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第一章 次期公爵夫妻

6、余話 次期公爵夫人のお茶会

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「よお。」

 ルノーが手を挙げると同じく中年、いやそろそろ老年に差し掛かろうとしている男二人も同じように挨拶を返してきた。
 二人ともよそ行きを着てめかしこんでいるが、慣れていないので服に着られている印象を受ける。もちろん、自分も同じなのだが。

 三人揃ったところで眼の前の扉を眺めた。何の変哲もない、ただの木で出来た扉なのだが、男達にとっては開けるのにとんでもなく勇気のいる代物に見えていた。

「俺がお茶会なんてぇものに招待される日が来ようとはな。」

 ルノーがポツリと呟けば、隣で小さな花束を握りしめた大男のロメオも頷いた。

「全くだ。小さなシルフィアさんが真剣な顔でやたらと綺麗な封筒を差し出して『初めてお茶会を開きますのでどうぞいらしてください』と言った時にゃ、腰が抜けるかと思ったぞ」

「・・・俺はお茶会の作法なんてちっともわからないけど、とりあえず一番いい服を着てきたんだ。こんなの着るの、姪の結婚式以来だぜ。」

 ジャンニが服を摘んでぼやけば、残りの二人も深く頷いた。

「なんだ、まだ行ってなかったのか?若奥様がお待ちだろうに。」

 突然背後からやや掠れた声が飛んできた。三人が飛び上がるように振り向けば、ロメオと同じくらいの大男が大きな箱を担いだまま、呆れた顔でこちらを見ていた。

「あ、店長。いや、今から訪ねるところだったんすよ!」
「ジャンニの店長?・・・まさか、隣のぬいぐるみ店の店長さん?!」

 慌てるジャンニと大男を見比べて、ルノーとロメオが素っ頓狂な声を出す。

 帝都で一番のぬいぐるみ店の店長がこの熊のような大男で、従業員がこのしおたれた中年男って。それで、あのふわふわの夢の固まりのような物が売れるのか?!

 二人の心中の叫びに気づかない彼は、豪快な笑顔で頷いた後、遠慮なく眼の前のアパートメントの呼び鈴を鳴らした。

 直ぐに出てきたのは侍女のウータで、店長の姿を見ると一瞬目を見開き、にこりと笑った。

「あら、ヴォルフ。こんな時間に珍しいわね。どうしたの?」
「ウータ、お客様達がいらしてるぞ。」

 その言葉で彼の背後を見たウータの顔が、パッと真面目なものに変わった。

「ロメオ様、ルノー様、ジャンニ様、おいでなさいませ。気がつかず、申し訳ありませんでした。若奥様がお待ちですのでこちらへどうぞ」


 店長と別れて階段を上りながら、ジャンニが先頭のウータへ声を掛けた。

「ウータさんは店長と親しいのですか?」

 勤務先が隣同士ということで、ジャンニは比較的ウータと顔を合わせることが多い。先程の二人の様子にただの知り合い以上のものを感じたらしい。
 問われたウータはあらまあ、と足を止め驚いた顔で振り返った。

「あの人は一緒に働いているのに、ジャンニさんに言ってないのね」
「と、言いますと?」
「私とぬいぐるみ店店長のヴォルフは夫婦なのです。二人でここの一階に暮らしているんですよ」
「知らなかった・・・!」

 絶句するジャンニと二人。まあ、別に知らなくても支障はないですけどね、と笑ったウータが顔を前に戻してヒッと息を呑んだ。つられてそちらを見た三人もビクッと身体を震わせた。

 ・・・階段上のうすーく開いた扉の隙間から光る目がこちらを見ていた。

「あ、見つかっちゃいましたか?」
「シルフィア様~! それはダメですよ、今日は次期公爵夫人としてお茶会を催されるのでしょう?」
「そうでした! 驚かせてごめんなさい。いつお迎えに出ればいいか分からなくて、様子を窺っていたのです」

 すまなさそうな表情のシルフィアが扉を大きく開けてぴょこっと出てきた。

「本日はお茶会に来て下さり、ありがとうございます」

 シルフィアは、済ました声でそう言うと貴族夫人らしくドレスを摘んで挨拶して見せた。
 これまで街の人々と同じようなワンピースを着ている姿しか見たことがない三人は、珍しい彼女のドレス姿に目を奪われた。

 白い繊細なレースがたっぷり使われた可憐なドレスは、胸元と袖に髪をまとめ上げている物と同じ銀色のリボンが付いている。

「はー、そういう格好をするとシルフィアさんも貴族の御婦人に見えるよ。」
「本当ですか?! 嬉しいです」

 本当はご令嬢と言いたいところだけどな、と心の中で呟くルノーの横でジャンニがわなわなと身体を震わせた。

「なあ、ウータさんはさっき『次期公爵夫人』って言わなかったか? シルフィアさんは公爵夫人になんの?!」

「はい。テオ様が言うにはその予定だそうです」
「ということは、あの若い旦那はどこぞの公爵家の跡継ぎか!」

 ロメオの小さな叫びに、そう言われれば納得出来ると頷きかけたルノーの脳裏を何かが横切った。

 ・・・あれ、待てよ? 公爵家で灰色の髪? なんかどっかに有名な人いなかったか?

「まさか、隣国のハーフェルト公爵家とか言わないよな・・・?」
「そうです、そこです! ジャンニさん、ハーフェルト公爵家のこと、ご存知だったのですね」 

 ルノーが答えに辿り着く前にジャンニが正解を出してしまう。俺の脳が活性化しねえと嘆くも、ルノーの口はロメオと一緒にパカッと開いている。

「ご存知も何もハーフェルト公爵夫人は灰色の髪で超有名じゃないか。なるほど、あの方はかの有名なる『溺愛公爵』閣下の息子だったのか。それならあの溺愛っぷりも納得がいくな」

 うんうんと一人で頷くジャンニの言葉に首を傾げたシルフィアが真顔で尋ねる。

「テオ様は何を溺愛しているのですか? ご令嬢達も、テオ様と結婚したら溺愛されると期待していましたけど、溺愛って遺伝しませんよね?」

 今度はジャンニも口がぽかんと開きっぱなしになった。

 確かに遺伝はしないだろうけど、この目の前の若奥様は、自分が溺愛されていることに気がついてないのか?!
 
 ・・・なんだか、彼女の夫が哀れになってきた。

「シルフィアさん・・・いや、シルフィア様?」

 言い直したジャンニにシルフィアが寂しそうな視線を向けた。
 
 先日、友達は呼び捨てにすると言い張る彼女と『様』を付けた方が、というテオドールが話し合って『さん』を付けることで決着したのだった。

 それを公爵家と分かった途端、あっさり翻したのは申し訳なかった。ジャンニはこほんと咳払いをして再度口を開いた。

「あー、シルフィアさん、アナタ自身が夫から溺愛されてますよね?」

「そんなそんな、私がテオ様に溺愛されているるなんて、とんでもない! 恐れ多くてあり得ませんよ! あっ、扉の前に立たせっぱなしで申し訳ありません。皆さん部屋の方へどうぞ」

 勢いよく顔の前で手を振って大真面目に否定したシルフィアが、慌てて開きっぱなしの扉の中へ皆を誘う。

「・・・溺愛って恐れ多いのか?」
「・・・本気でそう思ってるようだな」
「・・・彼女の夫君が知ったら大いに嘆きそうだが」
「テオドール様にはご内密に願います」

 ボソボソと小声で話しながらついていった彼等は通された部屋に目を見張った。

 部屋の中央に置かれた大きなテーブルには真っ白のクロスが掛けられ、初春の花が活けられている。その周囲に並べられた美味しそうなサンドイッチや焼き菓子からいい匂いが漂ってくる。

「私の初めてのお茶会へようこそ!」

 テーブルの前で振り返ってそう言ったっきり、緊張で頭が真っ白になって固まったシルフィアに、ウータがそっとカンペを差し出した。
 それを開いて続きの挨拶をつっかえつっかえ読み上げ始めた彼女を手に汗握って見守るおっさん達。

 ・・・頑張れ、次期公爵夫人!


■■

 その頃、階段の下では愛する妻の初お茶会を陰から見守るべく、早々に帰宅したテオドールが呆然と立ち尽くしていた。

「・・・フリッツ、聞いた? シルフィアは僕が彼女を溺愛してるって分かってないみたいだよ」
「若奥様は愛情を知らない方ですから、わからないのでしょう。こんなにこってりと重い愛なのにね。あの、落ち込まないでくださいよ」
「え? どこに落ち込む要素がある? これはシルフィアをもっともっと可愛がって愛でていいってことだよね。今までやり過ぎは嫌われるかもと控え目にしてた分、これからは全開で彼女を愛でられるってことだよ!」

 フリッツの顔から表情が抜け落ちた。






■■■■■■

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第一章はここで終了です。

第二章はテオの友人が出てきます。また書き終わりましたら投稿しますので、それまでお待ちいただけたら嬉しいです。
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