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シュタンツファー市
#31 残していくもの。
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下校時間になった。リツロは何も言わずに教室を出て行った。もう何も言う事はないという事なのであろう。
リツロが行った後、誰もいない教室でマキの作った曲を聞かせてもらった。
「こ、この曲なんだけどね…。」
マキは躊躇いながらも私にイヤホンを渡してくれた。私はこの前の不安が蘇った。もしマキの曲をいいと思えなかったら、もし諦めた方がいいと思ってしまったら、私は何と言ってあげれば良いのだろうか。嘘をついても良いのだろうか。いや、それはダメだ。それこそ私は私の言葉に責任を持たないことになってしまう。
「ベリアちゃん?流してもいい?」
「あ、うん…」
私は恐る恐るイヤホンを両耳につけ、両目を閉じ、音が流れるのを待った。
「じゃあ、いくよ。」
マキの声が聞こえなくなった時、私は聞いたことのないような音に全身を包まれた。暖かく水のように滑らかで、水中の中にいるような気持ちになった。何層にも重なる音たちは反響しているかのように聞こえ、水の波紋が私の頭の中に広がる。そして唐突に静寂が広がり、次の瞬間、水中で大波がくるような音に襲われた。音は私を水面に上げさせないようにしているようだった。私は何かを狂おしいほど愛するような苦しみに襲われた。息ができない。しかし、音は前奏と同じになり、滑らかな流れになった。私もその苦しさから少しだけ解放されたような気がした。
「どう?」
「………。」
「ベリアちゃん?…え、泣いてるの?」
「え…」
私はマキに言われて気づいた。私の目からは涙が出ていた。私の心の中の汚いものを洗い流してくれたような気がしたのだ。涙は止まらず、拭っても拭っても溢れた。これが音楽の力なのだ。人の心を変えてしまう。マキの音によって洗い流された私の心に残っている言葉は一言だった。
『ここからいなくなりたい。』
私の純粋な心の声だった。
「ごめん…なんかマキちゃんの曲聞いてたら感動しちゃって…」
「…なんか、あった?」
私は言葉に詰まった。涙でマキの顔をうまく写せれない。私が本当のことを言ったらこの子は理解してくれるだろか。いや、理解してくれないであろう。私は出かけた言葉を飲み込んでもう一つの本当の気持ちを言った。
「正直ね、不安だったの。マキちゃんに偉そうなこと言っておいて、もしマキちゃんの曲をいいものと思えなかったらなんて言えばいいんだろうって。マキちゃんのことを信じ切れてあげれてなかった。でも、今聞いて、すごく素敵な曲で…。そんなこと思ってる自分が情けなくなった。なんか…それで、泣けちゃって…。」
「そっか…。でも、感動してくれて嬉しい!これでベリアちゃんの疑いは無くなって、私のこと信じ切れるようになったでしょ!?これからもっといい曲書くから聞いてね!」
「…うん。マキちゃんならきっと素敵な作曲家になれるよ。」
「ありがとう…。
この曲ね、好きな人を思って作ったの。料理が上手で、フワフワしてて、とても純粋な人だった。」
「マキちゃん、好きな人いたんだ…。」
「うん!もうここにはいないんだけどね。親戚がどうこうってナマイトダフに行っちゃったらしくて…。心配だよ。早くこっちに来てくれればいいのに…。ルカ、どうしてるかな…。」
「いつか、会えるといいね。」
「うん!これベリアちゃんのウォークマンに入れてくるから待ってて!」
私はマキにもらったウォークマンを渡し、コンピュータ室に向かうマキの背中を見た。
私には無いものを持っているマキ・ヒューカル。親も、夢も、恋も、希望も、友も…。これからも此処に居続ければ、私はこうやって自分には無いものばかりを再認識させられていくのだろう。ふと思った。私はマキとの約束は守れない。マキの曲によって流されたはずの汚いものは旋風のように私の心に戻ってきた。
16:38
リツロが行った後、誰もいない教室でマキの作った曲を聞かせてもらった。
「こ、この曲なんだけどね…。」
マキは躊躇いながらも私にイヤホンを渡してくれた。私はこの前の不安が蘇った。もしマキの曲をいいと思えなかったら、もし諦めた方がいいと思ってしまったら、私は何と言ってあげれば良いのだろうか。嘘をついても良いのだろうか。いや、それはダメだ。それこそ私は私の言葉に責任を持たないことになってしまう。
「ベリアちゃん?流してもいい?」
「あ、うん…」
私は恐る恐るイヤホンを両耳につけ、両目を閉じ、音が流れるのを待った。
「じゃあ、いくよ。」
マキの声が聞こえなくなった時、私は聞いたことのないような音に全身を包まれた。暖かく水のように滑らかで、水中の中にいるような気持ちになった。何層にも重なる音たちは反響しているかのように聞こえ、水の波紋が私の頭の中に広がる。そして唐突に静寂が広がり、次の瞬間、水中で大波がくるような音に襲われた。音は私を水面に上げさせないようにしているようだった。私は何かを狂おしいほど愛するような苦しみに襲われた。息ができない。しかし、音は前奏と同じになり、滑らかな流れになった。私もその苦しさから少しだけ解放されたような気がした。
「どう?」
「………。」
「ベリアちゃん?…え、泣いてるの?」
「え…」
私はマキに言われて気づいた。私の目からは涙が出ていた。私の心の中の汚いものを洗い流してくれたような気がしたのだ。涙は止まらず、拭っても拭っても溢れた。これが音楽の力なのだ。人の心を変えてしまう。マキの音によって洗い流された私の心に残っている言葉は一言だった。
『ここからいなくなりたい。』
私の純粋な心の声だった。
「ごめん…なんかマキちゃんの曲聞いてたら感動しちゃって…」
「…なんか、あった?」
私は言葉に詰まった。涙でマキの顔をうまく写せれない。私が本当のことを言ったらこの子は理解してくれるだろか。いや、理解してくれないであろう。私は出かけた言葉を飲み込んでもう一つの本当の気持ちを言った。
「正直ね、不安だったの。マキちゃんに偉そうなこと言っておいて、もしマキちゃんの曲をいいものと思えなかったらなんて言えばいいんだろうって。マキちゃんのことを信じ切れてあげれてなかった。でも、今聞いて、すごく素敵な曲で…。そんなこと思ってる自分が情けなくなった。なんか…それで、泣けちゃって…。」
「そっか…。でも、感動してくれて嬉しい!これでベリアちゃんの疑いは無くなって、私のこと信じ切れるようになったでしょ!?これからもっといい曲書くから聞いてね!」
「…うん。マキちゃんならきっと素敵な作曲家になれるよ。」
「ありがとう…。
この曲ね、好きな人を思って作ったの。料理が上手で、フワフワしてて、とても純粋な人だった。」
「マキちゃん、好きな人いたんだ…。」
「うん!もうここにはいないんだけどね。親戚がどうこうってナマイトダフに行っちゃったらしくて…。心配だよ。早くこっちに来てくれればいいのに…。ルカ、どうしてるかな…。」
「いつか、会えるといいね。」
「うん!これベリアちゃんのウォークマンに入れてくるから待ってて!」
私はマキにもらったウォークマンを渡し、コンピュータ室に向かうマキの背中を見た。
私には無いものを持っているマキ・ヒューカル。親も、夢も、恋も、希望も、友も…。これからも此処に居続ければ、私はこうやって自分には無いものばかりを再認識させられていくのだろう。ふと思った。私はマキとの約束は守れない。マキの曲によって流されたはずの汚いものは旋風のように私の心に戻ってきた。
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