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第二章 夫妻の贈り物

16、夫の贈り物

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「フィーア、嫌な思いをさせてしまってごめんね。街の警備に君のことを尋ねていたら、いきなり『お探しの人を見たかもしれません』と声を掛けてきたから話を聞いていたのだけど、誘われてるだけだと気づいた時に直ぐ別れておけばよかった。少しでも何か君の手掛かりがないかと欲を出したのがいけなかった。」

 先程の場所から少し離れた木陰のベンチに二人並んで腰掛けた後、なんだか必死なテオ様が手を合わせてきた。私は慌てて頭を横に振って頭を下げた。

「私こそ迷子になってすみませんでした。私は小さいので見つけにくかったですよね」
「いや、君の背丈のせいなんかじゃないよ。人が多いとはいえ、あっさり君を見失った僕達が悪かったんだ。一人で不安だったろうに、よく僕を見つけたね」

 僕達? と一瞬疑問に思ったが、それよりも彼を見つけるために時計塔に登ったことを話したくてたまらなかった私は、彼と離れてからのことを身振り手振りをつけて語った。

 テオ様は目を丸くしたり細めたりしながら丁寧に聞いてくれ、最後に詰めていた息を大きく吐いて私の肩を抱き寄せ頭をくっつけてきた。

「フィーアが無事に僕のところへ戻って来てくれて本当によかった」
「・・・テオ様?」

 それは、ただ迷子から戻ってきたという意味だけではない気がして、私は彼をじっと見つめた。
 私の視線を受け止めた彼は、すまなさそうな顔になり、懺悔するよ、と呟いた。

「僕は今頃になって、君に選択の自由を与えず性急に結婚したことを申し訳ないと思っている」

 それってどういうこと?! テオ様は私との結婚を後悔してるってこと?

 突然、彼からそんなことを言われて私の頭は混乱した。彼は動揺する私と両手の指先だけ繋ぐと悲しそうな顔のまま微笑んだ。

「本当は君を他家の養女にして実家と縁を切らせるだけでよかったんだ。そこで色々身に着け直して、じっくり相手を探してから嫁ぐことも出来たはずなのに君が選べない状況で僕と結婚させた。僕なら君を一番幸せにしてあげられると思っていたんだ。だけどそれは思い上がりだった。危険な目にあわせたり、友人は君を泣かせたり、僕は迷子にさせたりで、全く上手くいってなくて少々落ち込んでいる」

 落ち込んでいる。いつもの彼からは聞くことがないその弱音に、私は瞬きをした。それから首を傾けて考えつつ自分の想いを言葉にしていく。

「私は、生まれてからずっと嫌なことしかなくて、希望を抱くことすら出来ずにいました。でも、テオ様と結婚してからは毎日楽しいことが一杯で、嫌なことがあっても次はいいことがあるって思えるようになりました。これはとても幸せなことだと思うのです」

 心の底からそう思ってると伝わるといいなと思いながら話せば、彼が少し安堵したような表情になった。それで嬉しくなった私は勢いよく続ける。

「それに、テオ様と結婚するまでは誰も助けてくれませんでした。でも今は私が危ない目にあったらテオ様やフリッツさんが助けてくれますし、分からないことは先生やウータさんが教えてくれて、友達が悩み相談にのってくれるんです。これは全部テオ様が私にくれたものです。私はテオ様と結婚したから、幸せで楽しい毎日を過ごせています」

 本当に? よかった、と呟いた彼が今度はぐっと真剣な顔になって、指先だけ繋いでいた手をぎゅっと繋ぎ直してきた。

「・・・こんな僕だけど夫として、これからも好きでいてくれる?」

 はい、もちろんと即答しかけて私は口を閉じた。

 彼が好きなのは間違いないけれど、ただ好きじゃなくてもっと・・・そう!

 不安そうな顔になった彼へ、私はめいっぱいの笑顔を向けた。

「はい! 私にとってテオ様はずっとずっと特別好きな人です!」

 言い切った途端、彼がすかさず抱きしめてきて、私の耳元で震えた声を出した。

「どうしよう、嬉しくてたまらない。特別なんて、僕は一生言われることはないと思ってた」

 彼のあまりの喜びようが不思議で、目の前にある彼の耳に聞いてみた。

「テオ様はモテるのですから、誰かの特別になるなんて簡単なのでは?」

 耳元で私が喋ったので、くすぐったそうな声で答えが返ってきた。

「くふっ、そんなことないよ? 僕に寄ってくる人達の一番は大抵、ハーフェルト公爵家の権力か資金なんだ。そして、公爵家の跡取りなら誰でもいいわけだから、僕自身を特別になんて思うわけがない。」
「そうなのですか?!」
「そうだよ。他に見た目も好かれるけど、僕くらいの男なんてゴロゴロいるのだから、特別になるのは難しいよね」

 なるほど? でもテオ様ほど素敵な男の人ってそんなにゴロゴロいるかな? と考えていたら、彼がもう一度ぎゅっと抱きしめてきた。それから、惜しそうに身体を離すと鞄に手を入れて小さな滑らかな布が貼ってある青い箱を取り出した。

 部屋にあるネックレスが入っている箱に似てるけど、ずっと小さい。何が入っているのかな?

 うやうやしく目の前に差し出されたその箱は、私の目の前でパカッと開かれた。

 中にはキラキラ光る・・・指輪が二つ?

「これは、指輪ですか・・・?」

 見たままを尋ねる私へ、テオ様は照れているのを誤魔化すような真顔で頷いた。

「そう。僕と君の結婚指輪です」
「結婚、指輪、ですか・・・そんなものがあるのですね」
「そう。本当は結婚式で永遠の愛を誓ってお互いの指にはめるらしいけど、僕達はもう結婚しているし、君の安全のためにもここで着けていこう」

 そう言いながら、彼は私の左手を取って小さい方の指輪をはめてくれた。私はその手を目の高さまで上げて自分の指で輝く指輪を眺めた。

 滑らかな白金の地にお互いの目の色の宝石が埋め込まれ、その間に何かの模様が刻まれている。

 ・・・この模様、どこかで見たような?

「フィーア、僕はこれからも君を大切に愛すると誓うよ」

 模様をよく見ようと眉間にしわを寄せていたら、前髪をかき上げられて額に口付けされた。

「テオ様?!」
「ふふっ、ちょっとだけ結婚式の真似事。僕達の結婚式はまだまだ先だからね」

 それを聞いて私の目が丸くなる。

「えっ?! 結婚式をするのですか?!」
「うん。僕個人はしなくてもいいのだけど、ほら、家がアレなものだからさ・・・再来年、自分の国に帰ってから多分、盛大にやらないといけないと思う。君のドレス姿は楽しみだけどね」

 えええ、と心の中で悲鳴をあげている私を笑顔で見つつ、彼は自分の左手を私の眼の前で振って何かアピールしている。

 ・・・? あっ、指輪?! 

 寂しそうに箱に残っていた指輪を緊張で震える指でつまみ、先程テオ様がしてくれたように彼の指にはめる。

 これでいいのかなと、そっと見上げれば彼は大変嬉しそうな表情で次を要求していた。

 次ってなんだっけ? あっ、あれもするの?!

 私からも返さないわけにはいかないと覚悟を決めて目を閉じ、彼の頬めがけてキスをした。

 ・・・ん? あれ? これって頬じゃない気がする?

 なんだか思っていた感触じゃないと目を開ければ、そのまま深くキスされて慌てる。

 テオ様、ずるい! 顔を動かして唇に当たるようにするなんて聞いてない!
 
 彼のシャツを力いっぱい握りしめて訴えれば彼は無邪気に笑って謝った。

「ははっ、ごめん。つい、いたずら心が湧いて。でも、これで誰が見ても僕達は夫婦だよ。それに君も子供に間違われずに済むし、これから先、迷子になったり困ったことがあればその指輪を街の警備に見せるといい。直ぐに便宜を図ってくれて保護もしてくれる」
「これは魔法の指輪なのですか?」
「いや。真ん中にハーフェルト公爵家の紋章が入っているだろ。この紋章、帝国内でも割と効き目があるんだよ。これを見せるだけで帝国の本城まで自由に入れるし」

 私はぽかんと口を開けて、心の中で叫んだ。

 テオ様、それは最強の指輪です!
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