 朝の支度の手伝いにウータさんともう一人、若い女の人が来てくれた。と思ったのに、ルイーゼさんが私付きってどういうこと?!

「私、自分のことは大体自分で出来ますし、ウータさんがいてくれたら十分だと・・・」
「シルフィア様、申し訳ありません。これからは夜会等で正装される機会が増えますので、私一人ではとても務まらないのです」

 そういえば、元々ウータさんはテオ様の侍女だったっけ。出会った時から当たり前のようにお世話になっていたからずっと私の側にいてもらえると思い込んでいた。私は余計なお荷物になってたのかもしれない。

 心臓がぺたんこになったような気持ちになってなんだか泣きたくなったけど、それは二人に失礼だから一生懸命笑顔で挨拶を返す。

「そうなのですね。わかりました。ルイーゼさん、これからよろしくお願いいたします」

 ルイーゼさんもニコッと笑い返してくれる。

 おや、何だかホッとする笑顔。どこかで見たことあるような気が・・・?

「はい。伯母から手紙で若奥様のことは色々伺っていますので、安心して任せて下さい!」
「ルイーゼ、調子に乗らずシルフィア様のご希望をよくよく聞いて務めるのよ」

 胸をどんと叩くルイーゼさんに顔を顰めて注意するウータさん。あれ、もしかして。

「ルイーゼさんの伯母さんって、もしかして」
「はい、私です。ルイーゼは私の妹の子で五年前からこちらに勤めておりますので、多少はお役に立つかと思います」
「そうだったんですね!」

 なんだか、心がフカフカになってきた。道理で笑顔が似てる気がしたはずだ。知らない人だけどウータさんの姪なら仲良くなれそう。

■■

「今日の髪型は初めて見るね。服と感じがあっててフィーアにぴったりだね」
「ありがとうございます! ルイーゼさんが結ってくれたのです」
「ああ、今日からルイーゼが付いたんだ。こちらで流行ってる形なのかな。彼女とはどう? 相性が良くなければ交代してもらうから我慢しないで僕に言ってね」
「大丈夫です。私はルイーゼさんがいいです」

 朝露でキラキラしている庭園の小道をテオ様と手を繋いで歩きながらおしゃべりする。テオ様は早速、私の髪型が初めての形だと気がついて褒めてくれた。

「それはよかった。君がルイーゼとやっていけそうなら、今度帝国に戻る時についてきてもらうつもりなんだ」

 その言葉に、足が止まる。

 え? ルイーゼさんも一緒に? 

 それは、私が慣れ親しんだあの部屋での生活に、新しい人が加わるということか。咄嗟に『嫌だ』と口から出そうになって慌てて飲み込む。

 テオ様とフリッツさんとウータさん、時々ヴォルフさん。私が初めて手に入れた温かくて穏やかで幸せな日常の場に、よく知らない人が入ってくる。そして、その人は私以外の人達と私より長い付き合いがあって、私だけがよく知らない。

 そんなの嫌に決まってる。・・・だけど、私は受け入れなきゃいけない。だって、私はいずれこの大きなお屋敷を切り盛りするのだから。ここで働く人は多いから入れ替わりもあるだろうし、そういうのに慣れないといけないと思う。いつまでも居心地のいい繭にくるまっていてはいけないのだ。

「・・・頑張ります!」 

 思わず気合が漏れて、おかしな返事になってしまった。テオ様が首を傾け腰を屈めるようにして目線を合わせてきた。

「何を頑張るの? もし、ルイーゼの件なら無理しなくていいし、今直ぐに決めなくてもいいんだよ。この休暇が終わる頃に君と彼女が馴染んでいれば、の話だからね? 君がわざわざ頑張って仲良くなる必要はないんだ」

 真剣な目でそう言われて、うっかり頷きそうになる。だけど、ダメだ。今朝決めたばかりなのに、楽な方に流されちゃダメだ。私は大きく頭を横に振ってテオ様の目をしっかり見つめ返す。

「そういうわけにはいきません。ウータさんにばかり負担を掛けるのは申し訳ないですし、新しい人を受け入れることに慣れないと・・・公爵夫人になれませんから!」

 力を込めて宣言すれば目の前の顔がふにゃっと崩れた。そのままどんどん頭が下がっていって、遂に彼は両手で顔を覆ってその場に蹲ってしまった。

「テオ様・・・? ひゃっ?!」

 何か悪いことを言ってしまっただろうかと彼の肩に手をかけた途端、腰に抱きつかれて飛び上がってしまった。

「よかった・・・! 昨日のことでフィーアがここを嫌ってるんじゃないかと思っていたから、安心した。それに君が僕との未来に向けて努力しようとしてくれることが、たまらなく嬉しい」

 身のうちから絞り出すように言われて、私は滅多に見ることのない彼の頭の天辺を眺めた。そして言われたことを反芻していたら、なんだか胸の辺りがモヤモヤしてきたので、目の前のサラサラの灰色の髪を一房つまんでキュッと引っ張った。

「っ?! フィーア・・・?」
「テオ様は心配し過ぎです。確かに、昨日は想像よりうんと大きなお屋敷に怖気づきましたけれど、私はテオ様とずっと一緒にいたいんです。そんなに直ぐに嫌いになって逃げ出したりしません。私を信じてください」

 見上げてきた薄青の瞳をじっと見つめて頼む。すると、私を抱えあげるようにして立ち上がったテオ様がにっこり笑った。

「ありがとう、フィーア。もちろん、僕は君を信じてるよ。ただ、時々不安になって君の口から好きだ、ずっと側にいると聞きたくなるんだ」

 臆病でごめんね、と不安そうな表情で言われて、私の心がポッと燃えた。私は彼を何としてでも安心させてあげたくて、その首に腕を回した。

「わかりました! いいですよ、いつでも聞いてください。何度でも『テオ様の側にいる』って言いますから」

 夫の愚痴や弱いところを受け入れるのも妻っぽい! とちょっとレベルアップした気分でいたら、一瞬だけ笑みを浮かべたテオ様が首を傾げてお願いをしてきた。

「好き、も言ってくれると嬉しいな?」
「う、それは・・・二人きりの時なら」
「今、二人きりだよ?」

 今、ここで言えと?! 私はテオ様の首にしがみついたまま周囲を窺った。

 本当に誰もいないみたい。じゃあ、言ってもいいかな。

「テオ様、好き、です」 

 耳元を手で覆ってなるべく小さな声で告げる。彼が嬉しそうな笑みを浮かべたのでホッとしたら、サラリとキスをされて追加のお願いをされた。

「フィーアからのキスも付けてくれたら凄く嬉しいな?」

 えええっ?! ここで? ここで?! 

 頭から湯気が出ているに違いないというくらい顔が熱くなって、狼狽える私に向かって彼がダメ? と悲しそうな顔をしたので、慌てた私は今度は周囲を確認しないままにその頬にキスをした。

「おはようございます。朝から幸せそうだね、兄上、義姉上。」

 笑いを含んだその声に私は全身の毛を逆立て、恐る恐る振り向いた。

 そこには爽やかな笑顔のパトリック様と無表情のディートリント様が立っていた。二人とも昨日と違って軽装だ。

 お二人、さっきまでいませんでしたよね?!

 恥ずかし過ぎて逃げ出したいけれど、挨拶を返さないのは失礼だと思った私は必死に声を絞り出す。

「おはよう、ございます。パトリック様、ディートリント様」
「おはようございます、義姉上。昨夜は休めましたか?」
「はい、ゆっくり休ませていただきました」
「お義姉様、おはようございます。昨日は私、失礼をしてしまって謝らねばとお探ししていたのです」

 全く表情を動かさず私と目線を合わせないディートリント様に、嫌われてしまったと心が冷える。でも、来年から一緒に暮らすのだから、彼女と仲良くしなければ。私はギュッとこぶしを握ってディートリント様へ声を掛けた。

「ディートリント様、謝罪は昨日もしていただきましたから、もう十分です。私こそ失礼な態度を取ってしまって申し訳ありませんでした。あの、至らぬ義姉ですが、昨日の事は水に流してこれから仲良くして下されば嬉しいです」

 そろっと頼んでみたところ、彼女の頬がピクリと動いた。怒ったのかとビクビクしながらテオ様の服を握りしめて彼女の様子を窺う。

「私と、仲良く、してくださるのですか?」

 低い声で尋ね返され、私は高速で頷いた。

「もちろんです。私はディートリント様と仲良くしたいです!」
「では、ディーと呼んでください、お義姉様!」
「ディー、様ですか?」
「いえ、ただディーと」
「デ、ディー・・・?」
「ああもう、我慢出来ない! お義姉様はやっぱり可愛すぎです!」

 無表情が崩れ、凄い勢いで突撃してきたディートリント様に私は飛び上がったものの、彼女はテオ様の空いている方の手でガシッと頭を押さえられ止められていた。
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