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ベール
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ーーーー『florist』ーーーー
急足で向かったは良かったが、いざ朔也を目の前にしたら喉が閉まるような感覚に陥り、さっきまで出そうになっていた声が出なくなってしまった。
それから時間が経ち、いつも通りにお互いに別々の作業をしていた。小夜は朔也を見ては肩を落とし、それでも言いたいと気持ちが昂って朔也を見てまた肩を落とす、それを繰り返していた。
「小夜。」
「ん?」
「ちょっと来て。」
朔也は作業の手を止めて小夜の名前を優しく呼んだ。朔也の目の前にはマネキンの頭部につけてある髪飾りの花束があった。その花束は白ベースに淡い水色やピンクの小さな花たちが優しく咲いていた。
「すごい……綺麗…」
「今度のお客さんは初めてのウェディング用の花飾りを注文してくれたんだ。」
「そっか結婚式の。」
「そう。花だからチャペルだけにつけていくらしい。まだ試作品なんだけど…。小夜つけてみてくれないか。」
「え?でも…」
「マネキンだと想像つかないんだよ。協力しろよ。」
そういうと朔也は小夜の手を引き、鏡の前に座らせた。小夜はされるがままに朔也に試作品をつけてもらった。鏡越しに写る朔也はどこか嬉しげで、朔也の手に掬われて結われる髪の毛からくすぐったさが伝わる。なんだか小夜は恥ずかしくなって、下を俯いてしまった。
「できた。」
朔也の声と同時に小夜は鏡に写る自分を見て、息を呑んだ。小夜の頭に豪華に咲いた花は一気に小夜をお姫様のような主人公オーラを纏わせた。うねった花弁と小夜の天然パーマが相俟って豪華な印象になっている。
驚いている小夜を横目に朔也は次に小夜の後頭部に何かをつけ始めた。
「二つあるの?」
「いいや、これは…」
何かをつけ終わった朔也は小夜の顔に大きな布をかぶせた。ベールだ。ベールはキラキラとした柔らかい布で、小夜の目の前の世界をハイライトにし、キラキラと音を立てて輝かせた。
朔也は鏡越しに小夜を見つめて、花飾りの微調整をし始めた。
「小夜、今度俺の方を向いてくれるか。」
「う、うん。」
小夜が振り向いた後、朔也は小夜の目の前に広がるベールを上げた。まるで本当の結婚式のように。
「少しここのボリュームが多いな…」
変に照れ始めた小夜とは別に朔也は真剣な眼差しで花飾りとベールの調整をした。何度も上げては下げた。その度に小夜の顔は血色を良くしていった。
「小夜。顔赤くないか。」
「な、なんでもないっ。続けて。」
朔也はベール越しの小夜の照れ隠しに気づき優しく微笑んだ後、膝をついて小夜を見上げた。そして今度はゆっくりと先ほどよりも丁寧にベールを上げた。
「朔也くん…?」
「お前の結婚式も俺の作った花飾りつけてくれるか?」
「もちろんだよ!絶対につけたい。」
朔也は目の前の綺麗な女性に見惚れたまま気付かぬうちに口づけをしていた。何度も。何度も。一度じゃ足りない。証人もいない誓いのキス。小夜は朔也の首に手を回し、朔也の脈を感じた。
朔也は首にある小夜の手をとり、手の甲にキスをした。
「愛してる。」
「私も。大好き。」
二人は見つめあった後、お互いに微笑んだ。
「本当の結婚式はもっと先だけど、その前に小夜のお父さんに挨拶しなきゃな。早く高校卒業しろよ、それまでに貯金しとくから。」
朔也はベールと花飾りをとりながら小夜に言った。小夜はその言葉で出かけていた声がより一層に引っ込む感覚がわかった。きっと朔也と結婚したら一生かけて百目鬼の家から逃げる生活を送るだろう。清兵衛はもちろん成亮を説得する気もない。だが、朔也に不便な生活を強いることもできない。
結婚。好きな人としたいもののはずなのに、好きだからこそしたくないという矛盾が小夜の胸を苦しめる。
「朔也くん。」
小夜の声に手を止めた朔也は小夜を鏡越しに見た。
「何があっても私は朔也くんのものだよ。どこにいっても。絶対に宇津井朔也の恋人です。」
これで今は十分だ。これから何が起きようとこの言葉は絶対だ。もうどんな人に会ってもどんな人に愛されても絶対に変わることのない事実。
朔也は何かを察したのか、小夜の頭に手を置いた。
「俺もだ。お前が何者であれ、俺は一生お前を愛し続ける。」
小夜はその言葉に涙が出てしまった。小夜はありのままの自分を受け止めてもらう前に、本当のことを言って仕舞えば朔也を危険な目に合わせてしまうと、もう絶対に本当のことは言えないと心の中で決めてしまった。
そんな小夜の涙を見て朔也は何も言わずに小夜を後ろから抱きしめた。小夜が泣き止むまで。
それから月日は経ち、二人の不安が杞憂だったかのようにお互いの長い時間を共有した。朔也の誕生日。小夜の誕生日。遊園地デートに、お忍び旅行。時々の喧嘩。そして花飾りをした会場で迎えるクリスマス。時間は最初の興奮と緊張だった二人の感情を安心に変え、二人の関係を深くしていった。もう後戻りができないほどに。
そして、小夜は紬、武流と高校三年生になり、香は国立大学の経済学に進学していった。
穏やかな日々はその年の夏、夏夜の命日まで続いた。しかし、この日から大きく絡み合った歯車が動き出し、二人を残酷な世界に導いていく。
急足で向かったは良かったが、いざ朔也を目の前にしたら喉が閉まるような感覚に陥り、さっきまで出そうになっていた声が出なくなってしまった。
それから時間が経ち、いつも通りにお互いに別々の作業をしていた。小夜は朔也を見ては肩を落とし、それでも言いたいと気持ちが昂って朔也を見てまた肩を落とす、それを繰り返していた。
「小夜。」
「ん?」
「ちょっと来て。」
朔也は作業の手を止めて小夜の名前を優しく呼んだ。朔也の目の前にはマネキンの頭部につけてある髪飾りの花束があった。その花束は白ベースに淡い水色やピンクの小さな花たちが優しく咲いていた。
「すごい……綺麗…」
「今度のお客さんは初めてのウェディング用の花飾りを注文してくれたんだ。」
「そっか結婚式の。」
「そう。花だからチャペルだけにつけていくらしい。まだ試作品なんだけど…。小夜つけてみてくれないか。」
「え?でも…」
「マネキンだと想像つかないんだよ。協力しろよ。」
そういうと朔也は小夜の手を引き、鏡の前に座らせた。小夜はされるがままに朔也に試作品をつけてもらった。鏡越しに写る朔也はどこか嬉しげで、朔也の手に掬われて結われる髪の毛からくすぐったさが伝わる。なんだか小夜は恥ずかしくなって、下を俯いてしまった。
「できた。」
朔也の声と同時に小夜は鏡に写る自分を見て、息を呑んだ。小夜の頭に豪華に咲いた花は一気に小夜をお姫様のような主人公オーラを纏わせた。うねった花弁と小夜の天然パーマが相俟って豪華な印象になっている。
驚いている小夜を横目に朔也は次に小夜の後頭部に何かをつけ始めた。
「二つあるの?」
「いいや、これは…」
何かをつけ終わった朔也は小夜の顔に大きな布をかぶせた。ベールだ。ベールはキラキラとした柔らかい布で、小夜の目の前の世界をハイライトにし、キラキラと音を立てて輝かせた。
朔也は鏡越しに小夜を見つめて、花飾りの微調整をし始めた。
「小夜、今度俺の方を向いてくれるか。」
「う、うん。」
小夜が振り向いた後、朔也は小夜の目の前に広がるベールを上げた。まるで本当の結婚式のように。
「少しここのボリュームが多いな…」
変に照れ始めた小夜とは別に朔也は真剣な眼差しで花飾りとベールの調整をした。何度も上げては下げた。その度に小夜の顔は血色を良くしていった。
「小夜。顔赤くないか。」
「な、なんでもないっ。続けて。」
朔也はベール越しの小夜の照れ隠しに気づき優しく微笑んだ後、膝をついて小夜を見上げた。そして今度はゆっくりと先ほどよりも丁寧にベールを上げた。
「朔也くん…?」
「お前の結婚式も俺の作った花飾りつけてくれるか?」
「もちろんだよ!絶対につけたい。」
朔也は目の前の綺麗な女性に見惚れたまま気付かぬうちに口づけをしていた。何度も。何度も。一度じゃ足りない。証人もいない誓いのキス。小夜は朔也の首に手を回し、朔也の脈を感じた。
朔也は首にある小夜の手をとり、手の甲にキスをした。
「愛してる。」
「私も。大好き。」
二人は見つめあった後、お互いに微笑んだ。
「本当の結婚式はもっと先だけど、その前に小夜のお父さんに挨拶しなきゃな。早く高校卒業しろよ、それまでに貯金しとくから。」
朔也はベールと花飾りをとりながら小夜に言った。小夜はその言葉で出かけていた声がより一層に引っ込む感覚がわかった。きっと朔也と結婚したら一生かけて百目鬼の家から逃げる生活を送るだろう。清兵衛はもちろん成亮を説得する気もない。だが、朔也に不便な生活を強いることもできない。
結婚。好きな人としたいもののはずなのに、好きだからこそしたくないという矛盾が小夜の胸を苦しめる。
「朔也くん。」
小夜の声に手を止めた朔也は小夜を鏡越しに見た。
「何があっても私は朔也くんのものだよ。どこにいっても。絶対に宇津井朔也の恋人です。」
これで今は十分だ。これから何が起きようとこの言葉は絶対だ。もうどんな人に会ってもどんな人に愛されても絶対に変わることのない事実。
朔也は何かを察したのか、小夜の頭に手を置いた。
「俺もだ。お前が何者であれ、俺は一生お前を愛し続ける。」
小夜はその言葉に涙が出てしまった。小夜はありのままの自分を受け止めてもらう前に、本当のことを言って仕舞えば朔也を危険な目に合わせてしまうと、もう絶対に本当のことは言えないと心の中で決めてしまった。
そんな小夜の涙を見て朔也は何も言わずに小夜を後ろから抱きしめた。小夜が泣き止むまで。
それから月日は経ち、二人の不安が杞憂だったかのようにお互いの長い時間を共有した。朔也の誕生日。小夜の誕生日。遊園地デートに、お忍び旅行。時々の喧嘩。そして花飾りをした会場で迎えるクリスマス。時間は最初の興奮と緊張だった二人の感情を安心に変え、二人の関係を深くしていった。もう後戻りができないほどに。
そして、小夜は紬、武流と高校三年生になり、香は国立大学の経済学に進学していった。
穏やかな日々はその年の夏、夏夜の命日まで続いた。しかし、この日から大きく絡み合った歯車が動き出し、二人を残酷な世界に導いていく。
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