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シュタンツファー市
#34 怒り
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私たちは席に着き、暫く沈黙した。電車の走行音が規則的に響き、緩やかに揺れる。その揺れは疲れた人間を楽園に運ぶように優しく揺れた。しかし、私にとっては違う。この電車は私を楽園へは運んでくれない。ナマイトダフ市がどれだけ悪かろうが良かろうが、私が感じているものは変わらない。私は逃げた。現実から逃げた。リーヌの言ったことは正しい。私は育ててもらっていた身。ある程度の我慢はしなければいけないはずなのだ。その時その時では、ものすごく辛いと思っていたことも、いざ逃げてみると本当に耐えられなかったのかと疑問を感じる。自分の心の霧が分からないでいた私にも分かった。私は今後悔している。駅でリーヌに散々なことを言ったこと。あんな啖呵を切ったこと。出発してすぐに後悔の念が強くなっている。
「後悔してるの?」
アリーは急に声をかけた。私は図星を突かれて咄嗟にアリーの顔を見た。アリーの目は真っ直ぐでその視線が痛かった。私は視線を逸らした後、枯れた声を発した。
「………はい。」
「そっか。」
「…私は恩を仇で返しました。気に入らないとか、劣等感とか、そんなくだらないもので…。」
「…そうね。確かに恩を仇で返したかも知れない。だけど、その分辛かったってことじゃないの?」
「……いいえ。我慢出来たはずです。少なくともあんな酷い事をリーヌには言うべきじゃなかった。」
私はまた涙を流した。シュタンツファーに行かなければ、リーヌを傷つけることはなかった。私はあの街に行くべきでは無かった。そう思った時、私の感情のベクトルはアリーに向いた。
「アリーさん、私がシュタンツファーに行く前に貴方にもわかるかも知れないって言いましたよね?あれはこの事だったんですか?」
アリーは少し驚いた表情を見せて、窓に顔を向け、外を眺めながら、いや、自分自身見つめるかのように話し始めた。
「そうよ。
私はあの街に行って見知らぬ家族に引き取られたの。その時は補助金制度なんてなかったし、本当の善意でだったんだと思う。だけど、ずっと周りに腹を立ててたわ。自分には無いものを持っている子を見るのも、同情されるのも嫌だった。」
「それを…それを私が知るかもしれないって、苦しむかもしれないって分かってて私を連れて行ったんですか!?」
「……。」
「アリーさんが…ファタング隊の皆さんが、私を最初からナマイトダフに連れてってくれれば私は!!…私は…」
嗚咽で言いたいことが最後まで言えない。アリーに怒るのがお門違いなのは分かっている。だが、もしアリーの話が聞けていたなら、少なくともリーヌとの仲が悪くなることはなかった。そう思えて仕方がない。
「それは無理よ。ベリアもさっき自分で言ってたじゃない。アイザーは極力ナマイトダフに避難民を行かせたくないの。だからシュタンツファー市の周りにある、ハイヒブルック市、フェルドオリギー市、ハイヒフロウス市、ミアンガ市、ノイシュロス市、ダルビ市、モノ市の避難民は強制的にシュタンツファーに行かなきゃいけないってなってる。これは二年前からの決定事項よ。その後の選択は自由ってなってるけど。」
「だったら私にアリーさんの体験を説明して、その後穏便に過ごして、ナマイトダフに行けばよかったじゃ無いですか!」
「……無意味よ。」
「どうして無意味ってわかるんですか?」
「最初に説明したって貴方は納得しなかったはずよ。ベリアが今言ってるのは結果論であって、正しい方法じゃない。それにナマイトダフでは生きていくのが困難よ。十三歳から自分の職や所属する組織を決めて働いている子が沢山いるの。社会から二年も離された貴方が急にそんな過酷な世界でやっていけれると思う?学校のように誰かに決められたことをやっていればいい訳じゃない。自分で考え、自分で決め、自ら行動をし、自分の手で結果を出さなきゃいけない。今貴方は逃げてきたって思ってるかも知れないけど、ナマイトダフにはナマイトダフの辛さがあるわ。」
「じゃあ…私はどうすればいいんですか。」
「それはナマイトダフに着いてからわかるかも知れないわね。」
「そんな…私は何のためにここにきたんですか…。」
その後アリーは黙り込んでしまった。しかし、そっと私の肩に手を置いた。私はアリーの体温で自分の体が冷えているのが分かった。私は落ち込んでいた頭を上げ、アリーのいる方向を見た。アリーは最初に会った時のような優しい笑顔をしていた。
「ベリア。さっき劣等感をくだらないものって言ったわよね。それは違うわ。どんなに情けなくても、くだらない感情や気持ちなんて無いわ。どれをとっても貴方自身が感じた大事なものなのよ。今回の選択やこれからの選択に後悔しても、過去の自分が苦しさや寂しさを感じたことを否定しないで。過去の自分を責めないで。その選択に結果をもたらすのは過去の自分なんかじゃない。これからの自分なんだから。」
アリーの言葉で私の涙はさらに溢れた。顔が熱い。血が頭に上っているのが分かる。心の霧がどうしてこんなにも不安定な存在だったのかが今分かった。私自身が私の気持ちを無下に扱っていたからだ。リツロの言うように素直に自分の気持ちを受け止めていなかったのだ。今更そのことに気づいた私はまた後悔を積んだ。
暫くアリーの胸で泣いた後、アリーに一つだけ聞いた。
「アリーさんはどのくらいシュタンツファーに滞在していたんですか。」
「三ヶ月よ。あの頃は電車なんて無くて馬車が片道四日間かけて行く時代だったから、そう簡単には行けなかったのよ。…ベリアの選択が正しいかどうか分からない。だけど、私は三ヶ月我慢して得られたものはない。逆にナマイトダフに抜け出して今の私がある。人生どうなるか分からないものよ。」
アリーの言葉には説得力があった。それがあって私の罪悪感、不安感は一時的に緩和された。泣き疲れもあって、私は知らぬ間に眠りについていた。
「後悔してるの?」
アリーは急に声をかけた。私は図星を突かれて咄嗟にアリーの顔を見た。アリーの目は真っ直ぐでその視線が痛かった。私は視線を逸らした後、枯れた声を発した。
「………はい。」
「そっか。」
「…私は恩を仇で返しました。気に入らないとか、劣等感とか、そんなくだらないもので…。」
「…そうね。確かに恩を仇で返したかも知れない。だけど、その分辛かったってことじゃないの?」
「……いいえ。我慢出来たはずです。少なくともあんな酷い事をリーヌには言うべきじゃなかった。」
私はまた涙を流した。シュタンツファーに行かなければ、リーヌを傷つけることはなかった。私はあの街に行くべきでは無かった。そう思った時、私の感情のベクトルはアリーに向いた。
「アリーさん、私がシュタンツファーに行く前に貴方にもわかるかも知れないって言いましたよね?あれはこの事だったんですか?」
アリーは少し驚いた表情を見せて、窓に顔を向け、外を眺めながら、いや、自分自身見つめるかのように話し始めた。
「そうよ。
私はあの街に行って見知らぬ家族に引き取られたの。その時は補助金制度なんてなかったし、本当の善意でだったんだと思う。だけど、ずっと周りに腹を立ててたわ。自分には無いものを持っている子を見るのも、同情されるのも嫌だった。」
「それを…それを私が知るかもしれないって、苦しむかもしれないって分かってて私を連れて行ったんですか!?」
「……。」
「アリーさんが…ファタング隊の皆さんが、私を最初からナマイトダフに連れてってくれれば私は!!…私は…」
嗚咽で言いたいことが最後まで言えない。アリーに怒るのがお門違いなのは分かっている。だが、もしアリーの話が聞けていたなら、少なくともリーヌとの仲が悪くなることはなかった。そう思えて仕方がない。
「それは無理よ。ベリアもさっき自分で言ってたじゃない。アイザーは極力ナマイトダフに避難民を行かせたくないの。だからシュタンツファー市の周りにある、ハイヒブルック市、フェルドオリギー市、ハイヒフロウス市、ミアンガ市、ノイシュロス市、ダルビ市、モノ市の避難民は強制的にシュタンツファーに行かなきゃいけないってなってる。これは二年前からの決定事項よ。その後の選択は自由ってなってるけど。」
「だったら私にアリーさんの体験を説明して、その後穏便に過ごして、ナマイトダフに行けばよかったじゃ無いですか!」
「……無意味よ。」
「どうして無意味ってわかるんですか?」
「最初に説明したって貴方は納得しなかったはずよ。ベリアが今言ってるのは結果論であって、正しい方法じゃない。それにナマイトダフでは生きていくのが困難よ。十三歳から自分の職や所属する組織を決めて働いている子が沢山いるの。社会から二年も離された貴方が急にそんな過酷な世界でやっていけれると思う?学校のように誰かに決められたことをやっていればいい訳じゃない。自分で考え、自分で決め、自ら行動をし、自分の手で結果を出さなきゃいけない。今貴方は逃げてきたって思ってるかも知れないけど、ナマイトダフにはナマイトダフの辛さがあるわ。」
「じゃあ…私はどうすればいいんですか。」
「それはナマイトダフに着いてからわかるかも知れないわね。」
「そんな…私は何のためにここにきたんですか…。」
その後アリーは黙り込んでしまった。しかし、そっと私の肩に手を置いた。私はアリーの体温で自分の体が冷えているのが分かった。私は落ち込んでいた頭を上げ、アリーのいる方向を見た。アリーは最初に会った時のような優しい笑顔をしていた。
「ベリア。さっき劣等感をくだらないものって言ったわよね。それは違うわ。どんなに情けなくても、くだらない感情や気持ちなんて無いわ。どれをとっても貴方自身が感じた大事なものなのよ。今回の選択やこれからの選択に後悔しても、過去の自分が苦しさや寂しさを感じたことを否定しないで。過去の自分を責めないで。その選択に結果をもたらすのは過去の自分なんかじゃない。これからの自分なんだから。」
アリーの言葉で私の涙はさらに溢れた。顔が熱い。血が頭に上っているのが分かる。心の霧がどうしてこんなにも不安定な存在だったのかが今分かった。私自身が私の気持ちを無下に扱っていたからだ。リツロの言うように素直に自分の気持ちを受け止めていなかったのだ。今更そのことに気づいた私はまた後悔を積んだ。
暫くアリーの胸で泣いた後、アリーに一つだけ聞いた。
「アリーさんはどのくらいシュタンツファーに滞在していたんですか。」
「三ヶ月よ。あの頃は電車なんて無くて馬車が片道四日間かけて行く時代だったから、そう簡単には行けなかったのよ。…ベリアの選択が正しいかどうか分からない。だけど、私は三ヶ月我慢して得られたものはない。逆にナマイトダフに抜け出して今の私がある。人生どうなるか分からないものよ。」
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